反GMイネ生産者ねっとNo.408
2003年7月22日
農業情報研究所(WAPIC)
英国:GM作物の安全性は不確実
政府委員会報告
7月21日、遺伝子組み換え(GM)作物・食品に関する現時点での科学的知識を再考するイギリスGM科学レビュー委員会の報告書が発表された。これは、農業担当相であり、首相と共に熱心なGM技術推進派であるマーガレット・ベケットが要請したレビューであり、18日に修了した国民論争“GM
Nation”と11日に発表されたGM作物のコストと便益に関する首相府戦略ユニットの報告と並び、政府の将来のGM政策決定に資することを目的するものである。
政府の科学主任アドバイザーであるデヴィッド・キング教授を議長、環境・食料・農村省(DEFRA)の科学主任アドバイザーであるハワード・ダルトン教授を副議長とするパネルは、大学、専門研究機関、バイテク企業に関連した研究団体、環境保護団体などから選ばれた専門家・非専門家・社会科学者など、その他24名で構成され、GM作物・食品の科学的側面に関する包括的・開放的で独立したレビューが目指された。600を上回る科学文書とウエブサイト・公開会合で得られる追加資料に基き、一般国民と科学界が関心を抱くと認められた17の分野についての詳細な検討が行なわれた。この報告は第一次のもので、秋には国民論議の結果や第一次報告に対する国民からのコメント、イギリスの3年間の農場実験の結果を含むさらなる科学的発展を考慮したフォロー・アップ報告が出される。国民論争の結果を総括する報告書とこの最終報告書を待って、英国政府は今年末にはGM作物営業栽培の可否を決定することになる。
今回の報告は、GM作物・食品の重要性を認めながらも、健康・環境影響に関する知識の不足と不確実性を強調するものとなった。ここでは報告公表に伴って出された報道発表が述べる主要結論と、環境団体「地球の友」が指摘する報告の重要論点について紹介しておく。
主要な結論
●すべてのGM作物を排除する科学的理由はないが、一括して認める科学的根拠もない。GMは単一の同質の技術ではなく、その適用はケース・バイ・ケースで考慮される必要がある。GM規制は新たな発展と歩調を合わせることも重要である。
●過去7年間の人間と動物によるGM作物製品消費の拡大による検証可能な悪影響は報告されていない。一部の人々は、これは、規制をクリアするために要求される検査と併せ、安全性の重要な保証を提供すると論じる。しかし、他の人々は、疫学的調査を含む追加調査の必要性を主張する。そのような作業は追及されているとはいえ、GM食品であるとないとを問わず、食品全体については非常に困難である。
●バランスを取り、パネルは、現在市場に出ているGM作物の健康へのリスクは非常に低いと結論した。しかし、開発される作物に応じ、GMについては、将来のリスク管理において取り組むべき課題はもっと大きくなる可能性がある。安全性評価技術・有効なサーベイランス・監視・表示システムの開発を継続することが重要である。
●現世代のGM作物についての最も重要な問題は農地と野生動物へのあり得る影響である。これは、現在、農場レベルの評価における除草剤耐性作物の環境影響の検討により調査されているところである。現世代のGM作物に関するフィールド実験は、広範な環境において、田園地帯を侵略し、問題のある植物になる可能性が非常に少ないことを示している。しかし、導入される植物の種類と形質が増大するならば、我々の知識と不確実性のギャップが一層複雑になることは明らかである。
●報告は、アレルギー性、土壌生態系、農地の生物多様性、遺伝子移動は一層の科学的研究が必要な分野と確認する。
●企業に対しては、遺伝子デザインと植物ホストに関する選択を改善し、またより広範な社会的希望を満たす製品を開発するように要請する。
●イギリスの規制システムは、リスクと不確実性の程度に鋭敏で、GMの他と区別される特徴、多様な科学的展望とこれに関連した知識のギャップ、通常の育種の背景とベースラインの斟酌を認めるような運用を続けるべきである。
パネル議長のキング教授は、次のように強調している。「GMは科学者が一括して安全性を保証できる同質の技術ではない。GM技術の適用はケース・バイ・ケースで考慮されねばならない。我々はすべてを知ることはできないが、不確実性で無力にされれば革新と進歩は窒息する。最善の科学が将来必要になる重要な決定に生かされねばならない。GM技術は孤立してではなく、通常の農業と食料の応用の一緒に考慮されねばならない」。GM技術の重要性を認めながら、安全性の慎重な確認を要請、他の技術と無関係な独走を戒めたものと受け止めることができよう。
「地球の友」が指摘する報告の重要論点
この報告を受け、有力環境保護団体の「地球の友」は、報告はGM作物・食品の健康・環境影響に関する我々の知識の重大なギャップに関する深刻な問題を提起したというプレス・リリースを出した。それは、報告の重要論点として、報告からの次の抜粋を掲載している。
1.食品としての安全性について
「仮説的な例として、GMアレルゲンが規制の審査で認められず、その影響が長期的にのみ現われる場合には、食料品中のその存在を認めることができないから、消費者によるアレルギー蛋白質回避は困難になる恐れがある。」 「予め観察できない悪影響が存在しないことは、それが完全に排除できることを意味せず、GM食品のこれらの消費の疫学的監視が存在しなかったし」・・・GM食品の市場放出後の監視による「GM食品について利用できるものは、現在、いかなる国にも存在しない」。「安全性評価のプロセスは“第二世代GM作物”の開発とともに複雑化することになりそうである」。 「アレルギー反応敏感化と顕現の要因に関する知識が相対的に不足していることは、GM作物由来の食品と飼料を含むすべての新規食品の評価の際に注意を払うことを継続すべきことを示唆する。
