「アトピー最前線」Vol 11 No2

200334

 

ヒトの腸内細菌が除草剤耐性に

―――その原因と意味について考える(2)―――

 

河田昌東

 

腸内細菌が抗生物質耐性に?:

先回、腸内細菌が除草剤耐性になるという研究を紹介した。我々がラウンドアップを食べるわけではないのでそれ自体は意味が無い。しかし、この実験から学ぶべきことは、食品中の組換え遺伝子が腸内細菌DNAに組み込まれ増殖したという事実である。この「遺伝子の水平伝達」はもし我々が抗生物質耐性遺伝子を持つ食品を食べれば腸内細菌が抗生物質耐性になる危険性があることを示唆する。

抗生物質耐性菌は最近大きな問題になっている。これまで抗生物質を多用した結果、耐性菌が繁殖し、感染症などの治療に困難を生じている。この場合は、細菌(又は細菌が持つプラスミドといわれるミニ遺伝子)が突然変異を起こし耐性になった、と考えられている。また、家畜飼料には多量の抗生物質が餌に混ぜられている。その結果、アメリカでは市販の鶏肉の80%以上が抗生物質耐性菌で汚染されている。牛や豚も含めた平均でも約20%が汚染されている事実が200110月にアメリカ医学会機関誌に公表され、大きな反響を呼んだ。同機関紙の論文によれば、病院外来診療に来るアメリカ人の23%がすでに腸内に抗生物質耐性菌を持っている。同誌は早急な対策を求めている。

ところで、私達が食べる食品や家畜の餌にはじめから抗生物質耐性遺伝子が入っていたらどうだろうか。突然変異を待つまでもなく、遺伝子の水平伝達によって効率よく抗生物質耐性遺伝子は腸内細菌に取り込まれることになる。こうした危険性は遺伝子組換え作物の登場当初から一部の専門家から指摘され、国連のWHO(世界保健機構)でも抗生物質耐性遺伝子の利用を止めるよう勧告してきた。しかし、これに代わる手軽な方法がないまま今も安易に使われている。英国医師会は、抗生物質耐性遺伝子の危険性を理由に遺伝子組換え作物の栽培に反対している。

 

環境に広がる組換え遺伝子

英国では昨年8月、実験圃場から除草剤グルフォシネート耐性と未承認の抗生物質耐性遺伝子を持つナタネの花粉が周辺に飛散し、近隣の畑の作物を汚染したとして問題になった。また、このナタネの花粉で野生のカブラ(雑草)が受粉することが分かっており、除草剤耐性と抗生物質耐性が野生種に伝播する危険が指摘された。ナタネの仲間は容易に近縁種と交雑することから、一旦花粉による汚染が始まれば汚染は広範囲に広がる。畑の外に出た遺伝子を人間が管理することは不可能であり、汚染は私達を取り巻く生態系に及ぶ。

1998年にドイツの研究者らが、実験的に作った抗生物質耐性遺伝子を持つ砂糖大根の葉や茎などのジュースからアシネトバクターと呼ばれる土壌細菌に抗生物質カナマイシン耐性が伝播することを実証した。これは植物の組換え遺伝子が水平伝達によって細菌に伝達されたという最初の証明である。腸内細菌の除草剤耐性獲得は、土の中で起こることは動物や人間の腸内でも起こる、という証明に過ぎない。その後、植物から大腸菌、枯草菌など多くの細菌に組換え遺伝子が伝達されるという論文が相次いでいる。

これまでの議論で分かるとおり、花粉や遺伝子の水平伝達は組換え遺伝子を自然界に拡散させる。例えば家畜の飼料には殺虫遺伝子をもつトウモロコシや除草剤耐性遺伝子をもつ大豆などが多量に含まれる。抗生物質耐性遺伝子をもつ穀物もある。従って家畜の体内ではこれら遺伝子の腸内細菌への伝達が頻繁に起こっているはずである。その結果さまざまな組換え遺伝子をもつ細菌は糞となって排出され、体表面を汚染したり畜舎や野外の牧草地を汚染し、雨に流されて河川の汚染ももたらしていると思われる。こうして、はじめは実験室の中で管理され増幅された遺伝子は、作物として自然界の食物連鎖に入るや人間の管理を離れてとめどなく拡散する宿命にある。

