反GMイネ生産者ねっとNo.276
2003年2月8日
農業情報研究所(WAPIC)
1.次世代GM技術に疑問、葉緑体遺伝子の花粉への移動に関する新研究
葉緑体遺伝子はめしべだけに遺伝する特徴があり(母性遺伝)、葉緑体に他の生物の遺伝子を導入しても、おしべ(花粉)にはこの遺伝子は入り込まないから、近縁種と交雑しても遺伝子が移行することはないとして、バイテク企業は除草剤耐性、害虫抵抗性、ワクチン製造等々のための遺伝子を葉緑体に組み込む試みを行なっている。それは「次世代」遺伝子組み換え技術の安全性を確保するものと期待されてきた。
ところが、2月6日付のネイチャー誌が、新たな研究により次世代遺伝子組み換え(GM)作物に関する懸念が高まる可能性があると報じた。この研究(注)は、葉緑体DNAのタバコの細胞核への移動の率を直接計測したもので、遺伝子が植物細胞の葉緑体から花粉に、従って、また環境中に広く移動できることを示唆しているという。研究結果は、(細胞レベル以下の)亜細胞画分間の遺伝子移動の確は1万6000分の1としており、イギリス・マンチェスター大学で葉緑体について研究するアニル・デイは「我々はこれが起こり得ることは知っていたが、頻度がこれほど高いのは驚きだ」と言っているという。
研究のリーダーであるオーストラリア・アデレート大学のジェレミー・ティミスは、この研究結果は、葉緑体遺伝子が逃げ出したり、他の場所で機能することがいかに起こり難いか示していると不安の沈静に努め、ネイチャー誌も、それは、長期の進化の過程で植物の葉緑体からその核DNAに移動した遺伝子が何故極めて少ないかを説明するヒントを与えると言う。それにもかかわらず、前記のアニル・デイは、「その頻度は低い。しかし、世界の作物栽培面積を考えればそうは言えない」と警告しているという。
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2.インド:GM棉は華々しい成果という研究、しかし「持続可能性」は?
GM技術をめぐるインドの混迷
遺伝子組み換え(GM)作物をめぐるインドにおける抗争がますます激化しそうである。インドは、昨年、害虫を殺す毒を生産する遺伝子を組み込んだGM棉(Bt)の承認によって、初めて商用栽培にGM作物を導入した。開発企業やバイオテクノロジーにかかわる多くの科学者は、その成果を強調している。しかし、インドには、ヴァンダナ・シヴァを指導者とし、NGO「科学・テクノロジー・エコロジー研究在団」を組織的拠点として、在来種子の収集・保存・普及に努め、伝統的農法こそインドの生活と文化を守る道と言う「ナヴダーニャ」運動など、GM技術導入への強力な抵抗勢力がある。彼らは、GM推進者が強調する様々な成果を否定、昨年はGMマスタードの承認の延期に一役かった。インドのGMへの対応は混迷を深めてきた。
このような状況のなかで、インドのGM棉は収量を大きく増やし、農薬使用を大きく減らし、経済的にも多大な利益をもたらすという新たな研究が現れた。これはGM論議に新たな頁を付け加えるものとなろう。2月7日付のネイチャー誌は、この研究について次のように伝えている。
■インドGM棉の劇的成果を示す研究
2001年からの農場実験により、インドでは、GM棉は慣用品種を80%上回る収量をあげることが明かになった。バイテク企業によれば、昨年の商用栽培の結果も、それほど華々しいものではないとはいえ、類似のものであった。しかし、環境団体は異論を唱えている。
ドイツ・ボン大学の農業経済学者マーティン・クァイムは、GM作物は特に熱帯途上国で有用だと言う。彼によれば、「人口成長と制限された農地は一層大きな収量が必要だということを意味する」。 彼とその同僚は、インドの3州の157の典型的棉農場を調査した(1)。農民は非GM品種とともにBt棉を栽培した。Bt棉は、典型的にはインド棉農民に収穫半減の損害を与える綿実蛾幼虫に抵抗する毒素を出す遺伝子を組み込んだものである。Bt棉の収量は、慣用品種に比べて80%も多く、殺虫剤使用は70%ほど少なかった。GM種子の費用は通常の棉の4倍になるが、収量改善により5倍の価値に相当する収穫が得られた。2001年のBt棉の利得は、綿実蛾幼虫が多かったから、特に大きかった。数年間の農場実験は、Bt棉の収量が慣用品種よりも60%高いことを示した。クァイムは「農民は非常に積極的だ」、「需要を満たすために必要な十分な種子がない」と言う。
南アフリカでも類似の成果があったと認めるイギリスのリーディング大学の開発研究者ステファン・モースは、棉で見られた利得は他の作物には拡張できないだろう、トウモロコシのような種は害虫よりも土壌の質や水の影響の方が大きく、害虫の種類も多くてBt遺伝子は対抗できないだろうと言う。
