平成17年(日)第9号 遺伝子組換え稲の作付禁止等仮処分命令申立事件

債権者 山田稔外11名

債務者 独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構

 

答弁書

 

平成17年6月28日

新潟地方裁判所高田支部 御中

 

104-0061 東京都中央区銀座6丁目4番1号東海堂銀座ビル7階

中島・宮本・畑中法律事務所(送達場所)

電話03-5537-7878 FAX 03-5537-7879

債務者代理人弁護士 畑中鐵丸 印

 

第1 申立の趣旨に対する答弁

   債権者の申立をいずれも却下する

との裁判を求める。

 

第2 本答弁書の概要

 1 はじめに

(1)債権者は申立書において縷々主張を展開するが、いずれも客観

的事実に基づかず、推測及び主観の交じった偏頗なものであり、さらに法律上有意かつ適切な事実の摘示がなされておらず、ま

た、申立書記載の被保全権利についても法的な根拠が不明であ

る。

(2)さらに、申立の趣旨に導くという点において不要で無関係で未

整理な余事記載が、多数散見される。

 2 債務者の答弁書のアウトライン

(1)債務者としては、上記のとおり債権者の未整理で余事記載の多

い申立の理由に逐一反論することは、却って主張整理に混乱を

招き、双方の主張の是非を科学的な点から検証し、かつこれを

前提に本件を法的な観点から早期に解決する上で不適当かつ有

害と考える。

(2)そこで、債務者は、債権者の主張のうち本件に関連すると思わ

れる問題について、論点毎に整理し、これに対する債務者の主張を述べていく。

(3)その上で、さらに、本件についての法的な問題に関する主張を

総括する形で述べていく。

 

第3 債務者の主張(事実及び本実験に関して)

 1 前記のアウトラインに沿って、本件において債務者からみて争点と思

われる点につき、以下、摘示し、債務者の主張をそれぞれ述べていく。

 2 債務者について

(1)債務者は、農業に関する技術上の試験及び研究等を行うことに

より、農業に関する技術の向上に寄与するとともに、民間において行なわれる生物系特定産業技術に関する試験及び研究に必要な資金の出資及び貸付け等を行うことにより、生物系特定産業技術の高度化を狙い、また、農業機械化の促進に資するための

農機具の改良に関する試験及び研究等の業務を行なう独立行政法人である。

(2)債務者の基本的な業務の内容としては、乙1記載のとおりであ

るが、平成16年に限定しても、乙2記載のとおり非常に多くの

研究成果を修め、わが国農業の発展や技術の高度化に多大な貢

献をしてきている。

3 本実験の必要性・有用性

(1)        国家の科学戦略における遺伝子組換え作物研究の重要性

@    そもそも、科学技術基本法に基づき策定された科学技術基本

計画においては、「(中略)21世紀の世界が地球規模で直面

する諸問題、すなわち、人口の爆発的な増大、水や食料、資

源エネルギーの不足、地球の温暖化、新しい感染症等に対処

すると同時に、発展途上国を含めた世界全体の持続的な発展

を実現するという困難な課題に挑戦し、人類の明るい未来を

切り拓くためには、科学技術の力が不可欠である。(中略)

