「遺伝子組換え食品(種子植物)の安全性評価基準」案について
食品安全委員会に提出した意見(河田昌東:03年12月30日)
はじめに:
今回出された遺伝子組換え食品(種子植物)の安全性評価基準」案(以下、基準案と略記)は意図しない遺伝子組かえの影響や遺伝子組換えタンパク質の安全性だけでなく、遺伝子組換え技術そのものに由来するリスクなどを評価すべき、とする点で総論については評価すべき点もあるが、各論になると殆どこれまでの安全性評価基準を踏襲しており、改善すべき点が多い。以下、個別の問題点について記す。
1)抗生物質耐性遺伝子の使用は禁止すべきである
「基準案」では、既存の基準と同様、組換え体作出の手段としての「抗生物質耐性マーカー遺伝子」の使用を認めているが、この遺伝子の使用は認めるべきでない。そもそも、抗生物質耐性遺伝子利用は、手段であって目的でない。研究段階では抗生物質耐性遺伝子の排除も可能とする技術も既にあり、新たな認可に際しては抗生物質耐性遺伝子を包含する組換え体は認可すべきでない。その危険性は、既にWHOはじめ多くの研究者の指摘するとおり、この遺伝子が人間や動物体内の細菌に水平伝達し、抗生物質耐性菌の出現を促進するからである。特に動物飼料に関しては、飼料への抗生物質添加が日常的に行われており、動物の消化管が耐性菌の選択の場と化している恐れがある。また、栽培に際しても、この遺伝子を含む作物残渣から土壌細菌への抗生物質耐性遺伝子の伝達の可能性があり、一般環境への耐性菌蔓延の原因となる可能性がある。
2)導入遺伝子のプロモーターとして、カリフラワー・モザイク・ウイルスの35Sプロモーター配列が利用されることが多いが、この使用に当っては、組換え体遺伝子の安定性に関し第2世代以降の各世代について、挿入遺伝子と宿主遺伝子の境界配列を含め、当該遺伝子のDNAの塩基配列の安定性データを開発企業に求めるべきである。そして、安全性の認可申請時と異なるDNA配列が検出された時点で、改めてその安全性について再検討すべきである。この点については、ターミネーターとして利用されるNOS3'配列についても同じである。CaMV35S配列は組換え後の宿主において突然変異のホットスポットとなる、という研究報告もあり、当初の組み換え体のDNAの構造が世代を経過した後も同等性が保たれる保証は無い。また、NOS3’のついても、これまで安全審査がすんだあとで新たなリーデイング・フレームが見つかり、それによるリードスルーmRNAの検出などが見られる。これは、NOS3'のターミネーター機能に欠陥があることを示しており、予期しない新タンパク質の出現にもつながりかねない。この点については、新安全審査基準(案)が、組換え前のベクターと組換え体の両方で新たなORFの無いことを求めているのは評価できる。
3)組み換え体の成分分析における代替物利用の禁止
基準案では安全性評価にあたって、組換え体の成分分析の試料を「起源が異なるものの利用が必要となる場合もある」とし、「その際は・・・生化学的、構造的及び機能的に組換え体で生成されたものと同等であることが示されるべきである」として事実上これまでの安全性評価基準同様、代替物即ち宿主組換え体で作られた組換えタンパク質でなく、導入前のプラスミドにより大腸菌など細菌で作られた組換えタンパク質の分析で良しとされている。これは、組換え作物(食品)の安全性評価の最も基本的な根幹に関ることであって、こうした代替物の利用は認めるべきでない。プラスミドによる細菌内での遺伝子発現は、宿主内での発現と異なる場合があり、アミノ酸配列変更や生成後修飾などが代替物の分析では原理的に検出出来ないからである。これは組み換え体のアレルゲン性にも関る重要な問題であり、第一義的には「宿主から抽出精製した組換えタンパク質」の分析を義務化すべきである。この点に関し、組換えタンパク質の構造決定は全アミノ酸配列決定を求めるべきである。これまでは、N-末端からわずか10個から15個の配列のみ決定し、あとはDNAの塩基配列からの推定で良しとされていた。これでは、アミノ酸配列が不明なばかりでなく、糖鎖の結合の存否や結合部位は分からない。質量分析では分子量は分かるが、アミノ酸配列の乱れや糖鎖結合部位の違いなどアイソマーの区別はつかない。ましてこれまでのような電気泳動による分子量決定では10個程度のアミノ酸の増減は検知できない。
