遺伝子組換え作物の採用

By Jorge Fernadez-Cornejo and William D. McBride

ERS Agrocultural Economic Report No. AER810.67pp,May 2002

(合衆国農務省経済調査サービス報告書:http://www.ers.usda.gov/publications/aer810/)

 

訳 河田昌東

 

この報告書は合衆国農務省の調査データを使い、合衆国の農家が遺伝子組換え作物を採用した度合い、採用に与えた要因、遺伝子組換え作物が投入費用と農家レベルでの収益に与えた影響を分析したものである。

 

要約

 合衆国の農業セクターで新たな技術が速やかに採用された結果、農業生産性の持続的増加がもたらされ、経済成長に貢献し、食糧の豊かさが確保された。最近になり合衆国の農家はバイオテクノロジーの技術革新を取り入れたが、それは生産性に対する影響だけでなく、環境に対する潜在的な影響に対する懸念と、特にヨーロッパにおいて消費者の選択を取り巻く問題でパンドラの箱を開ける結果をもたらした。 この技術革新(遺伝子組換え作物)は種子に組み込まれ、組換えDNAによって生物を修飾する遺伝子操作技術の利用による。 この報告書は遺伝子組換え作物の農場レベルの採用に注目した研究成果を要約し総合するものである。

 

 この技術に関し農場外では懸念が存在するので、採用に伴う利益と農家のコストの正確な分析をすることはさらに完全な社会的利益の計算のために重要な要件である。この研究の優先度の中でも主要なものは与えられたデータから次のような疑問に答えを出すことである。

第一世代の遺伝子組換え作物がどの程度採用され、どのような経路で広がり、次の数年間に期待される採用割合はどうであるか? 遺伝子組換え作物の採用にいかなる要因がどのように働いたか? 1990年代の時点で利用可能な遺伝子組換え作物の採用によって農家レベルでどのような影響があったか?

 

合衆国内でもっとも急速かつ広範に採用された遺伝子組換え作物は除草剤耐性のものである。これらは特定の除草剤の散布に耐えて生き残るように開発されたもので、それ以前は標的雑草とともに枯死したはずのものである。これによって農家はさまざまな除草剤を効果的に選択できるようになった。

除草剤耐性大豆は、1996年は限られた農家しか利用できなかった。1997年には大豆栽培面積の17%に拡大し、1999年には56%、2001年には68%になった。除草剤耐性綿は1997年の綿栽培面積の10%から1999年には42%、2001年には56%に拡大した。それに比べて、除草剤耐性コーンの採用はかなりゆっくりで、やっと10%を超えた程度である。土壌細菌 Bacillus thuringiensis の遺伝子を含むBt作物は2002年までに商業的に利用可能な唯一の害虫抵抗性遺伝子組換え体である。この細菌はある種の鱗羽類昆虫(いもむしの幼虫期をもつ昆虫)に毒性をもつタンパク質を作り、この遺伝子をもつ植物を一生の間害虫から守る。Bt遺伝子はコーンと綿を含むいくつかの作物に取り込まれている。1996年に導入以来Btコーンは1997年には合衆国のコーン栽培の8%に成長し、1999年には26%になった。しかし、2000年から2001年にかけては19%まで落ち込んだ。Bt綿は1997年に合衆国の綿栽培の15%に拡大し、1999年には32%、2001年には37%まで広がった。

 Bt作物採用の成長率は今後時間とともに変わり、主にBtの標的害虫の発生次第でプラスの方向にもマイナスの方向にもなるだろう。Btコーンの採用が今後低く推移しそうな理由は、Btによる害虫防除がもっとも効果的な地域ではすでに採用済みだからである。それに対して除草剤耐性作物の採用は、合衆国の消費者の意見が劇的に変わらない限り、特に綿でさらに生長を続けると思われる。多くのケースで、この報告書で推定したGE作物の成長率は2001年の作付けでその妥当性が証明された。

 