バイオテクノロジー等の活用により良質な食料の安定的な

供給が確保されること、科学技術の持つリスクが軽減される

ことなどを可能とすることを目指す。」と記述され、バイオ

テクノロジーの研究開発は国家の科学戦略の大きな柱に位

置付けられているところであるが、本件で債務者が行なってい

る実験は、かかる国家戦略に基づき実施されているものであ

る。

A    すなわち、遺伝子組換え作物の研究は総合科学技術会議(内

閣総理大臣を議長とする科学技術政策の最高機関)でも重点

化され、食料・農業・農村基本計画に位置づけられており、

政府として推進している我が国農業の将来、さらに言えば世

界の食料問題の課題の克服という目的をも有する、価値ある

研究であることは公知である。

B    そして、上記に則り、農林水産研究基本計画の中で、「遺伝

子組換え技術の実用化に向けた新形質付与技術の開発」が明確

に示されており、農林水産省所管の独立行政法人として研究

の一翼を担う債務者の本実験もこのような開発の一環とし

て、国家プロジェクトとして遂行しているものである。

(2)        本実験の有用性

@    いもち病は全国で恒常的に被害が発生している国内の最重

要病害であり、2004年では水稲作付面積(170万ha)の約2割(34万ha)で被害が発生している(債権者の主張の稲収

穫量全体のわずか1.8パーセントという数値については根拠

がまったく不明である)。ちなみに2003年の葉いもち(葉に

症状が発生するいもち病)に対する防除面積は延べ168万ha、

発生面積は56万ha、穂いもち(穂がいもち病で枯損するい

もち病)はそれぞれ延べ207万ha、58万haである。また、

病害防除に要する農薬のコストは814億円(2003年)、いも

ち病防除のためのコストは441億円(2004年)にものぼって

いる。このように日本のイネ栽培では病害対策に多額のコス

トをかけているが、本実験は、いもち病による生産減少を回

復し、生産者の所得向上を図るとともに、いもち病対策とし

て現在散布されている農薬の散布量を減少させることで消

費者の健康維持に寄与する技術開発であり、わが国農業、ひ

いては国民生活の向上に大きく貢献しようとするものであ

る。すなわち、遺伝子組換え(以下、債権者にならい「GM」

という)イネの野外実験(以下、「本実験」という)により

開発されるべき新たなイネは、多量の農薬散布が必要な我が

国農業を改善し、農薬使用量を減らし、環境に負荷のかから

ない安全な農業を確立するために不可欠なものである。

A    そして、本実験は隔離圃場条件下で耐病性評価・生育評価・

生物多様性影響評価及び採種等を行なうもので、耐病性GMイ

ネ開発に必須の過程である。

B    さらに、本技術は他の作物についても適用できる可能性が高

いと考えられているが、薬剤散布が十分に効果のない病害

(例えば有毒成分を作る小麦赤かび病など)の克服という農

学的課題に大きな貢献が期待されているのであり、この点で

農学全体としても非常に大きな期待を担った実験なのであ

る。

(3)        本実験により得られるべき品種の特徴と本実験の有用性

@    債権者は、開発品種「コシヒカリBL」が存在するので本実

験は必要ない、などとする。

A    しかしながら、細菌(白葉枯病菌など)とかび(いもち病菌

など)の両方に対する複合病害抵抗性は従来の育種では実現

されていないし、今後の開発の見込みもない。

B    本件のイネはこれまでの育種では解決できない病害に対す

る抵抗性も得られている。すなわち、「コシヒカリBL」は異

なった種類(レース)のいもち病菌に抵抗性を持つ複数のコ

シヒカリ系統のブレンドにより、全体としていもち菌への抵

抗性を強化したものである。これに対して、本GMイネは一

つの抗菌性タンパク質による全ての種類のいもち菌及びそ

の他の細菌やかびによる病害へ抵抗性を付与することがで

きるのであり、「コシヒカリBL」のようにブレンドの必要は

ない。

C    また「コシヒカリBL」がいもち病対策で効果が発揮されると

期待されるが、複合病害抵抗性はもたない。そこで、複合病

害抵抗性という「コシヒカリBL」にない性質を持ち、種子生

産の容易なイネ品種の開発が求められているのであり、糸状菌病と細菌病の双方に高い抵抗性を付与することは、従来育

種では実現できておらず、現在のところ、その見通しもっていない。そして、複合病害抵抗性の付与は遺伝子組換え技術だからこそ実現できるのである。

4  GM作物と事故について

(1)            債権者は申立書「第1、はじめに」「1、近年の食品事故の特徴」

において、多数の食品事故を本件に関連付けて引用する。

(2)            しかしながら、病原性微生物事故(O157事件等の食中毒事故)

