反GMイネ生産者ねっとNo.544

北方ジャーナル5月号

滝沢康治

『農と食』

北の大地から

遺伝子組み換え作物で問われる「農と食」のいま

 

昨春、札幌にある農水省の研究機関が遺伝子組み換え(GM)イネの屋外試験を始めたことをきっかけに、市民団体が「栽培中止」を求める活動を展開し、道議会は意見書を採択。「食」の条例づ<りを進める道は独自のガイドラインを作って規制に乗りだし、北の大地はホットな現場になってきた。GM作物をめぐる歴史や昨年来の動きを振り返リながら、これからの「農と食」のありようを考える。

 

種の壁を越える行為は画期的な技術なのか?

 3月下旬のある日、遺伝子組み換え(GM)イネの栽培試験で論議を呼んできた、独立行政法人・北海道農業研究センター(旧・農水省の試験場。以下、「北農研」と略)を訪れたわたしは、丸山清明副所長と会っていた。

 

 動物と植物の壁を越えることができる遺伝子組み換え技術は画期的な手法と力説する丸山副所長は、「(GM作物への不安感が強いのは)栽培開始から10年ほどの短い歴史なことが大きい。あと100年たてば、『どうして、あのころ反対したんだろう』となると思いますよ。農薬は化学の技術ですが、遺伝子組み換えはしょせん生物と生物の技術。組み換えイネの最初の一つは『ホタルの遺伝子を入れたイネ』でしたが、食品としてホタルを食べても平気のように思う、食べたくはないけれどね。そうした意昧では、BHC(注=強い毒性のため使用禁止になった農薬)などとは違う、人と環境にやさしい技術なんです」と強調する。

 

 札幌市羊が丘にある北農研では、寒冷地に適応した品種の開発が大きな柱になっており、イネや小麦、牧草でGM関連の試験研究を実施中。強引なGM作物の開発・普及で悪名高いアメリカの農薬企業・モンサント社などとの共同研究で、除草剤に対して耐性をもつルーサン(マメ科牧草の一種)の栽培試験をやったこともある。

 

 種の壁」を越えてまで遺伝子をいじり、農作物の生産性を上げるやり方を疑問視するわたしが、GM大豆に組みこまれたラウンドアップ(注=除草剤の商品名)耐性細薗は、モンサント社の排水溝のヘドロから分離されたという実話を示すと、副所長氏は、「それは植物に病害をもたらす細菌の仲問。土の中にはどこにでもいる」と応じ、林の中から採取した酵母菌(パン用)の話と対比しようとする。

 

 この種の「木を見て森を見ず」式の話を聞くと、「肉骨粉も大豆も、牛はアミノ酸として吸収するのだから同じ」と信じて肉骨粉類を農家に薦め、狂牛病の日本上陸に加担してしまった行政技術者を思い出す・・・。わたしがこう切り返すと、丸山副所長は、「専門家は、そんなことを言うしょうもない人種と認識してほしい」と、少し恥じるような口調になった。

 

 取材は2時間近くにおよんだ。ほとんどの研究者は真面目な人たちだが、みずからの技術開発が社会に与える影響に疎いのではないか、と思う。遺伝子組み換え作物の是非を決めるのは、企業や研究者、行政ではなく、一人ひとりの市民である。「農と食」の将来を見すえながら、北農研などの研究者らと問題意識をもつ市民が冷静に議論しあう機会がもっと必要なのだろう。

 

GMイネ試験に危機感 ガイドラインの策定へ

 道は3月5日、全国に先駆けて遺伝子組み換え作物を規制するガイドラインを策定した。開放系での栽培(注=構造物の外の大気や水、土壊中への拡散防止措置をせずにGM作物を栽培すること)の中止を求める中身で、北農研での試験に異を唱えた市民の動きや、道議会の意見書などを受けたものだ。

 

 この遺伝子組み換えイネ試験をめぐる経緯を大まかに振り返っておこう。

 

 栽培されたのは、「光合成を効率よくすることができる」との理由でトウモロコシから取り出した遺伝子を、かつて北海道で育成されたキタアケ(きらら397の祖先種)に組み換えたものなど三系統。1996年に茨城県つくば市の農業生物資源研究所で遺伝子の導入が始まり、昨年春からは北農研での開放系試験に移された。

 