こうした分析上の厳密さは、組換え体の同等性の定義に関る事項でありこれまでのやり方は根本的に変えなけばならない。
5)組換え遺伝子及びタンパク質の分解性について
これまで、組換えタンパク質、DNAの安定性は人工胃液、腸液を使った試験管内実験によって検証されていた。新基準(案)でも基本的にはこれを踏襲している。しかし、これは現実の人間や動物の消化管における消化過程を模擬したとはいえない。第一に、これまで人工消化液による分解試験では、被消化対象である組換えタンパク質、DNAは単独で試験管内に添加され、具体的には数μグラム〜数十μグラム/mlの薄い濃度での分解性がモニターされてきた。これは現実の胃腸管内での条件とは全く異なる。現実には組換えタンパク質、DNAは膨大な量の宿主その他の食品タンパク質、DNAなどの侠雑物の混在があり、分解は大幅に妨害されている。筑波動物衛生試験所、国立食品総合試験所による最近の研究によっても、豚の胃腸内における害虫抵抗性タンパク質とDNAの分解は不完全であることが報告されている(Journal of Animal Science(2003)81,pp2546).
こうした分解性の悪さは、前述の抗生物質耐性菌出現や、アレルゲン性のリスクとも重なり、軽視できない問題である。従って、組換えタンパク質やDNAの分解性試験は、実際の動物や人間の胃腸内環境を模擬して行われるべきである。
6)アレルギー性の検定について
新基準(案)では、組換え体のアレルギー性について、これまで同様「既知アレルゲンとの構造相同性がないこと」としているが、具体的にアミノ酸配列が何個以上相同で無ければならないかが明確でない。これまでの安全性審査では、既知アレルゲンと組換えタンパク質のアミノ酸配列が8個以上相同であれば危険性がある、としてきたがこれは不完全なことが明らかになっている。ピーナッツアレルゲンはアミノ酸4〜6個で官能基(エピトープ)を形成しており、現在の8個の相同性のスクリーニングでは、危険な組換えタンパク質は大幅に漏れてしまう可能性がある。従って、今後は6個以上のアミノ酸配列の相同性をもとにスクリーニングし、残ったものについてIgEとの交差反応など具体的な生化学的検査を義務付けるべきである。アレルゲン検査は、単にアミノ酸配列の相同性だけでは危険性が予期されず、タンパク質の立体構造がエピトープを形成している場合などはお手上げであることを謙虚に受け止め、保守的な安全基準を採用すべきである。
7)動物実験の必要性
最後に、動物実験の義務化について述べる。新基準(案)では、DNAやタンパク質の個別の安全性の知見が得られない場合に限って動物実験を行うように求めているが、これは現行安全基準に照らしても後退である。組換えタンパク質のアレルギー性やDNAの安定性は大切な安全性の指標だが、こうした個別の分子の安全性評価では、予期できない危険性を十分に検出することは出来ない。動物実験は、個別の分子の安全性試験で不安がある場合にそれを補完するものではなく、個別の分子の安全性試験で見落とされる総合的な安全性の結果を知る手段と考えるべきである。予期しない新たな分子の存在は現在の方法では検出不能である。動物実験は現在未知の危険性も含めて総合的な評価が可能である。その際、これまでの1ヶ月ばかりの飼育試験ではなく最低3ヶ月以上の飼育を義務付ける必要がある。急性毒性だけでなく、発ガン性や慢性毒性、遺伝毒性などは1ヶ月の飼育試験では分からない。
以上