は本件とは何ら関係ないものであるし、BSE,鳥インフルエ

ザ、SARSその他の新興の感染症も本実験は何ら関係がない。

(3)            トリプトファン事件も本件とは関係がない。そもそも当該事故の

後である1993年以降、米国において遺伝子組換え技術を用いて

トリプトファンを製造、販売しているが、現在に至るまで何の問題も発生していない。

(4)            GM作物は、1996年の商業栽培開始以来、すでに世界中において累積約4ha(2004年の作付け約8,100haにものぼり、これだけで、我が国の耕地面積の約16倍にあたる)作付けがなされており、これまでにGM作物に由来すると証明された食品事故は一件も知られていない。

5  本実験が関係法規をすべて遵守して行われており、法的根拠を有する

こと

   (1)  本実験にかかわらずあらゆる遺伝子組換え実験に関する規制に

       ついては、遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(以下、本法律は、生物の多様性に関する

      条約のバイオセーフティに関するカルタへナ議定書に基づくことから「カルタヘナ法」という呼称されるので、ここでも本法律についてはカルタヘナ法という。乙3)の形ですでに立法がなされ、規制が行われているところである。

(2)                     すなわち、本実験はカルタヘナ法に基づき農林水産大臣及び環境大臣の承認を得た第1種使用規程にしたがって実施される実験 (隔離圃場栽培実験)である。なお、承認に当たっては、学識経験者の意見を聴取し、パブリックコメントの手続も経るなど、十全な手続保障がなされている。本実験の目的は圃場条件下で耐病性や正常な生育を確かめ、土壌微生物などに対する影響等を調べ、研究を継続するための採種を行うものである。

3  したがって本実験は適法なものであり、法に適った運用している

債務者が、債権者主張にかかる本申立を受忍しなければならない理由は不明である。

(4)    さらにいえば、そもそもカルタヘナ法においては、実験を実施する近隣への説明まで求めるものではないが、債務者は、「国民の理解のもとで円滑な栽培実験が行われる」ことを求める農林水産省の定める栽培実験指針(乙4)に従い、自主的に情報提供と意見交換に努めてきた(乙5)。すなわち、地元に対する説明については、平成1612月以降、新潟県庁、上越市役所、地元農協、近隣農家に対し繰り返し行い、また、近隣の農家組合、町内会等に対しても行なってきた。そして、債務者は、本実験に反対する者が出席した説明会においても、反対論者の主張につき科学的なものも非科学的なものも含め漏れなく聴取するとともに、本実験の具体的な疑問についてはすべて誠実に回答し、債務者の考え方を説明し理解を求めてきた。

()  以上のとおり、隔離圃場栽培実験の生物多様性影響については    法律を遵守し、関係機関の承認を得ており、一般栽培イネへの影響の排除についても農林水産省の栽培実験指針に準拠したものであり、安全性における各規制はすべて遵守しているのである。したがって、本実験が違法なり不当なりとの誹りを受ける余地はまったくなく、どのような理由をもって債権者が債務者に対してどのような権利を主張しようとしているのか不明であり、理解が困難である。 

 6  食品安全審査の受審との主張について 

(1)  債権者は「食品安全審査を受けていない」旨論難するが、そもそも北陸研究センターが開発を企画している本実験の成果物は食に供されるものではなく、いわんや食品として流通することも一切ないので、食品安全審査を受けるべき前提を欠く。

(2)  すなわち、本実験は、法律上、本来的に食品安全審査を経ることが不要なのであり、債権者の論難は失当の極みといわざるを得ない。

7  閉鎖系における実験の成果に基づく安全性

(1)  遺伝子産物の相互作用については、害作用を予め予想できないにしても、これまで行ってきた3年間に及ぶ閉鎖系での実験において、そのような異常個体についてはすべて排除してきた。

(2)  そして、今回実験に供試したGMイネはすべて異常を確認していないものを選別しており、この点においても安全性は明らかである。

(3)    なお、植物体内で生理的異常が発生すれば通常、その植物は生存できないのでそのような植物は消滅するので、この点においても今回実験に供試したGMイネに異常なものが混入する危険は皆無である。

