反GMイネ生産者ねっとNo.541
2004年4月2日
農業情報研究所(WAPIC)
食糧・農業の将来を脅かす遺伝資源多様性喪失
植物遺伝資源条約は発効するが
多様な植物・動物遺伝資源の保全と持続的利用の確保は人類の生存に不可欠とされる。遺伝的多様性は、頻度を増す異常気象、病気の増加など、将来の脅威に対する「保険」を提供する。しかし、この多様性は、世界中で急速に失われつつある。これに対処するための一つの手段として、国際社会は「食料・農業のための植物遺伝資源に関する国際条約」を追求してきた。この条約は40ヵ国以上の批准を得て発効するとされているが、3月31日にEU(法的にはEC=欧州共同体)とEU9ヵ国(デンマーク、フィンランド、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、ルクセンブルグ、スペイン、スウェーデン、英国)及びEU加盟候補2ヵ国(チェコ、エストニア)がこれを批准、批准国数は一挙に36ヵ国から47国に増え、90日後、6月29日には発効が確実となった。これを歓迎する国連食糧農業機関(FAO)のニュースは、「農民の努力にもかかわらず、生物多様性は劇的に減ってきた。農業が始まって以来、およそ1万種が食料と飼料の生産に使われてきた。今日では150種の作物だけで大部分の人間を養い、12の作物だけで食料エネルギーの80%を供給している(小麦、米、トウモロコシ、ジャガイモだけで60%を供給)」と述べている。
FAOは、条約発効により、この傾向が逆転すると期待している。ディウフ事務局長は、農業の持続可能性にとって決定的に重要な法的に拘束的な条約であり、「2015年までに飢餓人口を半減させるという世界食糧サミットの主要目標の達成に大きく寄与する」と歓迎する。
条約は、食糧安全保障のために最も重要とされる作物へのアクセスと便益の共有を容易にする多角的システムを制定するもので、締約国の官民の科学者・研究機関・育種家は、従来よりはるかに容易に遺伝的生物多様性にアクセスできるようになる。それは、とりわけ何世紀もの間遺伝資源の保全に寄与してきた途上国の農民のために、遺伝資源利用から生じる便益の公正な共有も確保するという。さらに、民間部門による新品種の商品化も含め、利用から生じる金銭的利益の共有をも義務付ける。これにより、一層多くの作物品種開発の可能性が生まれるのは確かであろう。
だが、市場のグローバル化と激化する競争は、現実には栽培作物・品種の一層の単一化を強要するだろう。農民は、一層多収な、あるいは市場が要求する画一化された品種の大規模栽培によってしか生き残れなくなっている。都市化、スーパーの急速な進出が続く途上国でも、多種多様な在来作物・品種の農民的小規模生産では、生産物が市場に受け入れられなくなっている。単一品種種子の大量生産・大量販売は、多国籍種子企業の利益を最大化する要因でもある。多様な遺伝子資源へのアクセスが容易になることは、遺伝子組み換え(GM)技術を含む高度な育種技術をもつこれら企業が種子市場への支配力を増すことを意味するから、この傾向を一層強めるだろう。条約がカバーする種は限られているし、農民の権利を侵害する現在の知的財産権・特許制度には何の手も加えていない。これら企業が取得する知的財産権が途上国農民による地域に適した新品種の独自な開発を不可能にしてしまう恐れがある。
だが、遺伝子バンクへの提供により多種多様な土着品種の保存が確保される植物の場合はまだよい。動物遺伝資源の保存は、技術的困難がより大きい。利用されなければ、永久消滅の可能性が高まる。ところが、現実に飼育される家畜品種も世界中で画一化が進んでいる。厳しい競争を生き残るために、酪農民は、北米でも、ヨーロッパでも、ニュージーランドでも、軒並み乳量の多いホルスタイン種を選んでいる。それも、高性能な牛の精子を利用した人口授精で再生産され、クローン牛さえ生まれようとしている。
FAOは、農業用家畜遺伝資源の管理の改善のための国家・地域行動計画と世界戦略を論議する会合(3月31日〜4月2日)を開くに先立ち、家畜種の劇的な減少に警告を発した。それは、FAOの登録されたおよそ6千種のうち、1350種が絶滅の危機にあるか、絶滅したと言う。さらに、80ヵ国から受け取った新たなデータの予備的評価によると、絶滅危惧種はさらに増えつつあるという。
FAOによれば、ラテン・アメリカのゼブとクリオロはヨーロッパ種より乳脂肪が多いが、輸入種との交雑が続き、一部品種は絶滅の危機にある。ブラジルでは32種の在来豚のうちの12種しか残っておらず、これらすべてが脅威に曝されている。クリはチャド湖の在来品種だが、湖が狭くなっったために自然環境が破壊された。砂漠化により、繁殖業者が新たな草地を求めて移動、アラブ及びM’Bororoとの接触が無統制な交雑につながっている。純粋クリは残っているが、保存のための核として使われている。
FAO畜産局のホフマン主任によれば、「既存の動物遺伝子プールは、将来の食糧安全保障と農業開発に非常に有益であり得る高い価値があるが、未知の資源を含んでいる可能性がある。動物の遺伝的多様性を維持することで、農民は環境の変化、病気、消費者需要の変化に応じて家畜を選抜し、あるいは新たな品種を開発することが可能になる」。だが、家畜化された30種の哺乳動物・鳥のなかの14種だけで、90%の動物由来人間食料を提供している。
ホフマンは、遺伝的多様性への脅威には、戦争、病気、地球温暖化、都市化、農業の集約化、外来育種資源のグローバルな販売が含まれるが、現在までの多様性喪失の最大の原因は、地方に適した種の評価の失敗であり、多くの国の農民が集約的農業システムに最適の非常に限定された数の近代的品種に依存していると言う。「多くの途上国は、しばしば厳しい環境を乗り切る困難を抱えながら、なお先進国由来の品種がより生産的だと考えている」。だが、FAOは地方品種の遺伝的改良が遺伝的多様性維持の最も有効なアプローチと考える、家畜の多様性はかけがえのないもの、「多様性の喪失は永遠のものだ」と言う。だが、ここでも利益のみを求めるバイテク企業が商機を狙っている。「植物遺伝資源の保全と同様、技術進歩をめぐる問題が最大の論争点となるだろう」。