(新潟地方裁判所提出陳述書)

陳述書 

河田 昌東

略歴

(省略)

 

 研究者の立場から、本野外実験で問題となっているディフェンシンの耐性菌出現の可能性について、以下の目次に沿って、陳述いたします。

 

目 次

1、ディフェンシン一般について、その耐性菌の出現について

第2、カラシナ由来のディフェンシン導入イネに対する耐性菌の出現の可能性について

第3、それ以外の本ディフェンシン導入遺伝子組換えイネの問題点

第4、結論――今回の圃場栽培の影響に対する安全確保――

 

1、ディフェンシン一般について、その耐性菌の出現について

(1)結論

 ディフェンシン耐性菌については、以下に述べる通り、動物の場合に既に出現したという多くの報告があり、その作用メカニズム等を考えれば植物ディフェンシンについても、その耐性菌の出現について可能性を想定すべきです。

 

(2)   理由――ディフェンシンの作用機作と耐性菌出現の関係について――

A.最初、ディフェンシンの作用の仕組みについて、簡単に解説します。

ディフェンシンは全ての動植物がもつ抗菌ペプチド(分子量の小さなたんぱく質)で、細菌(原核生物)やカビ(真核生物)の攻撃から生物が身を守る重要な役割をしていることが近年明らかになってきました。その種類もきわめて多種類にのぼり、同一生物にも複数種類のディフェンシンの存在が明らかにされています。ディフェンシンは陽イオンに富むアミノ酸を多く含み、含硫アミノ酸のシステインを68個以上含む独特の立体構造を形成しているという大きな特徴があります。その作用機作の詳細はさまざまですが、要約すれば、植物ディフェンシンの場合、細菌やカビの細胞膜(原形質膜)に存在するディフェンシン結合部位に結合し、細胞膜のイオン透過性を破壊したり、細胞内部に侵入して細胞のイオンチャンネルを破壊し、細胞内からカルシウム・イオンやカリウム・イオンを流出させ、結果として細菌細胞を殺し抗菌作用を発現するものです(文献1)。

 

B.ここで、耐性菌との関係で重要なことは、このディフェンシンの作用の仕組みは逆に、細菌やカビの種類によっては、特定のディフェンシンに対する結合構造が無ければ抵抗力を有し、あるいは細菌やカビの側が突然変異を起こし、細胞膜のディフェンシン結合部位に構造変化を生ずればディフェンシンは結合出来なくなり、この細菌やカビは耐性を獲得することを意味します。細菌側のこうした変化は、抗生物質耐性菌などでも観察される現象で、珍しいことではありません。

実際に酵母菌(Saccharomyces cerevisiae)がダリア(Dahlia merckii のディフェンシンに対してこの種の耐性を獲得した例があります(文献1)。動物細胞のディフェンシンに対する耐性細菌の例は枚挙にいとまがないほどです(文献24)。 

耐性獲得の一例に人間のディフェンシン(hβD-1)に対する口腔内嫌気性細菌Porphyromonas gingivalis の耐性獲得実験を紹介します(文献3)。 致死濃度ぎりぎりのヒト・ディフェンシンhβD-11ナノグラム/ml= 10億分の1グラム/ml)でPorphyromonas菌を処理し、37C36時間培養すると、通常で312マイクログラム/ml (もとの濃度の300012000倍の濃度)のディフェンシンにも耐性を示すようになり、ディフェンシン処理後、42Cの温度ストレスを与えると、最大で100マイクログラム/ml (10万倍濃度)でも耐性を示す耐性菌が現れた(文献3)。このように、ディフェンシン耐性菌は突然変異により容易に出現し、条件次第では短時間で増殖するばかりでなく、当初の致死濃度をはるかに超えるディフェンシン濃度でも死なない耐性を獲得することができます。また、いったん一種類のディフェンシンに対する耐性を獲得すると、作用機作の似た他のディフェンシンにも耐性を示すようになることも知られています。

 