8  イネの遺伝子の水平移動について

1) 債権者は、組換え体から遺伝子が抜け出し、別の生物へうつるという遺伝子の水平移動を前提とした論難を展開するが、そもそも遺伝子の水平移動については、科学的に明確に証明したデ―タはない。

2) この点において、債権者の主張は、科学的に是認されていない理論あるいは非科学的な推測の域を出ていないものを前提としており、到底採用できない。

9  本実験が極めて厳格に管理され花粉の交雑が生じないような条件ないし環境で実施されること

(1)    債権者は、本実験によってGMイネの花粉により交雑が生じる旨縷々主張するが、以下のとおり、債務者はこのようなことが絶対生じることのないようあらゆる可能性を検討した上で万全の注意を払って本実験を遂行しており、債権者の主張する危険性は存在しない。

(2)    隔離距離を設定した実験条件設計

@    まず、そもそもイネは自家受粉(自分の花の中に雄蕊と雌蕊があり、その中において受粉する)、の性質を有するため他から花粉を受粉することも性質としてももたない植物である。この点から交雑の余地ないしおそれは極めて低い。

A    これまでの知見では、交雑の生じた最長距離は25.5メートルであるところ、GMイネの圃場と債務者所有の他の実験圃場とは28メートル以上離れている。

B    さらに、本件圃場と最も近い債務者以外の一般農家の圃場ですら、上記交雑の生じた最長距離の約10倍である220メートル以上離れている。

C    申立人の稲栽培圃場の位置は申立書では不明であるが、仮に両者の住所の近傍であるとした場合、本件圃場と債権者所有農場のうち最も近接した農家との距離も3.2km以上離れている。

D    したがって、距離的隔離の観点から、債権者の主張するような一般的交雑のリスクは存在しないし、かつ債権者の育成するイネとの交雑の危険性に至っては皆無である。

3  作付済みGMイネの開花前刈り取り

@ 債務者はすでに作付けしたGMイネの刈り取りも求めるが、

作付済のイネについては、そもそも開花前に刈り取りを行う

予定である。

A 以上の措置によっても、花粉が飛散することはありえず、交雑の余地はそもそも存在しない。

 (4  遮蔽袋を被せることや開花時期設定による交雑防止措置

@ 本実験のうち、今後作付けするGMイネについては、開花前に遮蔽した袋を被せる予定であり、この点においても、花粉が飛散することはありえない。

A さらに、本件近隣農場のイネの予想開花時期は81日から15日であり、GMイネの予想開花時期は820日から9月3日であるから、時期的な点をみても、交雑の余地ないしおそれは一切存在しない。

5  小括

@ 以上のとおり、本実験においては、ありとあらゆる交雑の可能性を検証し、すべての点において交雑のリスクが発生することのないよう万全の措置を講じており、債権者の主張するようなリスクは一切存在しない。

 

10 本実験における病原菌飛散の可能性が存在しないこと

(1)  また、債権者は、本実験によっていもち病菌等が飛散するなどとするが、この点は事実に反する。

()  そもそも本実験においてはいもち病菌等の噴霧試験は行わず、病菌に罹患した苗をGMイネの苗に隣接して栽培する方法により、罹患可能性を検証する方法で行うのであり、そもそも債権者の主張は前提において明白な誤りがある。さらに、いもち病に感染した個体については栽培土壌へ埋め込みなどの処理を行うことでいもち菌を撲滅するので、このような措置によってもいもち病が拡散することを完全に防いでいる。

(3)    また、白葉枯病菌についても噴霧することはない。本実験では、菌液を付着させたはさみで葉を切断し、その後に進展した病斑の長さで耐病性を判定する(いわゆる「剪葉接種法」)。この方法は耐病性や薬剤検定法として確立された手法であり、本実験では、さらに念のため白葉枯病検定は栽培時期をずらして周辺のイネに被害を及ぼさないような時期に接種検定を行う計画である。さらに、接種に用いるいもち病および白葉枯病菌はいずれも圃場に通常に存在する菌であるし、前記検定方法によって、全国各地の研究機関で毎年、品種の耐病性評価や薬剤検定の目的で多数の試験が行われており、債務者が特殊で危険な試験を行っているわけではない。