 キタアケ発祥の地の生育環境のなかで栽培し、「目的とする遺伝子が生物のなかでどのような働きをするか明らかにする」ことが試験が必要な理由とされる。

(詳細は北農研ホームページ http://cryo.naro.affrc.go.jp/kikaku/info/GMrice/ を参照)

漠然としていて説得力が乏しく、一般市民には理解しにくい「必要性」だった。

 

 ふだんの試験研究ではやらないという「プレス・リリース(新聞社向け発表)をしたり、区役所に資料を置く、ホームベージでお知らせしたりした」(北農研の山口彰情報資料課長)が、たまたま区役所で説明会のチラシを目にした人らがロコミや電子メールで情報を流し、関心をもつ市民たちは初めて試験が行なわれることを知った。

 

 昨年5月の説明会には70人ほどが参加し、花粉の飛散による他品種への交雑に対する懸念などが相次ぐ。その3日後には生活クラブ生協や北海道農民連盟、ポラン広場など5団体が栽培試験の中止を申し入れたが、説明会(2回開催)は打ち切られ、集まった人たちの合意を得られないまま、同30日には田植えが行なわれた。なんとも役所流で拙速な対応だった。

 

「栽培中止」求めて活動 世論を受けて道が動く

 「論議がかみ合わず、新たな運動を起こさないと中止させるのは難しい」と実感した市民たちは、「北海道遺伝子組み換えイネいらないネットワーク」を結成して、試験ほ場の実態調査や街頭署名などの活動を始めた。

 

 「三越前で署名を集めたら茶髪の若い子が『これ、いけないんだよね』と言って一緒にやってくれた。わずか2週間で2万人近い署名が集まり、関心の高さを感じました。北農研のほうは、僕らが不備を指摘すると、試験ほ場にネットや監視カメラを設置したり、組み換えイネを焼却処分するなど危機感がなかった。農水省の方針にも大きな影響を与え、『北海道でトラブルが起きたので、周辺住民などの理解を得るように』という主旨の通達が出されたそうです」(代表世話人の笛木康雄・北海遣有機農協専務理事)。

 

 同ネットはその後、32万人分の署名簿を道に提出する一方で、今後の「食」に関する条例の行方などを注視している。

 

 GMイネの隣から収穫されたハクチョウモチは、交雑の有無などを調べるため、つくばの研究所に送られて遺伝子解析などを実施中。開放系での栽培は03年度限りといい、いまのところ今後の試験計画はない。密閉された定温庫での試験を続けている状況だ。

 

 道のほうは、未承認の米国産GMトウモロコシ「スターリンク」の混入事件が大問題になったころ、みずからの研究対応について、「当面、基礎的分野の研究に取りくんでいきたい」(01年6月、三井あき子道議の質問に対する知事答弁)と慎重姿勢を示していたが、今回の北農研での試験には表立った態度表明をしてこなかった。

 

 が、食の条例づくりが日程に上り、咋年12月には道議会が全会一致で「GM作物を承認しない」「GM作物を原料にした全食品の表示の義務化」を求める意見書を採択するにおよんで、旗幟鮮明なところを見せるようになる。道農政部のある幹部は「市民の活動や道民世論がガイドラインを後押しした面が強かった」と振り返る。こうして、全国一きびしいガイドラインが策定されたのである。

 

開発は化学企業が推進 米国の食料戦略を牽引

 微生物を例外にして、自然界では「種の壁」を越えて遺伝子が他の生物に移ることはできない‐‐これは、地球が誕生して長い時間が流れるなかで形成された「自然の摂理」だった。

 

 欲望の動物である人間は、科学技術の力を使って「種の壁」を越える行為に挑むようになる。1970年代初めにはアメリカの研究者が任意の生物の遺伝子を別の遺伝子に組み換える基礎技術を確立し、80年代になると医薬品メー力ーや化学企業が相次いで遺伝子組み換え医薬の開発に参入した。

 

 が、期待されたほどの医療効果がないと分かり開発ブームは頓挫、そこで蓄積された技術は「創薬」と「農業」の分野に引き継がれていく。「農業版マイクロソフト」を夢見て利潤追求に暴走したモンサント社などの化学企業は、細菌の遺伝子を組みこんで除草剤をかけても枯れない大豆などを作りだし、90年代半ばには本格栽培を始めた(同杜の裏面史は米国人ジャーナリスト、ダニエル・チャールズの著書『バイテクの支配者』【東洋経済新報社】に詳述されている)。

 