C.これに対し、「植物ディフェンシンには耐性菌ができない」と主張する研究者がおりますが、植物ディヘンシンの耐性菌の報告例が無いのは、単に植物ディヘンシンの研究例が圧倒的に少ないからに他なりません。現に前述のダリアの報告例もあり、理論的にも、動物のディフェンシンと植物のそれとは基本構造と作用機作が共通性である以上、植物ディフェンシンにだけ耐性菌が出来ないという主張には科学的根拠がありません。

D.小括

恐らくこれまでに発表されたディフェンシンの作用機作とそれに対する耐性機構についての最も包括的なレビューは、アメリカ薬学・実験治療学会の機関誌 Pharmacological Reviews: vol.55, No1, p27~55 (2003)に発表された、マイケル・R・イエマンとナンネット・Y・ヨウントの論文であります(文献4)。「抗菌ペプチド作用とその耐性のメカニズム」と題するこの長大な論文で、著者らはディフェンシンを今後医薬品として開発する時代に備え、その作用機作と耐性のメカニズムをこれまで発表された157に上る膨大な論文を引用してレビューし、「抗菌ペプチドに対して耐性を持たない病原菌がいると期待するのは非現実的である」と指摘し、そのメカニズムの解明の重要性を論じています。

つまり、現在、動植物を問わず、ディフェンシン一般について、その耐性菌の出現について、その可能性を想定すべきであり、それを前提にして、耐性菌のメカニズムの解明が重要な課題となっています。

 

第2、カラシナ由来のディフェンシン導入イネに対する耐性菌の出現の可能性について

(1)結論

カラシナ由来のディフェンシン導入イネについても、前述した一般論に付け加えて、以下の理由から、これに対する耐性菌が出現する可能性が高いと考えます。

 

(2)理由1

ディフェンシン遺伝子は、通常病原菌に感染したときだけ発現して(誘導的発現)、抗菌性ペプチドを分泌しているのに対し、今回の北陸研究センターの第一種使用規程承認申請書(疎甲21)の11()ニの「DEF断片をプルーブとしてノーザン解析を行った結果、供試した全ての組換え個体において、茎及び葉特異的にDEFに由来するRNAバンドが検出された」という記載によれば、今回のカラシナ由来のディフェンシン導入イネの場合、使用したプロモーターの性質によって、カラシナ由来のディフェンシン遺伝子はいもち病などの病原菌のあるなしにかかわらず常時発現して(構成的発現)、抗菌性ペプチドを分泌していることが分かります。即ち、不必要な環境下でも毒物を散布することになります。この点の重要な違いを考えた時、カラシナ由来のディフェンシン遺伝子の場合も抗生物質の乱用による耐性菌出現の場合と同様、耐性菌が出現する可能性が高いと言えます。

 

(3)理由2――害虫抵抗性遺伝子組換え作物とディフェンシン導入イネの問題の類似性について――

理由の2番目は、カラシナ由来のディフェンシン導入イネについてディフェンシン耐性菌の出現を考えるとき、すでに実用化されている害虫抵抗性トウモロコシ栽培における耐性害虫発生のメカニズムと共通するものがあるからです。

害虫抵抗性トウモロコシは、土壌細菌のBacillus thuringiensis の持つ毒素たんぱく質(Btトキシン)の遺伝子を導入したものです。このBtトキシンもB.thuringiensis の分泌するたんぱく質で、菌株によって多種類(約200種類)あり、それぞれに標的とする害虫が異なります。Btトキシンは標的害虫の腸内に入ると、害虫の腸管上皮細胞に結合し、細胞膜のイオン透過性を破壊して害虫を死に至らしめます。それによって殺虫剤の散布を少なく出来る、というのが開発の目的であります。腸管上皮細胞とディフェンシン標的細菌とを置き換えれば、たんぱく質毒素によるイオン透過性破壊による相手の攻撃というメカニズムまで良く似ています。 ところで、Btトキシンには重大な弱点のあることが分かっています。耐性害虫が出来易いのです。それは標的害虫が突然変異によって腸管上皮細胞の膜の構造を変化させ、Btトキシンを結合できなくするためです。この単一の突然変異によって、害虫は複数のBtトキシンに耐性を獲得することも分かっています(文献7)。この現象はBt組換え作物の開発当初から分かっており、アメリカEPA(環境保護庁)はこのBtトウモロコシの認可にあたって、耐性害虫の発生を防ぐために、Btトウモロコシの栽培圃場の外側に一定の非組換えトウモロコシを作付けし、害虫に両方を往来させることで耐性を獲得した雌雄が交配するチャンスを減らし、耐性害虫の発生を避けることを条件に認可しています(文献8)。

