「アトピー最前線」Vol 11 No.1

200312

 

ヒトの腸内細菌が除草剤耐性に

―――その原因と意味について考える(1)―――

 

河田昌東

 

はじめに

 昨年717日付け英国の新聞ガーデイアンの記事は遺伝子組換え問題に関心のある世界の人々に少なからぬ衝撃を与えた。それは除草剤耐性大豆を食べた人間の腸内細菌が除草剤耐性になった、という記事である。BSE問題をきっかけに英国が新たに設けた独立機関「食品基準庁」がニューカッスル大学に委託していた研究結果がそれである。ここに原論文の要約を紹介する。これは意図的に行われた遺伝子組換え食品による世界最初の人体実験である。アメリカで昨年度栽培された大豆の75%は除草剤ラウンドアップ耐性であり、日本でも家畜飼料や加工品として私達の生活の中にすでに深く入り込んでいる。いわば世界的規模の人体実験が行われているわけだが、これまで上記レポートのように意図して詳しいデータが採られたことは無かった。この研究報告は、改めて遺伝子組換え食品の安全性に深い疑問を抱かせる。

 

実験の内容

実験は7名の大腸切除手術を受け、人工肛門をつけたボランテイアで実施された。これらの人々に除草剤ラウンドアップ耐性大豆150gと鶏卵、食用油などで調理したバーガーとミルクセーキ454gを1回だけ食べさせ、30分毎に人工肛門からサンプルをとって内容物を分析した。分析対象は除草剤耐性遺伝子(CP4EPSPS)である。この遺伝子が食後どのように分解されるかを追跡した。またサンプルの中に除草剤耐性菌がいるかどうかも調べた。

この遺伝子はもともとアメリカのモンサント社の除草剤生産工場の排水溝から分離されたAgrobacterium sp.CP4株というラウンドアップ耐性菌から分離され、大豆に導入されたものである。この遺伝子が作るタンパク質のおかげで、大豆は除草剤を散布されても枯死しない。遺伝子組換えではこのように、作物が通常もたない性質を付与するために、土壌細菌など分類学上遠く離れた異種生物の遺伝子を持ち込むのが通例である。当然この遺伝子とそれが作るタンパク質は、それまで人間が口にしたことがないものなので、安定性やアレルギー性の有無などが安全上大きな問題となる。以前問題になったスターリンク・コーンの場合、やはり土壌細菌の殺虫遺伝子が作るCry9Cというタンパク質にアレルギー性の疑いがあり食用に認可されていなかったことが問題の原因であった。

 

実験結果その1:遺伝子が未分解のまま胃腸を通過

人工肛門から採取されたサンプルの分析結果は、これまでの考えを覆すものであった。即ち、程度の差はあれ、被験者7名全員から未分解のままのCP4EPSPS遺伝子が検出されたのである。最も多い人で、食べたバーガーに含まれていたこの遺伝子、3×1012 個の3.7%に当たる1.1×1011個の遺伝子が検出された。これまでの安全審査ではメーカーが提出した人工胃液、人工腸液の試験管実験の結果だけで判断していた。これはトリプシンやペプシン、DNA分解酵素などの消化酵素を混合しPHを調整したものである。そこに対象となる遺伝子DNAやそのタンパク質を単独で加えたのち分解の度合いを調べる。その結果では数分から数十分でDNAもタンパク質も完全に分解してしまうという。これをもって危険性はない、と安全審査では判断している。

問題は、私達が食物を食べる際に、極低濃度の組換えDNAやタンパク質を単独では食べない、ということである。99.9%以上のその他雑多なタンパク質や糖、脂肪、繊維質などと一緒に胃や腸に送り込む。その上、DNAは細胞内ではヒストンというタンパク質で保護され裸の状態ではない。こうした雑多な成分が消化酵素による分解を妨げるのは当然である。もちろん、他の食物中の細胞のDNAやタンパク質の分解も同様に妨げられる。したがって人工胃腸液による分解実験は、全く現実の胃腸内の状況を反映していないのである。

 

