GMイネ生産者ネット#241

2002.12.6

農業情報研究所(WAPIC)

 

EU:GMO研究所欧州ネットワーク(ENGL)が始動

新たなGMO承認に向けての最終コーナー

 

 新たな遺伝子組み換え体(GMO)の承認の「事実上の」モラトリアム解除をめざすEUの4年に及ぶマラソンのゴールが見えてきた。思わぬ転倒や突然死の可能性がまったくないわけではないが、確率は非常に小さそうである。先月28日、EUの農相理事会は、GMOの表示とトレーシングに関する欧州委員会の提案に関する政治的合意に達した。今月9日には、環境相理事会がGMOのトレーサビリティに関する規則を採択することになろう。そうなれば、あとは欧州議会の承認を待つだけである。

 

 しかし、これらの規則が採択され、モラトリアム解除の条件が整ったとしても、消費者や関連産業、農業生産者が、直ちにGMOを受け入れるとは限らない。カギを握るのは「消費者」であろうが、消費者の意識や行動は変わりやすい。狂牛病に対するあれほどの恐怖も、いまはほとんど沈静した。一時、消費者は有機食品に走ったが、この動きも揺らいでいる。イギリスの有機農業は躍進したが、有機食品の定期的購入者は8%にすぎないという。残りの消費者はどう動くか分からない。フランスの有機農業も、最近では低迷傾向が見られる。表示やトレーサビリティが強化されれば、多くの消費者がGMOへの警戒を緩めるかもしれない。

 

 ともあれ、モラトリアム解除だけでも、世界に与える影響は大きいであろう。これを機に、EUへの輸出機会の減少を恐れてGMO導入を控えてきたブラジル等の多くの途上国も、競争からの脱落を恐れて、その採用に踏み切るかもしれない。そうなれば、一握りの巨大多国籍バイオテクノロジー企業による世界制覇の野望が実現する。地球上の人々の食糧と生態系の命運は、これら企業にかけられることになる。

 

 しかし、そこに至るまでには、なお規則の厳正な執行の確保という最後のハードルがある。

 

残された最後の課題ー新規則をいかに執行するのか

 表示やトレーサビリティに関する新規則の採択によっても、それだけでは消費者の不安を取り除くことはできない。厳正な執行が確保されなければ、規則は意味がない。そのためには、厳しい技術的問題が解決されねばならない。EUの規則案の基本原理は、消費者に対してGMOを含むか、含まない製品の選択の権利を与えるということである。しかし、至るところに様々なGMOが溢れる時代、生産者から消費者に至る長い「フード・チェーン」には、どこでGMOが入り込むかわからない。GMOを含まないとされる普通の食品の中に微量のGMOが含まれないとは、誰も保証することができない。

 

 そこで、欧州委員会は、GMOが1%以上含まれる製品に表示を義務づける規則案を提案した。農相理事会は、この境界を0.9%に引き下げた。農相理事会は、EUで未承認であるが、リスク評価をクリアしたGMOの事故等による偶然の混入については3年間に限り、0.5%までは許容することにも合意した。さらに、新たな規則は、「農場から食卓」までのトレーサビリティの確保や環境中のGMOの監視にもかかわる。このような規則が厳正に執行されるためには、GMOの検出と定量に関する技術的問題が克服されねばならない。熟練した人材、確かな検査方法が確保されねばならないし、大量の食品や飼料をすべて検査するわけにはいかないから、正確にGMOのレベルを決定するための適切なサンプリングの方法も確立されねばならない。規則に反するという検査結果は、生産者に多大な損害をもたらし、消費者の信頼を一挙に損なうから、僅かなミスも許されない。しかも、同一製品についての各国の検査結果が異なれば、これも同様の結果を招くから、EU全体の調和した方法が確立されねばならない。EU域外の貿易相手もあるから、この調和は、最終的には世界全体に及ばねばならないであろう。新規則が採択されたとしても、EUはこのような問題に立ち向かわねばならない。それが残された最後の課題である。そして、この問題への挑戦が、既に始まっている。GMO研究所欧州ネットワーク(ENGL)の始動である。

 

GMO研究所欧州ネットワーク

 12月4日、欧州委員会は、EU各国当局により指定されたEU諸国内の45以上の研究所から構成されるENGLを立ち上げた。その目的は、フード・チェーンにおけるGMOのトレーサビリティを改善し、EUにおけるGMO使用規制を支援することである。その中心的任務は、市場に出される様々なGMOを調査し、コントロールのための研究所によるフード・チェーンにおけるGMOのトレースを確保することである。

 

 それは、食品・飼料中のGMOを検出し、定量するための方法を開発し、その有効性を検証しなければならない。方法が最適化されれば、この方法がコントロールの目的に適しているかどうかチェックするための試験を設定する。それにより適切な方法であると確認されれば、これらの方法をコントロールのために使うことになる。すべてのGMOはそれぞれがユニークなものであるから、この方法は市場に現れる、あるいは販売許可申請がされる新たなGMOのそれぞれについて確立されねばならない。そして、その有効性が確認されれば、国際基準に組み込まれるように、国際標準機関(例えば欧州標準化委員会=CEN)に提出される。既存のGMOについては、既に確立された方法があるが、今後、承認を待っているGMO、次々と承認申請されてくるであろう多数のGMOについて、このような作業が進められねばならない。

 

 このネットワークではバイオテクノロジー企業が枢要な役割を演じる。それは、GM物質の検出に必要なDNAの配列に関する詳細情報を提供し、調和的方法の開発を可能にするなど、ENGLに全面的に協力する(自由意志で)。このために、ENGLは、近い将来、主要バイオテクノロジー企業と契約を結ぶことになる。

 

 欧州委員会の共同研究センター(JRC)のGMO研究所が、GMO食品・飼料に関するEUの基準研究所として、ENGLの活動の調整に当り、新たなGMO食品・飼料の申請者が提案する検出と同定の方法を試験・検証する。それは、(a)コントロールのための適切な陽・陰性サンプルの受領、調整、貯蔵、維持と各国の基準研究所への配分、(b)サンプリングと形質転換事象の確認、食品・飼料中における形質転換事象の発見・確認を含む検出方法の試験と検証、(c)サンプリングと検出の方法の試験・検証のための食品・飼料販売許可申請者により供給されたデータの評価、(d)欧州食品安全庁(EFSA)への評価レポートの提出に責任を負う。

 

 ENGLが任務を遂行するためには、多くの人材(専門家)や資金が必要になる。450人の専門家を雇うが、地域レベルの他のGMO研究所ネットワークとも協同する。1件当りのGMO検査には12万5000ユーロかかるといわれるが、必要になる資金は予測できない。それは企業のGMO開発、承認申請の数や規制の進展に依存するからである。しかし、大量の検査の実行が必要になり、多数の方法が開発され、検証されねばならないことは確かであろう。JRCは、こうした増加を予想し、関連研究をEU第6次研究フレームワーク計画の優先事項の一つに掲げている。

 

 ENGLは、これらの作業において、新たにEUに加盟してくる国々、さらには、特に米国やカナダとの協同関係を築かねばならない。

 

 ENGLは、その任務を首尾よく果たすことができるであろうか。それは、地球と人類の将来を左右する問題である。(ENGLに関する欧州委員会プレス・リリース)

 

 

 

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