このように、細胞表面をターゲットとするたんぱく質(ペプチド)毒素に対しては、標的細胞側が突然変異による耐性を獲得し易いのであり、具体的な個別のメカニズムは違っても、ディフェンシンの場合も耐性菌出現の危険性は同じです。その意味で、カラシナ由来のディフェンシン導入イネについても、耐性菌が出現する可能性が高いといえます。

 

(4)「カラシナ由来のディフェンシン導入イネに対する耐性菌は出現しない」という見解について

 これに対し、「カラシナ由来のディフェンシン導入イネに対する耐性菌は出現しない」と主張する研究者がおりますが、その主張には科学的な根拠がありません。

第1に、その根拠は、「これまで、カラシナ由来のディフェンシン導入イネから耐性菌は出現したという報告がない」からというものですが、しかし、今までの研究例が少なく単に報告例がないことを根拠に、耐性菌は出来無いだろうという安易な期待を科学的な根拠にすることはできません。

 さらに、カラシナ由来のディフェンシンがイネに導入されたことは、これまでカラシナの感染菌にしか接する事の無かったカラシナ由来のディフェンシンがいもち病や白葉枯病などイネの病原菌に新たに接するチャンスを新たに作り出すことであり、その意味でも、過去にカラシナ由来のディフェンシンの耐性菌の報告例がないことをもって安全とすることはできません。

 第2に、その根拠は、「従来から栽培されてきたカラシナで、耐性菌の問題が起きていない」からというものですが、しかし、第1と同様、そもそもカラシナに耐性菌が無いかどうかはまだ科学的に解明されていません。したがって、単に、「今までのところ、カラシナの耐性菌の報告がない」ことだけを根拠にして、耐性菌は出来無いだろうという安易な期待を抱くのは禁物です。

 

第3、それ以外の本ディフェンシン導入遺伝子組換えイネの問題点

(1)イネのディフェンシンとの相互作用の問題

 そもそも、北陸研究センターはこれまでイネにはディフェンシンが無い、という主張を繰り返し行い、カラシナ由来のディフェンシン遺伝子導入の根拠としてきましたが、最近になってイネにもディフェンシン遺伝子が複数(筆者の知る限り現在までに最低3種類)見つかっています。このうち2種類は遺伝子組換え大手のシンジェンタ社が200545日、アメリカ合衆国の特許を取得しています(US Patent 6875907)。この、イネが本来持っているディフェンシンも当然何らかの抗菌作用を発揮していると思われます。

ところで、細胞内の遺伝子は相互に連関しあい発現調節が行われていることは今や常識です。北陸センターが開発した組換え体イネのカラシナ由来のディフェンシン遺伝子と宿主が本来持っているイネ・ディフェンシン遺伝子の相互作用はどうなっているか。お互いに相互作用なしに独立して発現しているのか。それとも相互作用によって、イネ・ディフェンシン遺伝子の発現が低下又は強化されているのかどうかを調べる必要があります。使用したプロモーターの性質から、カラシナ由来のディフェンシン遺伝子はいもち病などの病原菌のあるなしにかかわらず発現して(構成的発現)、抗菌性ペプチドを分泌しています。もし、遺伝子間相互作用によってイネ・ディフェンシン遺伝子の発現が低下していれば、導入したカラシナ由来のディフェンシンによっていもち病菌には強くなったが、イネ・ディフェンシンが本来担っていた他の病原菌に対して弱くなることもありえます。あるいは、イネ・ディフェンシン遺伝子の発現が強化されていれば、カラシナ由来のディフェンシンの効果と判定されている、いもち病耐性にも貢献している可能性もあります。また、導入したカラシナ由来のディフェンシンは構成的に発現していますが、宿主のイネのディフェンシンは誘導的発現か構成的発現かも分かりません。こうした基礎的な研究こそがまず行われなければならないと考えます。第2、(4)と同じ主張になりますが、イネ・ディフェンシンの抗菌作用の報告例がないことをもって、イネ・ディフェンシンに抗菌作用がないことにはなりません。