こうした議論に対し、「科学・テクノロジー・エコロジー研究在団」の副理事長アスファー・ジャフリは、個人的に2つの州で研究したが、Bt棉が劇的に失敗していることが分かったと言う。在団によれば、Bt棉は慣用品種よりも収量は低く、虫害も多かった。
モンサント社によれば、2002年、インドの綿作総面積・9千万haのうち、Bt品種が栽培されたのは4万haであった。これらGM作物の収量は慣用品種よりも30%高く、農民1人当りの所得をha当り3千ルピー(63ドル)増加させた。同社は、2003年には25万ha以上のBt棉作付を見込んでいる。
北米や中国のような温帯地域では、Bt棉の収量は慣用品種を僅かに上回るだけである。アーカンサス大学の棉研究者フレッド・ボーランドは、米国ではせいぜい収量は2−3%改善されるだけと言う。熱帯では、虫害が一層大きな損害を与え、農民は農薬を十分に買えず、また農薬に対する抵抗性も共通に見られるから、改善の余地が大きい。
害虫におけるBt抵抗性発達の問題−GM技術は持続可能な農業生産を保証するのか。同じネイチャー誌は、インドに関する研究とは別に、米国・アリゾナで綿実蛾幼虫が減ったというもう一つの研究(2)についても触れている。この研究によれば、アリゾナでは抵抗性棉の普及により綿実蛾幼虫が減ったが、非GM棉作付地が害虫がBt品種への抵抗性を発達させるのを妨げたことを示唆しているという。
ところで、ネイチャーが扱ったと同じ研究について、2月6日付のNew Scientistの記事は、この問題について次のように報じている。ニューデリーの「遺伝子キャンペーン」議長のスマン・サハイは、ドイツ研究者が明かにした華々しい成果は「持続できるか」と問い、インド農民は抵抗性が発達しないようにするために必要なGM圃場中への非GM作物の「避難地」を作らないだろうと言う。インド政府はBt棉圃場の20%に非GM品種を栽培するように要請しているが、僅かな土地しか持たない多くの農民はこんな余分なことはしないだろうというのである。
熱帯途上国の多くの農民が同様な状況にあるとすれば、「GM作物は特に熱帯途上国で有用だ」というドイツ農業経済学者の主張にも疑問符が付く。それは本当に「持続可能な農業生産」を可能にし、食糧不足に現に直面し、問題がますます深刻化するであろうこれら途上国の食糧の確保に貢献できるのか。このような疑問への答えは出ていないように思われる。
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2003年2月10日
農業情報研究所(WAPIC)
1.GMO紛争、米国がEU提訴を延期したが、その先は?
対イラク戦争のためのWTO提訴を延期
米国は、新たな遺伝子組み換え(GM)作物の承認のモラトリアム(一時停止)を続けるEUをWTOに提訴することを延期したようだ(1)。米国は、かねて、EUのこの行為をWTOのルールに違反する貿易制限行為と非難、これにより米国農民が年々多大な損害をこうむっているとしてWTO提訴をほのめかしてきた。先月初め、農業・バイテク企業やこれらの利害を代表する米国議会議員の圧力が高まるなか、米国通商代表・ロバート・ゼーリックは、EUの反バイテク・ルールは、意味のある科学的研究ではなく、理不尽な公衆の不安に対応するもので、米国農民に対する貿易差別に当るとして、数週間以内にWTOに提訴すると語っていた(2)。ゼーリックは、EUの反科的態度は世界の他の国々にも拡散、アフリカ人の飢餓からの救出を妨げる原因にもなる「非道徳的」態度であり、19世紀イギリスの労働者の「ラダイト」(機械打ち壊し運動)にも似た態度であるとも非難していた。
しかし、ゼーリックは、対イラク戦争に対するEU(及びその他の国際的)の支援の獲得を最優先する目下のホワイト・ハウスの支持を勝ち取ることができなかったようだ。3日に予定されたいたこの問題を討議する閣議レベルの会合はキャンセルされ、改めての会合のスケジュールもないという。要するに、提訴延期は、対イラク戦争を間近に控えてEUの怒りを買うことへのホワイト・ハウスの不安から生じたものであるということだ。ファイナンシャル・タイムズ(2/6)によれば、政府高官は、EUの政策を変更させることが必要であるという基本的考えに関して政府内には何の異論はない、ゼーリック支持を困難にしたのは「タイミング」であり、「もし1月初めに閣議を開けば」、WTO提訴が決まっていただろうと言う。提訴延期がこのような「便宜的」理由によるものであるとすれば、それによって基本的問題は何一つ解決されたわけではなく、近い将来の再燃は間違いないであろう。そのとき、問題はどう展開するのであろうか。ニューヨーク・タイムズ紙(2/5)は、「専門家は、米国がWTOで勝訴し、4年におよぶ禁止[モラトリアム]の解除を強制できると一致している」と言う。
米国は勝訴できるか?