 作物同士の交配では難しいような他の種の遺伝子を使うので、品種改良のスピードを上げたり、きびしい土地・気候条件でも栽培できる作物を開発しうる可能性をもってはいる。が、人為的に白然界の秩序を乱すことで生態系を破壊したり、食品としての安全性に影響をおよぼすなどの問題点が、開発が始まったころから指摘されてきた。

 

 GM作物の目的は耐病・耐虫性や除草剤耐性、成分改良などで、これらは「第一世代」と呼ばれる(「第2世代」には医薬品の製造や特定の栄養分の増強効果などを狙ったイネなどがある)。栽培面積は年々増え、2003年には6770万f(日本の国土面積の1.8倍)に達した。

 

 作物別では、大豆が全体の61%を占め、トウモロコシ、綿、ナタネの順につづく。国別では、アメリカが全体の63%で断トツ、次いでアルゼンチンの23%、カナダやブラジル、中国は一桁台となっている。GM作物に対する反発が政治問題化している欧州や、消費者の抵抗感が強い日本での商業栽培面積は、ごく少ないか事実上ゼロだ。

 

 日本人がみそやしょうゆなどの原料として好む大豆は、アメリカでは家畜の飼料や油糧用の輸出作物として扱われている。トウモロコシの多くも飼料や加工食品、アルコールなどになる。

 

 GM作物の栽培面積の84%は大豆とトウモロコシで占め、「アメリカ型の肉食文化を支える作物がターゲットになっている」との指摘がある(大塚善樹『遺伝子組み換え作物‐大論争・何が問題なのか』明石書店)。つまり、栽培面積が増えたのは、推進側の人たちが唱える「食料危機の回避」「農業の競争力を高める」ことよりも、アメリカ型グローバリズムの食料戦略の一つになっていることが大きい。北海道でGM作物問題を考えるときに、これは忘れてはならない事実だ。

 

根強い消費者の不安感 ゆるい表示義務に批判

 日本では、96年に初めて、大豆やトウモロコシ、ナタネ、ジャガイモのGM作物が認可され、飼料や加工食品の原料などで輸入が始まった。現在は、綿と甜菜(ビート)を追加して6作物が厚生労働省から認可済みで、食用油やしょうゆ、マヨネーズ、スナック菓子などの形で食生活のなかに入りこんでいる。また、農水省は01年、輸入GM作物を主原料にする食品のうち、24品目をJAS法に基づく表示義務の対象にしたが、市民団体などから次のような批判がなされてきた。

 

●食用油やしょうゆなどが対象外

●原材料の上位3品目(重量比5%以上)に限定されている

●5%まで混入を認めており、「組み換えでない」との表示が可能

●飼料には表示義務がない

●生産履歴の確認(トレーサビリティ)が義務づけられていない

 

 研究分野ではGMイネが先行しており、農水省系列の研究機関やモンサント社、三井東圧化学、日本たばこ産業、全農などの栽培試験が認可済み。一方、黄全性や環境への影響などを懸念する消費者・市民団体や生協、農民団体などは、ネットワークをつくって全国各地でGM食品の開発中止などを求める運動を展開し、一昨年にはモンサント社と愛知県が共同開発したGMイネ「祭り晴」が開発中止に追いこまれた。

 

 また、推進団体の「バイオ作物懇話会」は、この3年間に全国18カ所でGM大豆の作付け運動(面積は各10〜20アール程度)を展開しており、トラブルが起きた地域もある。道内でも一昨年、北見市内で栽培された。

 

 この問題に対する一般市民の不安や懸念は根強いものがある。

 

 GM技術の促進にむけた研究・広報活動などを進める、社団法人・農林水産先端技術産業振興センター(本部・東京)が全国の消費者5千人を対象に行なったアンケートの結果(グラフ参照)によると、環境への影響が「ある」との回答が76%、食べることへの不安を「感じる」が79%を占めた。このことをみても、不安の強さがよく分かる(同センターHP:web.staff.or.jp/で詳細を読める)。

 

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■購入する商品に『遺伝子組み換え』の表示があった場合の対応

・買わない:        61.9%

・他の商品より安ければ購入: 5.7

・他になければ購入:    27.8

・気にせず購入:       4.0

・その他:          0.6

資料・第94回北海道消費生活モニターアンケート調査(2001/10)

調査対象・北海道消費生活モニター500名(回答95%)

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■遺伝子組み換え農作物を栽培することによる環境への影響の種類(複数回答可)

