反GMイネ生産者ねっとNo.537
現代農業3月号より
≪03.12.22掲載 現代農業1月号(上)参照≫
1.タネを守るためのたたかい(下)
タネを守ることは農地を守ること、
農村を守ること
2.生物に特許がとれる?
TRIPS協定とは
両記事、本田進一郎
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タネを守るためのたたかい(下)
タネを守ることは農地を守ること、
農村を守ること
本田進一郎
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GM作物は農民から上地を奪う
昨年6月、パーシー・シユマイザーが来日し、全国を講演してまわった。前回(2月号)書いたとおり、シユマイザーは遺伝子組み換え(GM)ナタネの特許を侵害したとしてモンサント社に訴えられ、1、2審は敗訴している。熊本での講演会のあと、直接話を聞くことができた。72歳とは思えない壮健ぶりで、力強い口調で語ってくれた。
1997年に、自分の畑でラウンドアップを散布しても枯れないナタネを発見したとき、どう思ったのですか?それがGMナタネであると認識していたのですか?
「長年ラウンドアップを使ってきたので、最初は、ナタネがラウンドアップに対して抵抗性を持ったのかと思った。しかしよく見ると、枯れずに残ったナタネはアゼにしかなかったので、隣の畑からGMナタネの花粉が風で飛んで来たか、誰かのトラックからこぼれたタネがアゼに生えているだけだと思った」
一審、二審でのマッケイ判決の重要なポイントは何でしょうか?
「どのようにGM作物が畑に持ち込まれようと(たとえそれが汚染であったとしても)特許権の侵害であり、かつすべての収穫物の所看権がモンサントにあると結論づけたことだ。これは農民が自分の土地を失うことを意味している。農民は、隣の畑のGM作物によって自分の作物が汚染されても、もはやモンサントの許可と特許料の支払いなしには、作物を育てることができないということだ」
訴訟費用が極めて高額にもかかわらず、裁判を選んだ理由は何ですか?
「私と妻は半世紀にもわたって、ナタネを育種してきた。モンサントの主張を認めれば、もはや自分たちのナタネを栽培できなくなる。モンサントは巨大な多国籍企業であり、農薬や種子を独占している。それは一企業が食料を独占しているのと同じことだ。私は、農民の権利を保護するために農業委員も長年やってきた。だから、私たちは戦う決意をしたのだ」
現在、農業も農業資林の販売のほうも休止しているようですが、それは裁判が原因なのですか?
「私は農業経営を縮小してしまったが、依然としてまだ農家なんだ。しかし、GMナタネで私のタネも畑も汚染されてしまい、もはやナタネを栽培することはできない。最初からモンサントは私のタネを破壊するためにやって来たのだと、近所の仲間たちと話しているんだ」
この事件に対して家族はどう思っているのですか?
「妻と私はいっしょに闘ってきた。私は慣行栽培だが、妻は有機農家なんだ。だからわが家は半分有機で半分慣行栽培だ。子供たちは皆、農業とは間係ない職業に就いている。農村では農家の数が滅り、残った農家はどんどん大規模になっている」
モンサントが農村に醸し出した恐怖
カナダやアメリカでは、たくさんの農家がモンサント社から訴えられているそうですが……。
「ある日突然モンサント社から『特許侵害の証拠がある。裁判にしない代わりに数万ドルの示談金を払え』という内容の手紙が送りつけられてくる。示談の条件に、3年間のサンプル採取を受け入れることやご示談のことを他に公表しないという条項がある。また、GM作物を栽培する際の契約書にも、裁判になっても、そのことを公表してはならないとあり、農家が自由に発言する権利が奪われている」
何人の農家が訴えられていますか?また、逆にモンサントを訴えている農家はいますか?
「私たちが調べた範囲では、北米で約550人の農家が訴えられている。一方サスカチユワン州の有機農家のグループが、GMナタネによって自分たちのナタネが汚染されたとしてモンサントを訴えている」
ブルーノでは、あなたとカーライル以外の農家は示談に応じたそうですが、彼らは不当にGMナタネを栽培していたのですか? それとも裁判になることを恐れているのですか?