しかし、まず、米国は何について「勝訴」するのだろうか。この問題は、米国がEUの何をWTOに訴えるのか、未だ詳細が明らかにされていない以上、答えることは不可能だ。しかし、いくつかの場合を想定できる。
一つは、EUのGM作物新規承認の「事実上の」モラトリアムがGM作物の輸入の「公的」規制と認められる場合である。この場合には、明白な科学的根拠のない安全性への不安を根拠にした貿易規制を禁じたウルグアイ・ラウンドで合意された(すなわちEUも合意した)衛生植物検疫協定(SPS協定)に拠り、その正当性が争われることになる。EUは、現在のWTO交渉で「SPS」協定を見直し、明白な科学的根拠がなくても相当なリスクが疑われる場合にはこのような規制措置の適用を許す「予防原則」(3)を導入するように提案している段階である。そして、GM作物・食品の安全性については、少なくとも一致した「科学的」結論は出ていない。そればかりか、EUの欧州委員会自身が、厳格な安全性審査を経てEUが承認したGM作物・食品は、このような厳格な審査の対象とならない通常の作物・食品以上に安全だと、公然と認めている。これでは最初から勝負にならない。
第二に、最初に示唆したように、新規承認の「事実上」のモラトリアムが正規の貿易規制なのかについての疑念がある。「事実上」のと言われるように、それはEUが正規に決定した法的規制ではない。それは、単一国家ではないEUにおいて必然となるGM作物承認の複雑性がもたらした結果である。従来のEUの新規承認手続は、EU構成国、EUの決定機関である閣僚理事会、EUの執行機関の間で行き来する複雑で、煩瑣なもので、承認まで時間がかかりすぎるとバイテク企業の不満の種となってきた。事実上のモラトリアムは、そのような手続の過程で生じたものである。従って、この問題は、EUという国際組織の基本的性格に由来する新規承認手続のあり方にかかわっている。しかも、EUは、最近この手続を大きく簡素化、迅速な新規承認をめざしており、それによってもモラトリアム解除への道を探っている。このようなときに、WTOは、EUの承認手続を問題にできるのだろうか。
第三に、EUのGMO表示、トレーサビリティーにかかわる規則が貿易障壁として問題にされる場合がある。義務的表示については、かねて米国農民に多大な追加コストをもたらす貿易障壁だという批判があった。昨年末にEUが採択した表示制度の強化とトレーサビリティーの導入は、米国農民に輸出禁止的な追加コストをもたらすと米国の不満が強い。これが問題にされる場合には、過程の展開は複雑になるであろう。欧州委員会は、こうした制度の導入は、GM食品の安全性に問題があるからではなく、あくまでも消費者に選択権を与えるためであり、こうした制度は消費者のGM食品への反発を和らげ、それによって委員会が強く望むモラトリアムの早期解除をもたらす(この点で米国と欧州委員会の間に違いはない)ために不可欠としてきた。米国政府は、安全と立証されたものに表示の必要はないと強硬であるが、義務的表示の要求は米国民の間にも広くある。このような問題をWTOがどこまで明解にさばけるかは疑問である。何らかの政治的妥協が探られることになろう。
モラトリアムは解除されるのか?