(4)    以上のとおり、「菌を噴霧するので拡散する」などという債権者の主張は憶測に基づく誤解であり、債務者としては強く争うとともに、撤回を求めたい。

11 使用するディフェンシンについて(モディファイされたディフェンシンを用いないこと)

(1)                     自然界のディフェンシンの有効性について、科学的に証明された報告例は複数あるが、本実験でも、自然界のディフェンシンを用い、モディファイされたディフェンシン遺伝子は使わない。

(2)  すなわち、ディフェンシン遺伝子はカラシナ(ナタネに似た植物)から得たもので、カラシナは漬物などとして人々が長い間食用にしてきたものであり、この点において債務者において特に危険で特殊なものを実験に使用するわけではないのである。

(3)  ディフェンシン蛋白質は、糸状菌などの細胞膜の特定の脂質(スフィンゴ脂質)に関わり抗菌作用を示すものであり、このスフィンゴ脂質の構造の違いによって動植物には影響しないと報告されているが、細胞に穴をあけるという作用を証明した研究報告は存在しない。さらに、ディフェンシン蛋白質が食用となる胚乳部分に残存していないことは実験によって確認済である。

12 耐性菌の出現の可能性が存在しないこと

(1)  債権者は本実験によって耐性菌が出現する可能性について言及するが、そもそも本実験に用いるディフェンシン蛋白質のような抗菌性タンパク質の場合、抗菌作用は穏やかであり、耐性菌の出現の余地は科学的になく、また実際耐性菌の出現についての報告もない。

(2)  万が一ディフェンシン耐性の菌が出現したとしても、現行農業に対する耐性菌ではないため、現行農薬で十分対処できるものである。

(3)  債権者のいうように、耐性菌出現を恐れて何もしないというのであれば、例えば抗生物質の発明も行なうべきでないということになる。これは不確実な負の要素の出現を理由に、課題解決や改善のためのあらゆる科学的発明、発見を否定する論理であり、債務者はもちろんのこと、一般の科学者として到底取りえない特異なロジックといわざるを得ない。

13 レビュテーションリスク

(1)    債権者は、本実験を実施した場合におけるレビュテーションリスクにつき縷々言及する。

(2)  しかしながら、そもそも前述のとおり本実験自体何ら違法性がないのであり、適法な行為から生じた結果について債務者として法的に責任を取るべき理由も根拠も存在しない。

(3)  さらに、債務者は前述のとおり、本実験に対する正しい情報を提供しかつ開示責任や説明責任を履行しているし、特定の第三者が非科学的な理屈でこれを歪めて伝えない限り、レビュテーションリスクは発生しようがないのである。

(4)  そのような状況下において仮にレビュテーションリスクが存在するとすれば、それは、債務者として予測しえない、第三者による偏頗な情報操作(マスコミの誤った情報伝達や誤った情報を拡散するような特定の主義ないし主張をもった第三者による騒擾)や情報の受け手の非科学的主観ないし偏見等、因果関係が切断されるべき事情が介在したケースしか考えられない。

(5)   本申立てにつき債権者がいかなる手段ないし態様において、マスコミの報道に情報提供等の協力をするのかは不明であるが、もし仮に債権者がそのような形で騒動を拡大化しておきながら、他方でレビュテーションリスクを債務者に対して負担せよ、というのであれば、法的には公平を欠くものといわざるを得ない。すなわち、そのような状態でレビュテーションリスクが発生したとするのであれば、責めに帰すべきは、当該レビュテーションリスクの発生に寄与した債権者側にあることになる。そのような状況においては、因果関係の切断以上に、信義則・権利濫用・クリーンハンドの問題としても、債権者において債務者にレビュテーションリスクの責めを帰すべきことを前提とした主張は許されないはずである。

(6)     いずれにせよ、債務者にレビュテーションリスクが帰せられるべきとの債権者の主張は、法的根拠を欠く。

14 損害が発生した場合の事後回復措置が取りうべきこと

(1)   債権者の主張には損害による事後的回復も不可能とあるが、植物体や種子の管理・処分、花粉の飛散防止についても、研究所の厳重な監視下での実験であるため、そもそも債権者を含め一般の農家等に損害を与えることはない。