「もし裁判になれば、私のように長い歳月と多額の訴訟費用がかかる。そして、もし負ければすべての財産を失ってしまう。だからしかたなく示談に応じたのだ。示談に応じたため表立っては行動できないが、彼らもカーライルと同じように私にとても協力してくれている」
私がブルーノを訪れたときは、あなたを支援している人は周辺にあまりいないように感じましたが。
「皆モンサントのことを恐れていて、よそ者には心を許さないんだ。モンサントのスパイ(「モンサント警察」と呼ばれる私立探偵)かもしれないってね。でも実際には、私を支持している人がたくさんいる。カナダでは最大の農民組合である、全カナダ農民組合も私のことを強く支援してくれている。2年前、全カナダ農民組合はGM作物に対して反対を表明したんだ。
モンサントは農付の中に恐怖を醸し出してきた。そのために何も語ることができない雰囲気があったが、私の最高裁への上告が認められてからは、まわりの農家のあいだにやっとほっとした雰囲気が戻ってきた」
GM作物と一般作物の共存はありえない
しかしほとんどの農民が、現在でもGMナタネを栽培していると聞きましたが?
「たしかに2年削(2001年)は約70%がGMナタネだった。最初は、減農薬、増収になるというメーカーの言葉をほとんどの農家が信じたんだ。しかしGM作物を導入した8年間でわかったことは、GM作物は品質や収量が劣り、農薬が3倍必要で、かつ売れないということだ。EUの消費者がGM作物を買わないことがはっきりして、ナタネの価格が暴落した。それで昨年(02年)はGMナタネの作付けが大きく滅った」
先ほどのお話に出たように、03年5月にカナダ最高裁はあなたの上告を受理しました。そのことについてどう考えていますか?
「カナダ最高裁は、04年1月にこの件を審理する。私が期待しているのは、最高裁が02年12月に、ハーバード大学が提出したガン遣伝子を組み込んだマウスの特許を否定していることだ。高等生物は特許の対象にならないと判決している。植物と動物という違いはあるが、私のケースと同じだ。私にとって過去五年間でもっとも良いニユースだったよ」
ラウンドアップと2.4Dの両方を散布しても枯れないナタネがブルーノの畑に生えている、とあなたは言いました。結局のところどういうことが起きますか? そのナタネは「超雑草」になるのでしょうか?
「もはやふつうのナタネが、受粉によって超雑草になってしまった。そしてカナダの西側一帯のあらゆる場所に広がっている。それを枯らそうと思えば、さらに強力な除草剤が必要だ」
日本ではGMダイズの試験栽培が始まっています。またGMイネの研究も行なわれています。日本の農家へのメッセージはありますか?
「GM作物を導入すれば、次のことがたちまち起こるだろう。一つは、GM作物を封じ込めることなどできないということ。GM作物はひとりでに広まっていく。二つ目は、GM作物と慣行の作物との共存はありえないということだ。瞬く間にすべての作物はGM作物になり、農家に選択の余地はなくなるだろう。GM作物を植えるときは慣行の畑から20m離すことになっているが、誰もそんなことはしない。花粉が風で飛ばされるだけでなく、虫や動物、人間によって遠くまで運ばれるので、GM作物を隔離することは不可能だ」
現在シュマイザーは、妻と二人でブルーノの町に住んでいる。5人の子供たちは、隣町に住む1人を除いて、遠くカリフォルニアやオーストラリアにいる。
農地の多くは貸してしまい、農業資材店も休業中である。5年間の闘いで、弁護費用に20万カナダドル(1760万円)以上かかり、裁判に奔走する間の畑の維持費や、支援を求める活動にさらに10万カナダドル(880万円)費やした。576haの農地は銀行の抵当に入っているという。
お金の前に沈黙させられる農民
愛知県でGMイネに反対している鈴木農生雄さん(1月号に登場)に、「カナダの農家はなぜ大騒ぎしないの?農民の組合は何をやっているの?」と尋ねられた。
シユマイザーの話にあったように、モンサントに告発された農家のほとんどは、裁判になることを恐れて示談に応じ、同時に発言を封じられる。そして他の農家は目を付けられないように沈黙している。1月号の記事に登場したアメリカ・ノースダコタ州のネルソンの場合は、裁判になる以前に2400万円の弁護費用がかかり、シュマイザーの場合は仮に敗訴すれば、自分とモンサント社の訴訟費用その他を含めて4000万円以上も負担しなくてならない。争われている特許料は100万日程度なのに、である。
そして農民たちは、密告されることを恐れて互いに疑心暗鬼になっている。「訴えられた農家が最初に思うのは、いったい誰が自分を密吉したのだろうか?ということだ。
モンサントは、我々の先祖が長年かけてつくり上げてきた、農家が一緒に働くという文化を破壊し、恐怖の文化を農討につくり上げてしまった」とシユマイザーは語っていた。
アメリカは企業の力が極めて強い国である。企業家によるメディア支配はよく知られているが、膨大な訴訟費用と賠償金のために、裁判においてさえ大企業や金持ちしか自分の権利を自由に主張できない。「自由の国アメリカ」では、十分にお金を持っている人だけが本当に自由で、ふつうの人々はお金の前に沈黙させられている。
GM作物は本当に必要なのか?