実験結果その2:腸内細菌が除草剤耐性に

人工肛門から採取されたサンプルはさらに、ラウンドアップを含む培養液で培養され、除草剤耐性菌の有無が調べられた。驚いたことに、その中には除草剤耐性になった腸内細菌がいた。それらは6時間ほどの培養で1mlあたり1億個にまで増殖した。この菌の中のDNAを調べたところ、この耐性は食べた大豆由来の遺伝子によることが確認された。組換えDNAは分解されないまま胃腸を通過中に他の腸内細菌に取り込まれ、その細菌を除草剤耐性にしたのである。このような異種生物間での遺伝子の授受は専門的には「遺伝子の水平伝達」と呼ばれる。進化の過程で起こり生物の多様化の原動力になったかも知れないとされているが、通常の自然界で頻繁に起こっているものではない。この場合、除草剤耐性遺伝子は土壌細菌から人間の手で大豆に組み込まれ、再び腸内で別の細菌に還ったことになる。遺伝子の水平伝達は、細菌と高等生物の間ではめったに起こらないが、細菌同士では起こりやすいようだ。食中毒で話題になった大腸菌O157の毒素遺伝子は、もともとコレラ菌の毒素遺伝子が大腸菌に取り込まれたものだと考えられている。我々は除草剤耐性大豆を食べていて、知らず知らずのうちに体内に除草剤耐性菌を飼っているかもしれない。これが殺虫遺伝子のトウモロコシなら、殺虫細菌を飼っていることになる。本来、土壌中で細々と生きていた除草剤耐性菌や殺虫細菌が遺伝子組換え技術を通じて今や家畜や人間の体内でも増殖している可能性が高い。

 

健康な人間または通常の生活では

除草剤耐性大豆バーガーを食べる前に採られたサンプルからは除草剤耐性遺伝子は検出されなかったが、3名のサンプルから極めて少なかったが除草剤耐性菌が検出できた。これは被験者が前日までに食べた通常の食事により腸内細菌が耐性になっていた可能性を示す。一方、この実験後、健康な被験者12名にも同じ実験を行ったが、その便からは完全長の除草剤耐性遺伝子も除草剤耐性菌も検出されなかった。人工肛門サンプルとの違いの原因について詳しい原因は追求されていないが、論文では健康人の場合大腸通過中にDNAが分解されたと推論している。健康人の場合、大腸での脱水で消化酵素の濃縮が起こったり他の腸内細菌の分泌する消化酵素が遺伝子の消化を促進した可能性はある。しかし、この実験は、除草剤耐性大豆を一回だけ食べさせたので実生活とは異なる。また家畜は非分別の餌として多量に毎日食べている。又各種の原因で胃腸を壊し下痢など大腸機能が不調になることは多々ある。こうした場合、やはり組換え遺伝子の分解が悪く腸内細菌の遺伝子組換えが起こっている可能性は高い。(続)

 

河田昌東

名古屋大学理学部助手

遺伝子組換え情報室(http://www2.odn.ne.jp/~cdu37690/index.htm

 

 

除草剤耐性大豆を食べた人の人工肛門から採取された便の中の組み換えDNA

 

 

検出された除草剤耐性遺伝子EPSPSのコピー数(×10万個)

  

摂取後時間(分)

被験者1

被験者2

被験者3

被験者4

被験者5

被験者6

被験者7

0分

0

0

0

0

0

0

0

30分

0

0

1

0

0

0

0

60分

0

0

0

0

0

0

0

90分

0

0

25

340

0

0

0

120分

0

1720

0

380

51

0

0

150分

0

210

0

460

23

0

4700

180分

250

0

0

3790

330

0

2300

210分

430

0

0

8200

630

5230

7000

240分

140

0

0

93000

490

3200

410

270分

160

0

0

4100

250

10200

0

300分

110

0

0

230

5

12340

0

330分

180

0

0

470

0

4600

0

360分

14

0

0

420

0

2700

0

英国ニューカッスル大学報告書(027月)より抜粋:河田

 

 

 

戻るTOP