2.動物飼料について
「稀で、穏やかで、あるいは長期的な悪影響は発見するのは容易ではなく、将来、市場放出後の監視とサーベイランスの主題となり得る」。
3.環境影響について
「我々は、植物生命史におけるいかなる変化がその侵略性に影響を与えるかについての正確な知識をもたない。害虫・病気抵抗性やストレス耐性の形質をもつGM作物放出のあり得る影響に関する知識については一層」。 土壌生態系への影響については、「非標的生物への有害性がないことを実証するための一層広大で、農学的に現実的な研究の必要性がある」。
雑草群について、「我々は、除草剤耐性作物が雑草群に与え得る長期的影響を予測するための十分な証拠をもたない。重要な不確実性は、農民がフィールドでこの技術をどう適用するかにある」。「イギリスの農場レベルでの除草剤耐性作物の評価の発表がこれらの不確実性を多少は明確にするであろう。農民が二つ以上の除草剤耐性作物を輪作すれば、問題は一層複雑になる」。
長期的影響については、「将来、GM作物の商品化とそのあり得る環境影響の信頼できる予測は一層困難になる。農場から景観スケールまで、大規模な環境影響の将来の評価の基礎として必要になる様々なスケールでのベースライン・データとモデルの不足が認められる」。 「知識の重要なギャップには、イギリスにおけるGM作物取り込みの可能なレート、農地生態系の詳細な知識、土壌生態系が含まれる」。
4.植物間の他家受粉について
作物間の他家受粉が問題を生み出すことは認めるが、知識が不足している。「とはいえ、一定の作物を栽培すること、または既存の農業慣行を利用する(例:GM品種と非GM品種が栽培される農場で自家採取油料種子ナタネの種子を利用すること)は、不可能ではないとしても、非常に困難になる恐れがある」。
「生産/供給チェーンにおける初期段階での遺伝子の流れの程度を決定するための診断とサンプリングの方法と並び、農業システムにおける種子分散のメカニズムと管理に関する一層の情報が必要である。長期的には、遺伝子移動を大きく減らす遺伝子閉じ込めシステムが開発される可能性がある」。
近縁野生種への遺伝子移動については、「遺伝子移動の結果の理解が不足している。また、遺伝子を受け取る雑草または近縁野生種の適応性に対する特殊な形質の影響は進行中の研究の重要な目標である」。「事故による、または意図せざるそれらの生産に先立つそのような植物の生態的挙動の予測は規制システムに科学的な重要課題を提起する」。
5.外国でのGM作物栽培の経験の扱い
「これらの観察が比較的少数の実験に基いていることから、我々は一般的結論を引き出すことには慎重でなければならない。さらに、知見はイギリスの状況に完全に適合するものではない恐れがある。一定の(すべてではない)害虫抵抗性GM作物の使用が農薬使用を大きく減らす結果になったとか、一定の除草剤がより環境に有害でないものに置き換えられたとか示唆する米国、中国、インドでの証拠を十分の信頼性をもって他の国にも適用するのは難しい」。
6.将来の非食料作物について
薬品生産GM作物は、「重大な規制問題を提起し、またケース・バイ・ケースで判断されねばならないであろう」。
地球の友のGMキャンペーンに携わるピート・リーは、「この報告は、GM作に青信号を出したというにはほど遠く、GM食品・作物の健康と環境への長期影響に関する科学的知識の不足と重大な不確実性があることを認めた。政府のGMレビューは、既に、人々がそれを食べようとは思わないために、GM食品には市場がないことを明らかにした。政府は国民に耳を傾け、GM作物のイギリスでの営業栽培の許可を拒否することで安全を第一にしなければならない」と語っている。
今後の展望
GM作物の経済性に関する11日の報告は、消費者の抵抗がなお強い英国での便益の少なさを強調するものとなった。国民論争の総括報告は秋まで待たねばならないが、消費者のGM作物・食品に対する不安を払拭するにはほど遠い結果となった。7月17日には、GM食品・作物に対する英国消費者の態度に関する食品基準庁(FSA)の量的にも質的にも信頼度が高く評価される報告書が公表されたが、この報告書も、消費者のとりわけGM作物の環境影響に対する不安が高いことを明らかにした。それに加えて今回の報告である。政府がGM作物営業栽培を認めるのは難しい環境となってきたと言わざるを得ない。
ただし、ベケット農相は、かねて、国民論争の結果には左右されないと表明してきた。EUが承認の体制を整えた以上、この決定は英国の権限外で、承認は規定の事実というのである。ただ、国民論争の雰囲気から、今年末の営業栽培承認の決定が2年後に控えた総選挙を不利にすることを予想、首相さえも決定の先延ばしを考え始めたという情報もある。そうなればそうなったで、欧州委員会との関係悪化は避けられない。欧州委員会は、7月15日、新たなGMO承認体制を未だに整えないEU11ヵ国を欧州裁判所に提訴した。
決定は首相の政治的決断次第のものとなるであろう。いいかげんと言えばそうに違いないが、最終結論がどう出るかは別として、多数の国民と科学界を巻き込んだ政府主導の広大なGMO論争が展開されたことには大きな意義がある。この点に関しては、日本の現状はあまりにお粗末である。
詳しくは、農業情報研究所(WAPIC)HPをご覧ください
http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/GMO/highlight/03722uk.htm