1953年にクリックとワトソンによってDNAの構造が明らかにされて以来、分子生物学は急激な進展をとげた。とりわけ医療の分野で人類に大きな責献をしてきた。農業においても、作物の遺伝子の働きを解き明かす研究は未来の人類に大きな財産を残すであろう。しかし、隔離ざれた実験室で試験することと、自然環境の中で大規模にGM作物を栽培することはまったく次元が異なる。
GM作物は滅農薬になると言われている。しかし、除草剤耐性作物自体が雑草化したり、遣伝子が雑草に取り込まれたりして、やがて除草剤が効かない雑草が生まれてくる。
インドでは一昨年にBT綿(昆虫を殺す毒素を出すバチルス・チユーリンゲン菌の遺伝子が組み込まれた綿)が導入されたが、BT抵抗性の害虫が増加し、殺虫剤の散布量は減らないと報告されている。結局、次々と新しい農薬やGM作物を開発しなければならず、いたちごっこが永遠に続く。それが生態系にどんな影響を与えるのか誰にもわからない。
日本では、昨年岩手県で、GST遣伝子を組み込んだ低温耐性ササシキ(GMイネ)の屋外栽培が行なわれた。試験では、GST遺伝子が耐冷性(低温発芽性)を良くするのに有用かどうかを確認することだけが目的で、実際の育種にはGMイネを便用しないとしている。それならば隔離隔ほ場での試験で十分であり、消費者や周辺農家の反対を押し切ってまで屋外栽培を強行することは理解に苦しむ。
また、耐冷性の強いイネによって冷害が避けられるかのようにいわれるが、実際には稲作の北限を延ばすだけで、冷害がなくなるわけではないことは歴史をひも解くまでもない。冷害時に消費者の利益を守るのは米の備蓄であり、生産者の所得を守るために共済制度がある。
北海遣で実施された、トウモロコシのC4型PEPC(ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ)遺伝子を組み込んだイネの屋外実験も、椎拙なものと言わざるを得ない。
多くの植物がそうである「C3植物」に比べて、「C4植物」であるトウモロコシは光合成を効率よく行なうことが知られている。だがPEPCの働きは、C4サイクルのごく一部にすぎないし、熱帯など高温で日照が多いところではトウモロコシ・サトウキビなどのC4植物の生長が早いが、涼しい気候では光呼吸が負担にならないので、むしろC3植物のほうが生長が早い。北海道で、しかも屋外で、このような初歩的な実験をする意味があるのだろうか?
