陳述書 (2)

  金川 貴博

 

本野外実験の看過できない極めて重要な問題として、ディフェンシン耐性菌の出現・流失・伝播といった問題があり、これについて、研究者の立場から率直な考えを申し上げます。

 

第1、ディフェンシン耐性菌の出現

1.実験室でのディフェンシン耐性菌の作成方法

ディフェンシン耐性菌が存在することは、本GMイネを作りだした研究者自らが書いた文書(疎甲23号証)に「変異株の解析による最近の報告では、酵母(S. cerevisiae)における・・」(231ページ右欄、下から7行目)という記載があり、ここにはディフェンシン耐性酵母が記載されていて、その耐性酵母の作成方法については、学術誌Molecular Plant-Microbe Interactionsの13巻, 54-61ページ (2000年発行)に記載があります(疎甲 号証)。すなわち、水1mlにブトウ糖20mgなどを溶かした液に、フジイロテンジクボタンが作るディフェンシンを5マイクロモル濃度になるように入れて、そこへ、酵母の濃度が1mlあたり100万から200万個になるように入れ、30℃で2日間放置したら、ディフェンシン耐性の酵母が得られたと記載されています(60ページ)。このディフェンシン耐性酵母は、フジイロテンジクボタンが作るディフェンシンだけでなく、マロニエやチョウマメの作るディフェンシンにも耐性があり、通常の酵母なら1〜2マイクロモル濃度で生育阻害を受けるのに、耐性酵母では40マイクロモル濃度入れても、阻害されなかったと記載されています(57ページ)。

また、別の耐性菌の例についても、疎甲23号証の232ページ左欄、下から10行目に「植物型ディフェンシンに対する病原菌の抵抗性変異株の解析により・・・」という記載があり、ここで引用されている文献Fungal Genetics and Biology 40巻 176-185ページ(2003年発行。疎甲 号証)には、ディフェンシン耐性アカパンカビの作り方が記載されています。すなわち、水1mlにジャガイモ粉末などを12mg溶かした液に、ダイコンのディフェンシンを4マイクロモル濃度になるように加え、アカパンカビの胞子を加えて、室温で5日間放置したら、胞子340万個に1個の割合で、ディフェンシン耐性株が得られたとあります。また、突然変異を誘発する薬剤であるエチルメタンスルフォン酸で事前に胞子を処理すると、耐性株が40万個に1個の割合で得られたとあります。

これらの文献でわかるとおり、微生物が増殖できる条件下で、ディフェンシンと接触させると、容易に耐性微生物を作り出せます。

 

2.自然界における耐性菌の出現可能性

 抗生物質については、すでに耐性菌出現という大きな問題をかかえています。自然界においては、抗生物質を作る能力のある微生物といえども、常時、抗生物質を作っているのではなくて、その微生物にとって必要なときにだけ作っています。したがって、抗生物質と接触する機会が少ないために、自然状態では耐性菌は出現しにくいのです。しかしながら、抗生物質を医薬品として多量に使ったり、家畜の生育促進用にえさ混ぜて大量に使用したりして、人為的に多量の抗生物質を自然界へ放出したがために、抗生物質と病原菌の接触機会が増えて、耐性菌が出現しました。ディフェンシンも、必要に応じて生産される物質であり、自然状態では耐性菌の出現はほとんどないと考えられます。債務者の北陸研究センター(以下、単にセンターという)が答弁書において、「耐性菌の出現の余地は科学的になく」(12頁12(1))と記載したのも、この事実を指したものと思われます。しかしながら、ディフェンシン遺伝子導入イネのように、常時ディフェンシンを作り続けるイネを、水をはった水田で栽培することは、水を通じて広く周りにディフェンシンを撒き散らすことになり、このような状態では、耐性菌の発生は必然です。

 

3.本野外実験圃場におけるディフェンシン耐性菌の出現の容易性

 前述のとおり、水にディフェンシンと微生物と微生物のエサになる物質とを混ぜて放置するだけで、数日以内に耐性菌が現れることが文献に記載されています。一般に、水田には微生物のエサになる物質が存在しており、水田の水や土壌中において微生物は活発に増殖しています。今回の野外実験では、そこへ、ディフェンシンが常時供給されるのですから、ディフェンシン耐性菌出現の条件が完璧に整っています。イネは水をはった水田で栽培されるため、イネの茎から漏出したディフェンシンが水に溶けて、茎の傍ではディフェンシン濃度が高く、離れればディフェンシン濃度が低いという状況が生まれます。一般的に、微生物を高濃度の抗菌剤にさらすと死ぬ確率が高くなりますが、抗菌剤に濃度勾配が生じておれば、低い濃度のところでは生き残るものが多くいて、この中から濃度の高いところでも生き残るものが生じてきて、耐性菌の出現の確率を高めることになります。今回の野外実験のように、圃場の水の中に、ディフェンシンの濃度勾配ができるということは、耐性菌の出現に好条件である。これらのことから、すでに耐性菌が圃場に出現していると考えられます。しかも、この水田では、ディフェンシンが常にイネから供給されるところから、ディフェンシンに耐性のない微生物の生育が阻害されるので、耐性菌は生存競争に有利であり、耐性菌の増殖を促進することになる。今回の栽培実験では、水をはった水田そのものが、耐性菌を優占的に繁殖させるための巨大な培養装置になっており、様々な種類の微生物について、ディフェンシン耐性を持ったものが水田の水や泥の中に増殖していると考えられます。