ニューヨーク・タイムズ紙が言うように、専門家は一致して「米国は4年におよぶ禁止[モラトリアム]の解除を強制できる」としても、それは実際のモラトリアム解除につながるのだろうか。これには疑問を呈する意見が多い。米国の経済戦略研究所所長・クライド・プレストウィツは、1月25日付のニューヨーク・タイムズ社説(参照:米国:遺伝子組み換え食品でヨーロッパを困らせるな)で言うところによれば、米国人がGM製品受け入れを強要すれば、ヨーロッパは米国の文化的・経済的帝国主義の臭いを嗅ぎつけるに違いない、WTOでの勝利は消費者の抵抗を確実に強めるだけであろうと言う。欧州委員会のフィシュラー農業担当委員は、モラトリアム解除への進展が遅々ととして進まないEUの現状に苛立ち、かねてGMOに関する「感情的」議論の泥沼からの脱出を求めてきたが、米国政府のWTO提訴の決定が差し迫った今月は、この問題の討議のために渡米、もし米国が提訴に踏み切れば、新たな規則を制定してモラトリアム解除の展望が見えたところで、再び泥沼にはまる結果になると、米国政府の自重を訴えた。
ともあれ、米国のWTO勝訴どころか、提訴そのものさえ、モラトリアム解除の芽を摘む可能性が高い。それは、GMOをめぐる米欧紛争どころか、全面的な米欧紛争の泥沼化を誘発する可能性がある。WTO提訴は、共に、基本的には農業バイオテクノロジーを推進しようとする欧州政府・欧州委員会にとっても、米国にとっても、決して利益はもたらさないように見える。
(1)U.S. delays Suing Europe Over Ban on Modified Food,The New York
Times,02.2.5
US postpones WTO case on
modified food,FT com,2.6
(2)U.S. Hints It Will Sue EU Over Altered Crops, The New York
Times,02.1.10
US ready to declare war
over GM food,Financial Times,02.1.10,p.6
(3)EUは、今年2月に発効した食品安全に関する包括的規則で、「予防原則」を次のように定義している。「利用可能な情報の評価の後に健康に対する有害な影響の可能性が認められるが科学的不確実性が存続する特別の状況においては、一層包括的なリスク評価のためのさらなる科学的情報を待ち、欧州共同体において選択される高レベルの健康保護を確保するために必要な暫定的なリスク管理手段を採択することができる」。しかし、これは定義においても、適用方法においても、極めて曖昧なままである。例えば、「欧州共同体において選択される高レベルの健康保護」は、「科学的」というより、消費者の「受容可能なレベル」のような政治的・社会的要因に依存することになろう。
2.モンサント、飢餓撲滅運動開始のブラジルにGMO十字軍
ブラジル政府は、先月、飢餓根絶のための野心的キャンペーンを開始したが2月5日付のフィナンシャル・タイムズ紙が伝えるところによると、モンサント社の暫定最高経営責任者・フランク・アトリーが、3月、飢餓根絶には遺伝子組み換え(GM)作物が有益とブラジル政府説得の「十字軍」遠征の旅に出る。
これまで、モンサント社は、ブラジル政府に対し、同社の販売する除草剤・グリホサートへの耐性を組み込んだラウンドアップ・レディ大豆の承認を何度か求めてきた。1998年には最初の承認を勝ち取ったが、反対する環境団体や土地無し農民運動の訴訟に行く手を阻まれ、未だにブラジルにGM作物を導入させることに成功していない。昨年は、三つの訴訟で一判事が受け入れを認める判決を出したが、他の二人の判事は判定を下さなかった。
このところ、ブラジルは、GM作物の世界的普及をめざすバイテク企業と、これを阻止しようとするGM反対勢力との攻防の世界的最前線とみなされてきた。GM作物の大規模商用栽培は1996年に始まり、その後急速に拡大、昨年の世界の栽培面積は6千万haを突破したと見られる。その62%を占めるのがラウンドアップ・レディ大豆であり、その大豆栽培面積に占める割合は世界で半分を超え(51%)、米国では75%に達している。しかし、その栽培国は米国とアルゼンチンに限られており、他のGM作物(棉、ナタネ=カノーラ、トウモロコシ)を含めても、GM作物栽培国は十数カ国に限定されている。ヨーロッパのGM作物への抵抗は相変わらず強く、それは、GM食糧援助拒否に見られるように、アフリカ諸国の抵抗も呼び起こしている。インドは、昨年、初めてGM棉を導入したが、その後、承認を求められたGMマスタードについては、強力な国内抵抗勢力の反対もあり、承認を延期している。巨大な人口を養うためにGM技術に大きな期待をかける中国でも、大規模栽培は今のところGM綿に限られており、食用作物でのGM採用はためらっている。
このように、GM作物は急速に普及してきたとはいえ、なお大きな壁に突き当たり、その世界的普及をめぐる攻防は膠着状態にあると言えよう。そこで、非GM大豆の世界的な大供給国となったブラジルにGM大豆を採用させれば、GM食品に抵抗している市場も、非GM大豆の調達が難しくなり、GM大豆の利用に走らざるを得なくなる。それは、GM作物の世界的普及への突破口となるであろう。これがバイテク企業の描くシナリオであろう。
フィナンシャル・タイムズ紙によれば、上記のようなGM作物普及の膠着状態のために、モンサント社の主力商品でラウンドアップやその他の除草剤耐性GM製品の昨年の販売額は24%減り、18億ドルとなった。総販売額も14%減り、経営状態は悪化している。昨年12月には、過去2年間の実績への懸念から、経営最高責任者が辞任に追い込まれた。そのなかで、シンジェンタ社などとの競争で、株価も下落している。
ブラジルへの「十字軍」遠征は、まさにモンサント社の起死回生策であろう。それは抵抗勢力にとっても正念場となる可能性がある。
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詳しくは『農業情報研究所』ホームページをごらんください。
http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/