・GM作物と他の植物との交配で環境が変化する:80%

・予期せぬ悪影響がある:75

・特定の昆虫、生物が死ぬ

 ことによる生態系の変化:41

・除草剤の効かない雑草の出現:28

・殺虫剤の効かない昆虫の出現:27

・その他:           4

資料・農水先端技術産業振興センター「遺伝子組み換え技術・農作物・食品についてのアンケート(2003/03)

調査対象・全国の一般消費者5千名(有効回答数1090名)

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高橋道政のヒット施策 条例づ<りへ火種残す

道が策定したガイドラインでは、

@開放系での栽培計画を把握した場合、栽培を中止するよう要請する

A要請にもかかわらず栽培しようとする者に対し、周辺の一般作物との交雑防止措置を求める

B未把握の栽培が判明した場合も、栽培中止と処分を要請するなどを「対応方針」

 とした。

 

 同じ時期に茨城県が決めた規制方針が、栽培者に対し「事前の情報提供」や「関係者の理解を得る」「交雑・混入防止措置の徹底」を要請する中身にとどまったのに比べると、格段にきびしい中身だ。これで、道内では官民を問わず、04年度中は屋外での栽培はきわめて難しくなった(ただし、国が認可した作物の栽培は違法ではなく、道の方針に法的拘束力はない)。

 

 滋賀県や岩手県などでもガイドラインづくりを模索しており、久しぶりで北海遣から発信した今回の積極的な試みは高橋道政のヒット施策、と評価できる。多くの道民が支持できる方針といえるだろう。

 

 策定までの経緯をみると、道庁内は揺れ動き、消費者の信頼を重視する農政部に対し、「バイオ産業の振興に水を差すのではないか」と恐れる経済部との間に不協和音もあった。経済部のある幹部は「苫束にGM作物の研究所の誘致話があれば、うちは飛びつくだろう」と話しており、一枚岩ではない。昨春以来、道には70件近い要望・意見書が寄せられた(「反対・慎重」と「推進」の比率は8対2)。ガイドライン

骨子案が示された一月以降、きびしい中身に反発した研究者やバイオ・経済団体から要請が相次いだことを受け、試験研究機関が行なう栽培試験は「実施条件を別途検討する」との文言を追加する一幕もあった。試験研究の扱いでは火種を残しており、今後の条例づくりの展開次第で問題が再燃する場面もありそうな雲行きだ。

 

「農と食」の未来みすえ調査や議論を重ねたい

 多くの道民にとってのGM食品は、不安感もあって、無理して食べなくてもいいものだろう。これまでは消費サイドでの議論が多く、一般農家の関心はそう高くない。

北農5連を束ねるJA北海道中央会は、「屋外での栽培は慎重に」と道の対応を支持するものの、組合員に対して積極的にアピールしていく姿勢は感じられない。もっと毅然とした姿勢で臨んでほしい、と思う。「作物の耐冷性は、実際の環境のなかで形質が確かめられる、開放系で試験しないと分からない。そのことの大切さを、道にきちんと言っていきたい」と、北農研の丸山副所長が言う。「DNA鑑定などの手法は

あってもいいが、特許中請を絡めて他品目・他地域のものを組み合わせて作物をつくるのはおかしい。知人の農家が『そんな(GM用の)カネがあるなら、ちゃんとした農業を育成する施策に使うべきだ」と言っていたが、僕もそう思う」、と語る「いらないネット」代表世話人の大堀誠さん(八百屋経営)は、研究者らと市民が共通のテーブルをつくり、公開の場で話し合うことの大切さを訴えていた。「誰が設定した場でもいい、僕らを呼んでくれれば出席してじっくり議論したい」と力をこめる。

 

 GMイネをめぐる動きを弾みにして、「食」に関する条例に栽培規制を盛りこんでいくなど、北海道はホットな現場になってきた。いま必要なことは、行政機関が家畜の飼料や加工食品として消費されている実態を調べたり、立場の違う人たちが一堂に会し、この問題と「北海道の『農と食』の未来をどうするか」を結びつけた議論を重ねていく取りくみではないだろうか。「食の安全・安心・信頼」に異を唱える人は誰もいないのだから、やる気さえあればできるはずだ。(次号に続く)

 

【参考になるホームページ】

    農業情報研究所:http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/

    遺伝子組み換え情報室:http://www2.odn.ne.jp/~cdu37690/

    ワールドエコウォッチ:http:www.bm-sola.com/bmw/ecowatch/

 

 

 

 

 

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