(2)  なお、従来も、栽培したイネから翌年の種子を採集する際には交雑したイネの処分(抜き取り)や種子の更新(検査を受けた種子の使用)、品種の変更による耐性菌対策などがおこなわれているので、この点においてそもそも損害の発生の可能性が観念できない。

(3)  そもそもイネは我が国の気象条件では人的保護を与えなけれ生息できないので、人の手を離れて自己増殖することもあり得ない。

(4)   また、現状の日本の農業事情に照らしても、イネを含めて現在の農作物栽培では種子生産の栽培管理方法による品質管理がきわめて緻密であり、品種の純度は高く保たれていて、品種の混入による栽培品種の純度低下の可能性は極めて低い(ちなみに、コシヒカリは全国で40年以上にわたって栽培されていて、一方、毎年、全国では80品種以上のイネ品種が栽培されているが、コシヒカリに他品種の遺伝子が混入して栽培しているコシヒカリが変化してしまっていることはない)。そしてそのような状況下においては,生産履歴を追跡検証することや、遺伝子分析を行うことによるGMイネの特定や履歴追跡は可能であるので、事後的回復は十分対応可能な課題である。

15 本件GMイネ技術について

(1)  本件GMイネの品種改良については、経年的に観察して淘汰(生育に不適なため生存できないこと)や選抜(作物として適切なもののみを選ぶこと)を行うという従来の育種と同様な方法により行ってきた。

(2)  本実験で使用されるGMイネはすでに3年半の形質調査を行なっており、今後も5年以上の観察を行う予定である。このように通常の品種育成と同様に本件のイネは十分に時間をかけて観察するため、作物として不適当なイネや生存に不利な性質を持つイネをすべて除くことができる。 

(3)                     債権者の「新規生物には緩衝時間がないという」主張は、誤解に基づくものであり誤りである。すなわち、遺伝子組換え技術は、これまで交配育種では導入できなかった形質を付与する技術のひとつであって、新たに作出できた個体は、その後、交配育種と同様の時間と手順を経ながら選抜されるものである。本件GMイネが一気に完成品になるのではなく、この点において債権者の主張は、作物育種の実際を全く理解していない、誤った主張としか評価できない。

16 日本における他のGMイネ野外圃場実験

(1)                     愛知県(農業総合試験場)の発表等によれば、2000年に隔離圃場での、2001年及び2002年には一般圃場でのGMイネ栽培試験をそれぞれ行い、所要の目的を達したとして実験を終了してい

 

る。

(2) 岩手県生物工学研究センターの発表によれば、2003年から2年の予定で隔離圃場実験を開始し、所要の目的を達したとして1年間で実験を終了している。

(3) 全農の隔離圃場栽培実験は、延期されたものの、本年から独立行政法人農業生物資源研究所が引き継いで実施し、本年6月に作付けが終了している。

(4) この他にも、GMイネに関しては、2001年の北陸研究センター、2003年の北海道農業研究センター、2004年の作物研究所の一般栽培実験等、屋外栽培実験が多数実施されている。

17 本実験により、「もみいもちタイプのいもち病菌」にとって天国の出現となるとの債権者の主張について

(1)  債権者は、本実験により「もみいもちタイプのいもち病菌」にとって天国の出現となる旨の主張を行うが、そもそももみに好んでとりつくタイプのいもち病菌(もみいもち)というものは存在せず、イネの葉に感染するいもち病菌とイネの穂に感染するいもち病菌は同じ菌である。

(2)  したがって、この点においても債権者の主張は当を得ていない。

18 実験方法の妥当性

(1)  まず前提として、いもち病に対する抵抗性の増大とディフェンシン遺伝子の関連性については、組換え体の遺伝実験の中で遺伝子の存在と耐病性の発現が完全に一致するため、付与された耐病性形質がディフェンシン遺伝子の効果であることは明らかである。