 

第二、ディフェンシン耐性菌の流出の容易性

 センターの栽培実験計画書(疎甲8号証)によれば、「6.研究所等の内での収穫物、実験材料への混入防止処置」において、(1)のAに、「隔離圃場での、播種・移植後は、防鳥網を設置して鳥の侵入による苗の混入・持ち出しを防止する」とあるだけで、昆虫の出入りの防止をしておらず、現に圃場内でトンボが飛び回っており、昆虫やネズミが出入りできるスペースがある状況(疎甲 号証)を見ると、少なからぬ昆虫やネズミなどが圃場へ出入りしていることが推察され、その出入りとともに、水田の水や泥の中で生育したディフェンシン耐性菌が圃場外へ流出していくと予想されます。

 また、前記計画書の6の(2)においても、使用した機械の清掃、洗浄を行うと記載してあるだけで、殺菌処理が行われておらず、機械に付着した泥や水の流出に伴って、ディフェンシン耐性菌が流出していくと思われます。隔離圃場内への実験のために立ち入った人の靴や衣服に付着した泥や水も、殺菌処理されているとも記載されておらず、人の出入りに伴ってディフェンシン耐性菌がすでに区域外へ流出していると考えられます。

前記計画書の「7.栽培実験終了後の第1種使用規程承認作物及び隔離距離内での同種栽培作物等の各年度ごとの処理方法」をみても、組換えイネの処理だけしか記載されておらず、水田の水と泥については、何らの処置も行われないことが明らかであり、水や泥に含まれているディフェンシン耐性菌が圃場にそのまま放置されることになり、その結果、人やその他の生物の出入りに伴ってディフェンシン耐性菌が外部に伝播・流出すると考えられます。

さらに、自然の大雨、洪水、台風などがあれば、センターの準備書面2の別紙11と12によっても、容易にディフェンシン耐性菌が本野外実験場外に流出し、これを防ぐことができないことが明らかです。

 このようにして耐性菌が流出すると、耐性菌の耐性遺伝子が、他の微生物に受け渡されるという可能性も考えられます。

 

第三、ディフェンシン耐性菌の出現・流失に対するセンターの安全対策の欠如

すでに7月7日付の私の陳述書(疎甲19号証)で述べたとおり、ディフェンシン耐性菌は、動植物が基本的に有している微生物防御機構の一つを打ち崩すものであって、その危険性の度合いは、抗生物質耐性菌よりもはるかに大きい。

そこで、出現した可能性が高いディフェンシン耐性菌の流失・伝播を防止するための万全の措置が必要不可欠です。

ところで、センターは、本野外実験を行うにあたり、平成16年11月17日付けで、第一種使用規程承認申請書(疎甲21号証)を作成提出しており、その中で、生物多様性影響評価が「遺伝子組換え生物等の第一種使用等による生物多様性影響評価実施要領 」(疎甲 号証)にもとづいて行われています。

そこで、この「実施要領」において評価手順 を示した別表第三(疎甲 号証3頁)に従うならば、まず第一番に、カラシナディフェンシン耐性菌の出現と、その菌のカラシナへの影響が考慮されるべきです。しかし、肝心のディフェンシン耐性菌の出現とその影響について、センターの申請書には全く記載されていません。この申請書19頁の「4.その他」に、 「上記の他に生物多様性影響の評価を行うことが適切と考えられる組換えイネの性質はないと考えられる」とありますが、本来なら、ここにディフェンシン耐性菌の影響を記載すべきところです。

その結果、これを受けての学識経験者の意見も、ディフェンシン耐性菌についての考察が欠如してしまいました。このように、今回の野外実験においては、実験の申請と審査において、重大な見落としがあります。そして、ディフェンシン耐性菌の問題を見落としたまま、本野外実験が実施されているため、何らの安全対策も講じられていません。

このことは、その後、平成17年4月22日付けで公表された栽培実験計画書(疎甲8号証)にも、耐性菌の出現をまったく考慮しておらず、何らの対策も示されていません。センターの答弁書からも、耐性菌の出現の可能性や危険性を認識していないことが明らかです。このため、ディフェンシン耐性菌についての対策を何もとっていないことが明らかです。

以上の通り、センターが、本野外実験の申請段階から今日まで、一貫して、ディフェンシン耐性菌の問題を見落としたまま、何らの安全対策も講じられていないことが明らかであり、この点において、本野外実験は極めて問題であると憂慮します。

 

 

 

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