自然界は非常に複雑で、小さな出来事がどんな結果に至るか予見できないことは科学者自身が一番よく知っているはずだ。
そもそも現在、世界の食糧は生産遇剰で、多くの国で生産調整をしている。増産を目的とした組み換え技術はあまり意味がないうえ、技術的にも不可能に近い。世界から飢餓がなくならないのは、食糧が足りないからではなくて貧困がなくならないからだ。
昨年の環境・開発サミットで出されたヨハネスブルク宣言では、「貧困の撲滅」「持続可能な開発」「水や生物多様性の保護」などが骨子であった。数百年、数千年後まで安定的に食糧を供給するためには、栽培に適した土壌や環境を疲弊させないことがもっとも重要である。
GM作物で利益を得ているのは企業だけである。そして組み換え技術の特許は、アメリカ企業が独占している。もちろん企業が儲けること自体は悪いことではない。しかし種苗メーカーや製薬メーカーは、世界中で違法な屋外栽培を操り返している。企業に倫理観を求めるのは不可能に近い。多国籍企業の利益を恒久化し、GDPを拡大するために、地球の生態系や未来の人類を危倹にさらすことが許されるのだろうか?
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昨年八月、滋賀県はGM作物の栽培を規制することを決定した。12月には、岩手県農林水産部が、40万もの反対署名を前にGM作物の野外試験を中正することを明言した。北海道議会は、GM作物の承認中止を政府に要望する意見書を採択し、道も今後GM作物の栽培を条例で規制する方針という。
世界でみると、昨年五月にアメリカ政府は、GM食品の規制を続けるEUをWT○に提訴した。9月、大豆生産2位のプラジルがGM大豆を制約つきながら承認。オーストラリアも、GMナタネの商用栽培を承認する予定と伝えられている。
EUがさらにモラトリアム(輪入を規制するにあたって、その危険性を証明するために設けられた猫予期間)を延期するなかで、今年中にWTOの裁定が下される見通しである。GM作物をめぐる情勢は大きな山場を迎えている。
(文中、敬称略ジャーナリスト)
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生物に特許がとれる?
TRIPS協定とは
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古代から農民は作物のタネを採り、選抜し、また他の地方の農民とタネを交換して交配を繰り返してきた。こうして人類共道の財産としての多様な品種が存在している。とくに重要な原種は、栽培植物の起源地である南米、中央アジア、中国奥地など、辺境の貧しい農民たちの手で守られてきた。
1920年代、アメリカでトウモロコシのハイブリッド種子(F1が登場した。近縁でない固定種どうしを交配すると、一世代目だけは生育が旺盛になるという性質がある。交配に使う原種は、辺境の農民からわずかな代償と引き換えに集められたものだ。こうして種子は全業によって生産されるようになり、農民は毎年タネを買わなくてはならなくなった。
やがて企業は、自分たちが開発した品種の保護を求めるようになる。1961年、植物新品種保護条約(UPOV条約)が作られた。ただこの頃は、企業の開発する種子のほとんどがハイブリッドであったため、農家の自家採種はあまり問題にならなかった。
80年、アメリカ最高裁は、遣伝子操作によって作られた細菌の特許を認める判断を下した。さら仁八五年には、組織培養によって選抜されたトウモロコシの特許が認められ、植物品種が特許の対象にされるようになった。
当時、強いアメリカを掲げていたレーガン攻権ば、アメリカが優位に立っている先端技術の知的所有権を強化しようとしていた。しかし、途上国の低抗で交捗が暗礁に乗り上げると、アメリカの影響カが強いガット・wT0の場にこれを持ち込んだ。
そして95年、TRIPS(知的所有権の貿易関連)協定がWTO協定の一つとして締結される。TRIPS協定は著作権、商標、地理的表示、工業意匠、特許、集積回路などを対象にしており、特許については20年間保護される。IPC(アメリカの企業連合)、経団連(日本)、UNICE(EUの経済団体)によって起草されたといわれている。WTO協定は、従来の国際条約に比べて制裁措置など仁よる拘束力が極めて強い。TRIPSをWT○協定に入れることは、途上国からの搾取を強化し、南北の格差を永久化することにつながるという強い批判があったが、締結に至っている。
TRIPS規定では、例外として動植物は特許の対象から除くことができ、植物品種についてはUP○v条約による保護でもよいと定めている。しかし、アメリカや日本では、ガン遣伝子を組み込んだハーバードマウスなど、動物の特許が認められている。
シュマイザー裁判の背景には、先端技術を独占し優位を確保しようとする多国籍企業と、ぞれに低抗する人々との激しい闘いがある。