除草剤耐性大豆の採用は農場の規模に左右されないことがわかった。それはGE技術が可変インプット(種子のような)の変更だけを必要とし、他の要素と完全に分離できる技術であることからも予想されるとおりである。しかしながら、除草剤耐性およびBtのコーンの採用は農場規模とプラスの相関があることがわかった。除草剤耐性コーンの場合、全体的な採用率の低さによると見られ、このことは採用者の多くが開発当事者か他の初期採用者であることを示唆している。他の研究者も指摘しているとおり、採用は開発段階では農場規模への依存度が高く、この影響は採用が拡大するにつれて一般的に消失していく。Btコーンの採用と農場規模の間の観察された相関関係は、Btコーンの標的問題、即ちコーンの栽培規模が大きいほど一般に虫害が激しい、ということに由来するかも知れない。GE作物の採用は事業者の教育と経験、あるいはその双方とプラスの有意の相関があることがわかった。教育程度が高く、経験をつんだ農場主ほど新しい技術の経済的利益が初期採用者にとって大きい、ということを理解する傾向がある。契約栽培(販売または生産)も多くの場合GE作物採用とプラスの相関があるが、それは恐らく採用農家にとってリスク管理がより重要になることの反映である。契約はGE作物の市場を確保し、不確かな消費者受容による価格低下と市場アクセスのリスクを減らす。

GE作物採用による農場レベルでの影響は、採用される作物とその技術によって異なる。我々の推定は1997年の農場レベルのデータと、1998年の全農家レベルのデータに基づいた限界分析の結果えられたものである。このことは推定された影響は採用の集計数の変化に関連していることを意味する。

 

「除草剤耐性コーン」の採用は専業のコーン農家の純利益を改善した(利益がコーン生産の費用の50%以上あったことによる)。 除草剤耐性コーンを利用した少数の農場ではこの技術で相対的に最大の利益を得たようである。GEコーン採用によるプラスの財政的効果は、種子会社が市場拡大を狙って在来種よりも除草剤耐性コーンに割引料金を設定したことにもよるかもしれない。

「除草剤耐性大豆」の採用は1997年および1998年のいずれにおいても純農業収益に有意の効果をもたらさなかった。これらの発見は限界分析で得られたものであり、1998年の平均採用割合(大豆栽培の45%)より増加しても純収益に有意な影響はないであろうことを示している。しかしながら、このことはGE作物が多くの採用農家にとって利益がなかった、ということを言っているわけではない。最近の雑草防除プログラムの比較研究が示すように、除草剤耐性大豆の利用はある農家にとっては確かに有益であった。しかし、その利益は農場が直面した雑草圧力のタイプやその他の要因に依存している。このことは、農家によっては他の要因、例えば除草剤耐性大豆採用による(作業の)単純化や融通性、などが採用の動機付けとなったかもしれないことを示唆している。除草剤耐性大豆は生産者にとって、複数の除草剤を使う代わりに、広葉雑草やイネ科雑草の双方に幅広く効く一種類の薬剤の使用を可能にし、収穫を「簡単に早く」させる。しかし、除草の容易さと時間節約は「純農業収益」の標準的な計算には反映されていない。

Bt綿」の採用は綿農家の純収益にプラスの効果を与えているが、Btコーン」の採用はコーン専業農家にとっては純収益にマイナスの影響を与えた。この限界分析は害虫アワノメイガ(ECB)の防除費用がBt種子のプレミアム価格より安かった所でBtコーンが使われたかもしれないことを示唆している。害虫発生は国内でも色々違い(例えば、ECBは西部コーンベルト地帯で頻繁、かつ深刻)、Btコーンの経済的利益は標的害虫の圧力が最も厳しい所で最大になる傾向がある。農家によっては害虫発生レベルやコーン価格、害虫による収量低下などの見積もりを誤ったかもしれない。

1999年から2000年、2001年にかけてBtコーン採用率が25%から19%に減少したのは、一部はこの技術が必要に応じて使えば役立つことを生産者が学んだからかもしれない。