(2) ディフェンシン蛋白質が胚乳部分(白米として食用にする部分)には残存していないことを債務者は実験的に確認しているし、実験室内で所要なデータはすでに収集済みである。

(3) このように本実験についての前段階の実験でGMイネについては十分な安全性を確認しているが、それらを踏まえ、環境影響評価、耐病性評価および生育評価を行い、導入遺伝子の効果を隔離ほ場条件下で検証する必要があり、これは耐病性組換え体の研究に必須の過程なのであり、本実験はまさにこのような点において必須の過程と位置づけられる。

(4) 以上のとおり、本実験は実験手法として何ら不当性はなく、債権者の論難は当を得ていない。

19  本実験が中止ないし延期されることに対する債権者の回復できない損失

(1)  債権者の北陸研究センターは6月29日にGMイネの田植えを予定しているが、今回の田植えが予定通り実施されないことになると、本GMイネ系統の採種が出来なくなり、数万分の一の確率で作出したイネ系統を損失することになり、大きな損害を受ける。

(2)  そもそも、本実験は、債務者において膨大な人的資源及び研究コスト(実験の開始された平成10年から、相当の研究費を計上するとともに、フル稼働換算でのべ20人の所属研究員を関与させた)を負担し、希少なイネ系統を数万分の一の確率で作出し、その上に継続されているものである。田植えは適期に行う必要があり、延期することは所要データを採取する機会を喪失することを意味し、事実上中止されたことに等しいのである。そして、もし、本実験が予定日に行わなければ、さらに前記と同等のコストを負担し、最初から希少なイネ系統の作出をしなければならなくなるのである。

 

第4 債務者の主張(法的主張)

 1 以上のとおり、債権者の申立書記載の主張はいずれも、事実と異なり、学術的根拠がない、あるいは誤解に基づくものであり、債務者としては強く否認し、争う次第である。

 2 さらに、債権者の申立の法的根拠にも多数の問題がある。

(1) まず、被保全権利の法的根拠が不明である。

@ 債権者の主張をみる限り、憲法13条や22条、29条に根拠を求めているようにみえるが、当該条項は本来的に私人間に適用がなく、また仮に私人間適用がありうるとしても、その要件や有効射程について一切議論をしておらず、そもそも適用の前提を欠く。

A また、仮に債権者の主張が民法に基づくものであるとしても、そもそも債務者の実施する本実験は、前記のとおり、カルタヘナ法に準拠している適法な行為であり、差し止められるべき理由も根拠も見当たらない。

  (2)  損害

@  債権者は、申立書において、本実験に基づく損害を縷々主張するが、主観と推測に基づくだけであり、損害発生について具体的摘示がなされておらず、法律上有効な主張として認められない。

  (3)  因果関係

@ 債権者の内の米生産者については、本件圃場からはるか遠方に圃場を持つものであり、実験と損害(損害といっても上記で指摘した摘示の問題が解消し確認できることが前提ないし条件となるが)の因果関係が科学的にすら確認できない以上、そもそも債務者との間においていかなる法律関係を形成することもありえない。

A  さらに、債権者の内の米消費者については、そもそも損害発生すら認めることができないし、ましてや本実験との間の因果関係は到底認められない。

(4)  いずれにせよ、本申立は、本実験を批判し、批判を喧伝する手段の一つとして行われたとしか考えられず、手続を維持するだけの法律上の根拠は全く認めることができない。いずれにせよ、本申立においては、そもそも一般的な高等教育機関で教授ないし研究されている遺伝子科学の理論に基づいた主張を展開しているものではなく、遺伝子科学に関し聞きかじりをした程度の知識を前提に特定の指向をもった偏頗な主張を抽象的に述べているに過ぎず、また法的に考察しても非法律的な主観的不安を書きつらねただけのものとしか評価しようがなく、債務者としてはかような仮処分が申し立てられたこと自体に困惑するばかりである。

3  本申立について、一刻も早く却下決定を賜り、債務者を本手続から解放いただきたい。

                             以 上

 

 

 

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