 

(2)新たなアレルゲンの危険性の問題

 ディフェンシンは特徴的なアミノ酸配列によって、特殊な立体構造を形成し、一般のたんぱく質に比べて安定しています。それを可能にしているのは、システインという硫黄を含むアミノ酸(毛髪やケラチンのたんぱく質に多い)が68個以上特殊な配列をしているからです。近年この配列は進化の過程を裏付けるものとして注目され、8CM構造(8システイン・モチーフ)と呼ばれています(文献5)。ディフェンシンもこの共通構造をもっています。一方、この構造は、穀物アレルゲンの特徴でもあることがわかっています(文献6)。そこで、カラシナ由来のディフェンシンが、新たなアレルゲンとならないか、生化学的研究が必要です。

 

第4、結論――今回の圃場栽培の影響に対する安全確保――

これまでに述べたように、カラシナ由来のディフェンシン導入イネには、野外の圃場栽培に移す前に行うべき基礎的な研究課題が多くあります。室内実験で可能な研究課題を残したまま野外で栽培試験を行うことは、予期しない周辺への影響をもたらす恐れがあります。いもち病耐性ディフェンシンの圃場外流出による外部での耐性菌出現の恐れもそのひとつです。今回の圃場栽培試験では、ディフェンシン耐性菌の検出などを計画しておらず、カルタヘナ条約に定められた条件での土壌微生物群の数のみが計測されています。これでは安全性が確保されているとは言えません。

よって、北陸研究センターが開発中のカラシナ由来のディフェンシン導入イネは、耐性菌出現の可能性や、宿主イネに内在するイネ・ディフェンシン遺伝子と導入カラシナ由来のディフェンシン遺伝子との関係など基礎的研究が十分に行われておらず、安全性の保証が十分でなく、本遺伝子組換えイネの野外の圃場栽培は時期尚早であると言わざるを得ません。

 

文献

(1)   Permeabilization of Fungal membranes by Plant Defensins Inhibits Fungal Growth.

Karin Thevissen, Franky R.G.Terras, and Willem F. Broekaert:

Applied and Environmental Microbiology, Vol.65, No12.(1999), p5451~5458

 

(2)   Antimicrobial Peptides: Pore formers or Metabolic Inhibitors in Bacretria?

Kim A.Brogden

Nature Vol.3 (2005), Reviews.  電子版(www.nature.com/reviews/micro

 

(3)   Induction of β-Defensin Resistance in the Oral Anaerobe Porphyromonas gingivalis.

Charles E. Shelburne, Wilson A.Coulter, De. Avlin Olguin, Marilyn S. Lantz, and Dennis E. Lopatin.

Antimicrobial Agents and Chemotherapy: vol.49, No1.,p183~187( Jan.2005)

 

     () Mechanisms of Antimicrobial peptide Action and Resistance.

                 Michael R. Yeaman and Nannette Y. Yount

                 Pharmacological Reviews: vol.55, No1, p27~55 (2003)

 

 () The eight-cystein motif, a versatile structure in plant proteins.

         Matilde Jose-Estanyol, F.Xavier Gomis-Ruth, Pere Puigdomenech

          Plant Physiology and Biochemistry: vol. 42, p355~365 (2004)

 

(6) Plant protein families and their relationship to food allergy.

         P.R.Shewry, F.Beaudoin, J.Jenkins, S.Griffith-Jones, and N.C.Mills

         Biochemical Society Transactions: Vol.30, part 6 , p906~910 (2002)

 

(7)One gene in diamondback moth confers resistance to four Bacillus thuringiensis

     toxins.

    Bruce E.Tabashnik, Yong-Biao Liu, Naomi Finson, Luke Masson, and David G. Heckel.

   Proc.Natl.Acad. Sci.USA: vol.94,p1640~1644 (1997)

 

(8)The Environmental Protection Agency’s White Paper on Bt Plant-pesticide Resistance

    Management. (January 14, 1998 )

 

 

 

戻るTOPへ