「トウモロコシの医薬品」
余分な遺伝子を組み込んだ医薬品用トウモロコシを栽培
困り者が食卓に入り込むか?
マーゴット・ルーズベルト
(サンジェゴ)
タイムス・マガジン
2003年5月26日
訳 河田昌東
アンデイ・ハイアットの実験室で生まれたトウモロコシの苗は一見したところ普通のトウモロコシとどこも変わらない。しかしこのDNAには微小な人間のDNAが組みこまれている。それは伴性の遺伝病、性器ヘルペスに対する抗体を作る人間の遺伝子である。この病気は約6000万人のアメリカ人を苦しめている。このトウモロコシが成長し実をつける時、ハイアットの企業、サンジェゴ・エピサイト社はこれがヘルペスの話題をさらうと期待している。
これはまだ序の口に過ぎない。エピサイト社はヒトゲノム地図の情報に飛びついた、たくさんのバイテク企業の一つに過ぎない。ヒトゲノム地図は先月正式に解読完了が発表されたばかりである。これを使って植物であらゆる医薬品を作ることができる。研究者たちは300以上の遺伝子組換え作物の試験栽培で、果物で肝炎ワクチンを作ったり、タバコの葉でエイズ治療薬を作ったりする研究を行ってきた。彼らはこれを「バイオファーミング(バイオ医薬生産)」と呼ぶ。多くの批判者らは別の名前でこれを「ファルマゲドン」と呼ぶ。環境保護論者は自然界にない遺伝子の組み合わせが生態系に放出されれば、遺伝子葛(手におえない雑草の意味)のように拡散するのではないかと懸念している。現在の遺伝子組換え食品を歓迎していない消費者は、植物由来の医薬品や工業製品が最後には食卓に上るのではないかと批判している。
世論の反対を押さえ込むために、連邦政府は人間の遺伝子が入った作物が食品供給の経路に混ざりこまないように食品産業界に保証させるための新たな規制つくりの最終段階に来ている。しかし、提案された法律は批判者を満足させず、またバイオファーマーの速度を落としもしない。医薬作物の開放圃場試験はハワイからメリーランドまで14の州に渡って行われている。テキサスの企業はすでに糖尿病用のインシュリン生産促進剤をトウモロコシで作り販売している。作物由来の嚢胞性繊維症治療薬や非ホジキン白血病、B型肝炎ウイルス治療薬の臨床試験もすでに始まっている。「分子製薬は製薬会社にエイズやアルツハイマー、癌などグローバルな病気をやっつける最高のチャンスを与える」というのは、今年ケベック市で開かれた植物性医薬品会議の議長、フランシス・アーカンドである。
農場を製薬工場に変身させようというこうした努力の源は何か? 一言で言えばコストである。過去数十年間のDNA革命は人間の抗体から作られる医薬品生産を可能にした。例えば白血球が病気から体を守るために使うタンパク質の生産などである。今日、そうした「バイオロジクス」は巨大な醗酵槽で培養され、しばしばハムスターの卵細胞とは違ったやり方で人間のクローン細胞を慎重に培養したりしている。こうしたデリケートなバイオ工場を一つ建設するには7年の歳月と6億ドルの費用が必要である。ところが遺伝子組換えで植物の遺伝子に抗体遺伝子を組み込んで同じ物を作るには、それらを畑で栽培・収穫し、抽出精製するだけでよく、費用は半額に抑えられる。「10億ドルの半分も払う必要が無ければ、市場にはもっと多くの生産物(医薬品)が出回るようになる」とアリゾナ州立大学の研究者チャールズ・アーンツェンは言った。彼によれば、チャンスは人間の医薬品にとどまらない。彼の見通しでは植物性ワクチンは現在多くの場合過剰に使われている抗生物質による治療が必要な病気に対しても巨大な市場を開く。
これまで、植物由来の医薬品の3分の2はトウモロコシで作られている。この遺伝学は良く分かっている。しかし、食用作物を使う危険性は昨年12月にアメリカ農務省がネブラスカ州のオーロラで50万ブッシェルの大豆を焼却するよう命じた事件で明らかになった。この大豆はベビーフードやマーガリン生産用に使われるものだが、不注意で豚の下痢止め用ワクチン生産のためにテキサスのプロデイジーン社が遺伝子組換えで作ったトウモロコシとサイロの中で混ざってしまった。消費者連盟のジーン・ハロランは「薬には副作用がある。我々のコーンフレークに混ざってはならない」という。この豚下痢止めワクチン事件は企業を慌てさせた。代表的な企業、ダウケミカルとモンサントはファームベルト(穀倉地帯)を避けて、アリゾナやカリフォルニア、ワシントン州などの隔離された地域で薬用トウモロコシを栽培しようとしている。しかし、農務省はアイオワでバイオファームのシリコンバレーを夢見る中西部の政治家達の圧力で、主要なトウモロコシ生産州でバイオファームを制限する規制つくりを止めた。この新たな規制はバイオファームの監視を増やし、遺伝子組換えトウモロコシと食用作物の間に1マイル以上の緩衝帯を設けようとするものだった。しかし、批判者らはこれでも交雑汚染を防ぐには不十分だといい、11の環境団体が農務省を裁判所に提訴した。彼らは食用作物を医薬用に使うのを禁止し、温室での栽培に制限するよう求めている。「もしそうした規制が通れば、企業は12年から20年後戻りすることになるだろう」とモンサント・プロテイン・テクノロジー社の主任研究員ジョナサン・マッキンタイルは言う。
エピサイト社の花形実験室で、ハイアットはチャンスを失うことになる。ヘルペスの抗体遺伝子を挿入された小さなタバコの葉が保温器で培養されている。これはトウモロコシが使用禁止になった時のためのバックアップだと彼は言う。同社はさらに、呼吸器シンサイシャル・ウイルスに対する植物性抗体、アルツハイマー治療薬、生物化学兵器のエボラ熱治療薬、精子を殺すバイオファーム避妊薬の開発へと業務を拡大しつつある。10年後にはバイオ製薬は200億ドル産業に成長すると見込まれている。
しかし、どれだけ多くの新薬が植物工場で作られるようになるかはまだ不確かである。「この技術に対して感情的な反応がある。しかし、もし我々がこれらの病気の治療コストを引き下げることができれば、その利益と比べて不利益は取るに足らないものだ」とハイアットは言う。
付録:開発中の薬用作物の一例
トマトとジャガイモ:B型肝炎、大腸菌型病、ノーウォーク・ウイルス、コレラ
タバコ:風邪薬、ファブリス病、非ホジキン白血病、
トウモロコシ:嚢胞性繊維症、歯周病、糖尿病、外科失血、下痢
コメ:胃腸薬用リゾチーム、感染症、炎症、家禽飼料用抗生物質代替剤
など。