 

 環境面では、我々の分析はGE作物の増加に関連して全体的に農薬の使用量が減ったことを示している(Bt綿、除草剤耐性コーン、除草剤耐性大豆)。農薬使用量の減少は1910万エーカー分、即ち全作付面積(1997年度)6.2%と推定される。農薬の有効成分も250万ポンド減少した。大豆に散布された農薬の有効成分は若干増加したが、それはグリフォサートが他の化学除草剤に置き換わったからである。しかしながら、この置換は人間に対する毒性が少なくとも3倍高く、グリフォサートの約2倍長く環境に残留する他の農薬に取ってかわったのである。

 

 この報告書に示された結果は、慎重に説明されるべきで、特に影響に関する研究はたった2年間の調査データに基づくからである。GE作物の採用と影響はいくつかの要因によって変わる。特に注目すべきものは年間の病害虫発生頻度、種子のプレミアム価格、GE作物を利用しない場合の病害虫防除費用、作物分別のための費用、などである。これらの要因は、技術やGE種対在来種の市場戦略、消費者の受容などが変わるにつれて、時とともに変化し続けるだろう。

 

最後に、最も広く流布されている除草剤耐性種子による農家の利益―――分かりきった使い易さと少ない集中管理による―――は管理と自家労働に対する標準的な純収益計算ではとらえきれなかった。更なる調査と分析が我々のこの標準的な経済分析の弱点を訂正するであろう。

 

(訳注:河田)

 このアメリカ農務省の経済調査サービスによる報告書は20025月に公表された。1997年と1998年のアメリカにおける遺伝子組換え作物の農家による採用とその理由、農家に与えた経済的メリットなどを分析したアメリカ政府による最初の報告書である。全67ページにわたるこの報告書の初めの要約部分を全訳した。この報告書の特筆すべきは、除草剤耐性作物がモンサント社やGM推進学者、あるいはアメリカ農務省関係者自身によってこれまで声高に宣伝されてきた「除草剤耐性で収益が上がる」という主張が根拠のないものであることを明らかにしたことである。除草剤耐性大豆は当初「収量増加」をうたったが、1998年以降アメリカの各大学による客観的な収量調査や、現場農家自身による経験から、実際は在来種に比べて510%の収量低下が明らかとなった。その後もモンサント社など推進派は除草剤耐性による省力化で利益が上がる、と宣伝してきた経緯がある。

しかし、この研究によって「省力化は収益増につながらない」ことが新たに指摘されたのである。

また、除草剤耐性大豆の場合、収益は「規模の大きさに依存せず、採用率が拡大しても収益増は期待出来ない」ことが指摘された。今後日本で国内栽培が検討されている除草剤耐性大豆や愛知県農業総合試験場とモンサント社が協同開発している除草剤耐性コメの採用にあたって、この研究は大いに参考になると思われる。

 Bt作物に関してはコーンボーラーなどの虫害がひどい場合は利益があるが、一般的にはそれほど利益に直結せず、今回の分析で利益があったとされるBtコーンでは種子会社が、販売拡大のためにBt種子価格を安売りした影響が指摘された。

 Btなどの採用で農薬使用量は全体として減少したが、除草剤耐性大豆に関しては逆にグリフォサート増加によって全体としても増加した。この点はこれまで我々が農務省農薬統計で明らかにしてきたとおりである。

 こうしてみると、アメリカで遺伝子組換え作物が1996年以来爆発的に普及した原因が、遺伝子組換えという技術自体ではなく、新技術に寄せる農家の期待や開発企業による普及のためのキャンペーン、税金による過度な補助金農業、農業を輸出産業と位置付けひたすらコストダウンを図る農政などアメリカにおけるさまざまな社会的要因によるのではないか、という疑いが濃厚である。アメリカの農業政策と遺伝子組換え技術の関連などさらに大きな視点からの経済分析が求められる。

 

 

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