反GMイネ生産者ねっとNo.439
2003年8月29日
農業情報研究所(WAPIC)より
ボベ、WTO貿易交渉の「モラトリアム」を要求
WTO貿易交渉新ラウンドの山場となるメキシコ・カンクンでの第5回閣僚会合を間近に控えた28日、フランスのゲマール農相とロース対外貿易相が農業者団体との協議を組織した。農業交渉に関して、カンクン会合でフランスが取るべき立場を用意するためである。この会合には、主流派組合の全国組織・FNSEA(全国農業経営者連盟)だけでなく、左翼系の農民同盟(CP)、家族経営擁護運動(MODEF)など、少数派組合の代表者も招かれた。
FNSEA会長は、「ニュージーランドの価格で牛乳を生産できる国は世界のどこにもない」と、WTOが望む農産物貿易の「世界化(mondialisation)」(フランスでは「グローバル化」をこのように呼ぶ)を「不条理(ばかげたこと)」と呼んだ。政府は、この考えに基づき、共通農業政策(CAP)の再交渉が必要になるような一切の協定を拒否すべきだと主張した。とはいえ、フランスの伝統的立場を踏襲、すべての形態の輸出補助が議題とされることを条件に、輸出補助の様々なメカニズムの「再検討」は支持するとも語った。それならば、24日に示された一般理事会議長案でも言及されている。にもかかわらず、この案は「農業にとって極めて危険」だと言う。具体性を欠く主張だが、改革されたばかりのCAPの再改革が必要になるような関税引き下げにも、補助金削減にも応じてはならない、特にフランス農産物の輸出に悪影響があるような協定は拒否せよということらしい。基本的にはEUの立場と同じであり、今のEUの立場を堅持せよということになる。
少数派組合の主張はもっと根本的だ。農民同盟のジョゼ・ボベは、「世界化」によって農業経営はすぐにも消滅してしまうと主張、「WTO創設以来のその影響を評価するために」、多角的貿易交渉の「モラトリアム(一時停止)」を要求した。彼は、貿易担当欧州委員のパスカル・ラミーに与えられた交渉権限を懸念、「農業が交換価値[商品]となる瞬間から、彼に信頼をおけなくなる」と、政府にラミーを拒否するように要求した(ラミーはフランス出身の欧州委員である)。現在の交渉を拒否する点では同じだが、まさに「商品」輸出が最大の関心事であるFNSEAとは根本的に異なる。「輸出」依存の農業こそが問題なのであり、各国が自国の食糧を満たし、貿易は補完的要素とするような農業を構築すること、これを阻害するような国際貿易ルールは排除すること、これがボベの基本的立場である。これは途上国も、先進国も同じだ。
この立場に立てば、途上国は、特定の輸出商品作物に特化し、これを固定化するような政策から抜け出すべきだ、従って、これら商品に対する先進国の関税や非関税障壁の削減よりも、自国の食糧を生産する農業の構築を最優先せねばならないとうことになろう。輸出商品作物への特化とその果てしない拡大は環境負荷も高めるばかりで、持続可能な農業の開発という「ドーハ開発アジェンダ」の一部の目標にも反することになる。その代わり、このような農業を押し潰す大量な補助金に支えられた先進国からの「ダンピング輸出」とは、断固として戦わねばならないであろう。先進国も輸出依存、輸出を基本とする農業から抜け出す必要がある。貿易交渉を進める前にこれらのことを確認せねばならない。そのために、交渉の「モラトリアム」と、「WTO創設以来のその影響を評価する」ことが提案されるのだ。
MODEFは、WTOにそのような能力があるとは認めないようだ。それは、農産物貿易に関するルールは、WTOではなく、国連食糧農業機関(FAO)に委ねるべきだと主張した。
ゲマール農相は、最後に、WTO一般理事会議長が用意した協定案は受け入れられそうもないと口を開いたが、ボベは、皆の言うことに同意するなどという話は聞きたくもない、次には逆のことをするんだから、と結んだ。
8月27日、メキシコ・カンクンにおける第5回閣僚会合に向けて最後の調整の場になったWTO一般理事会が、何の実質的合意もないままに閉幕した。予定された2005年1月1日に新ラウンドを締めくくるのは難しいだろう。現状では、期限を延長したところで、合意に至る見通しは立たない。少し前、米欧さえ妥協すればラウンドは成功するなどと考えるのは甘すぎると述べたが、シナリオは、そのとき予想した通りになりつつある。とりわけ、補助金をめぐる先進国と途上国の対立は、時間をかければ解消されるような生易しいものではない(注)。
だとすれば、今がまさに、交渉「モラトリアム」の時期だ。農業と貿易の関係を根本的に考え直すための「モラトリアム」だ。ボベは、ここでは、これをWTO交渉について提案しているだけだが、これはあらゆる二国間・地域貿易協定(FTAなど)にも言えることだ。WTO交渉が停滞するなか、二国間・地域協定に向かう奔流が世界を襲っている。
(注)一般理事会議長案に対して、先進国では、特に米国が、市場アクセスについては途上国の優遇が過ぎる、国内支持削減については途上国の主張に偏りすぎていると反発している。 他方、インドは、先進国の国内助成が実質的に大幅に削減され(途上国にはそんな財布はない)、輸出補助が廃止されないかぎり、農産物国際貿易の歪曲が改善されないが、不幸にして議長案は、途上国が関税等輸入障壁の引き下げに貢献できるほどの補助金削減や廃止を提案していないとする声明を一般理事会に送った。
インド・中国・ブラジル等17途上国は、補助金に関して、1)「青」の支持を含むすべての貿易歪曲的補助金の期限を定めた廃止、2)価格・生産からデカップルされた直接支払など、「緑」の支持に上限設定、3)先進国による全ての形態の輸出補助の期限を定めた撤廃を提案している。それが実現しないなら、途上国は強力な輸入制限措置を取らざるを得ないというのである。
しかし、議長案は、1)貿易歪曲的国内支持については、ウルグアイ・ラウンド以上の削減とこのような国内支持をより多く使う国でのより多くの削減を提案するのみで、削減の期限も、削減率も【 】入りのままだ。2)「青」の支持については基準の見直しと農業生産額の5%までの削減、さらなる削減も提案しているが、この期限も【 】入りのままとなっている。3)「緑」の支持については、基準に関する交渉を継続するとするだけだ。4)輸出補助金については、途上国の特定関心品目の輸出補助金の撤廃を提案しているが、期限はやはり【 】入り、その他の品目は削減を提案するのみだ。その他の形態の輸出補助には、輸出補助金廃止・削減と同等の効果のある規律を課すという。
補助金をめぐる先進国と途上国の溝は深すぎる。とりわけ、米国が2002年農業法で認めた大量の国内補助金を撤回しないかぎり、いつまでたっても途上国と先進国の溝は埋まらない。