 

組換え遺伝子がなぜ問題か

 土壌やドブの水溜りは動植物、細菌の死骸由来のDNAで充ちあふれている。また動物や人間の腸内には食物由来のDNAが多量に存在する。なぜ、これら動植物の遺伝子が細菌に伝達されないのか、と疑問に思う読者もいるかもしれない。実際、細菌を取り巻く環境は死んだ生物のDNAの海のようなものである。こうした雑多な生物の遺伝子が細菌の遺伝子に入り込めば、細菌は「種」の維持が出来なくなってしまう。この脅威に対抗するために細菌は「制限酵素」という特殊なDNA分解酵素を持っている。これは自分のDNAは分解しないが、他の生物のは分解するという遺伝子のハサミである。自らのDNAにない塩基配列を認識し切断するのである。DNAの海に浮かぶ細菌にとってこれは自衛手段を与える「細菌の免疫システム」のようなものである。腸内や環境中の残骸DNAのほとんどはこの酵素と特異性の低い別の酵素によって分解される。皮肉なことに、遺伝子組換えが可能になったのは、人間がこの制限酵素を発見したからである。Aという細菌のDNABという細菌の制限酵素で切るとA細菌の特定の遺伝子を含む長いDNAを取り出すことが出来る。それを増幅させ植物のDNAに挿入するのである。ただし、この挿入確率はきわめて低い。そもそも、細菌DNAの配列と高等動植物のDNA配列は相同性が低く、組換えが起こりにくいからである。自然界では起こりえないDNAの組換えを実現するために抗生物質で強い遺伝的圧力をかけ、わずかの確率で外来遺伝子が入った細胞を選択するのである。

 こうした細菌から植物への水平伝達に比べ、植物から細菌への組換え遺伝子の伝達はかなり容易である。なぜなら、殺虫遺伝子や除草剤耐性遺伝子、抗生物質耐性遺伝子などは本来細菌由来のものであり、種が違っても細菌同士でDNAの塩基配列の共通性・相同性が高いからである。組換え遺伝子が多くの場合土壌細菌由来であることが、逆向きの遺伝子水平伝達を容易にしている。

 

遺伝子組換えは生態系と生物進化への干渉

除草剤耐性や殺虫遺伝子は植物細胞に入れても単独では機能しない。遺伝子機能を発現させるスイッチに当たる「プロモーター配列」と機能の終わりを告げる「ターミネーター配列」が細菌と高等動植物で違うからである。そのために、目的遺伝子の前に高等生物でも働くプロモーター配列、後ろにターミネーター配列を連結しなければならない。プロモーターには通常カリフラワーの病原ウイルスのプロモーター配列CaMV35Sを、ターミネーターには植物に腫瘍を作る細菌のプラスミドのターミネーター配列NOS3’が使われる。これらはどんな生物でも働く万能である。ラウンドアップ除草剤耐性にはこの他に、ペチュニアの葉緑体DNAの一部CTP4配列が必要である。このように、遺伝子組換えでは目的遺伝子の他にそれを支援する他の生物のさまざまなDNA配列が必要である。組換え作物のDNAには必ずこうした「遺伝子カセット」が埋め込まれている。

この遺伝子カセットは自然界の有性生殖では絶対に起こりえない組み合わせである。こうした新たな人工遺伝子が花粉や水平伝達によって、人間の体内や自然生態系の中に放出されているのである。これは生物進化への人間による挑戦である。この人工遺伝子が自然界に受け入れられ新たな進化(あるいは退化)のきっかけになるのか、それとも自然の力で長期的には排除されるのか誰にも分からないし、そうした視点での評価は未だに行われていない。(了)

 

 

 

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