知的所有権委員会の記者発表(ロンドン)

2002年9月12日

訳 森野 俊子

 

第三者からなる知的所有権委員会の報告

知的所有権がほとんどの発展途上国に犠牲を強い、貧困をなくす手助けにならない

 

委員会は、先進国、WTOおよびWIPO(世界知的所有権機関)に対し貧しい発展途上国の生活に影響を与える「知的所有権」政策とその実施を改善するよう要求し、発展途上国が払う犠牲をできるだけ少なくするような戦略をとることを勧告している。

 

知的所有権委員会は、本日の最終報告で、イギリス政府に対して、国際的に拘束力のある知的所有権(IP)の拡大は、ほとんどの発展途上国に注目に値するような恩恵を与えないし、高価な薬や種子を買わねばならないような犠牲を強いると宣言した。このことは貧困打破をより難しくする。

 

委員会はさらに、先進国、世界貿易機関(WTO)および世界知的所有権機関(WIPO)に対して、国際IPシステムを発展させるにあたり、貧困国の国情とその発展に際しての要求を適切に考慮するよう求めた。

 

180ページに及ぶこの詳細な調査報告は、「統括的知的所有権と開発政策」と題がつけられている。それは多くの研究と、十数回の会議やワークショップ、17の実践論文、その分野の気の遠くなるような文献調査、いくつかの先進国かつ発展途上国への訪問、および主要会議を集結させたものである。

 

報告は、知的所有権の保護と発展途上国の貧困打破という目標を折り合わせることをめざした50ほどの勧告からなる。表題には、「知的所有権と健康」「農業」「伝統的知識」「著作権」「ソフトウェアとインターネット」および「発展途上国の利益をはかる上でのWTOとWIPOの役割」などが含まれる。

 

委員会は、先進国と途上国双方からの科学、法学,倫理学および経済学分野での専門的知識をもった委員で構成されており、どこにも所属しない国際機関である。 各委員は産業界、政界または学界出身者である。(※下記の委員リスト参照)

 

「先進国は往々にして、自分たちにとってよいことは途上国にとっても良い事だと決めつけて事を進める」と議長のジョン・バートン教授とスタンフォード大学法律学教授のジョージE.オズボーンは述べた。「しかし、途上国の場合、より多くの手厚い保護は必ずしも良いとは限らない。途上国は、その発展や貧しい人々に与える影響を考慮しないで、より強力な知的所有権を採用することを勧められたり強制されたりすべきではない。それらの国々は、必ずしも徹底的に保護された権利でなく、柔軟性のある権利を採用することを認められるべきである。

 

委員会は次のように結論している。 知的所有権システムは、全体として途上国にとっては、多くの重要な分野での発展に対し、たとえば健康、農業、教育および情報工学などの分野で、先進国に比べてあまり有利ではない。

 

このシステムは、途上国に必要な多くの製品や技術を手に入れるのに高い代価を払わせることになる。委員会報告は、地球規模で知的所有権を広めると、世界中の製品やサービスの競争力をそぐことになろうと結論している。 たとえば、医薬品の類似品(後発品)の主たる供給者が、TRIPS(知的所有権の貿易関連側面に関するWTO協定)のもとで特許保護を申請しなければならなくなる2005年には、特許医薬品の途上国市場での競争力は弱まるだろう。「この事は、すでに競争力の弱い国々にとっては特に重大である。」とバートンは述べた。「途上国は、世界の知的所有権システムに‘新参者’として参加してくる。 そこは‘先着者’によってすでに形作られた場所なのである。」とバートンは言った。「発展途上国は、先進経済国に適した複雑な一連の規則を採用するように迫られている。経済の発展度合いが同じ時期で比較すると、たいていの先進国は、現在自らが途上国に勧めている非常に厳しい知的所有権の基準に従っていなかった。」

 

委員会は、先進国に国際知的所有権システムを作り出すに当たり、途上国が経済的に必要とするものを十分考慮するよう要求している。先進国は自国の商業的利益と途上国の貧困をなくすという要求とをうまく調整する事にもっと注意を払うべきである。そうする事は万人の利益になる、と報告されている。

 

より高度なIP基準を、その影響を詳細にまた客観的に調査せず途上国に押し付けるべきではない。知的所有権が貧しい人々に及ぼす影響は、社会経済状態によりいろいろである。IPシステムはその国の発展の程度と特殊事情に合わせて設定されるべきである、と報告されている。

 

WTOおよびWIPO

委員会は、さらに世界規模のIP政策の発展に主たる責を負う国際機関WTOとWIPOに、知的所有権の受益者の利益だけでなく、それにより不利益を被る国々の要望と利益を考慮するよう要求した。

 

報告によると、「途上国、特にその消費者の声をよりよく反映させることが必要であり、採用される決定は途上国におけるIP権の影響をしっかりふまえて知らされるべきだ。IPOは、途上国のためにIP保護の恩恵と不利益と両方を明白に認識しなければならない。」

 

「同様に、このことはデジタルメディアとインターネットに関しての政策展開にも当てはまる。」とバートンは述べた。ソフトウェアや他のデジタルメディアは、簡単にコピーされ得るからといって非常に厳しい保護規制を試みると、途上国にもたらされる真の恩恵、とくに低価格で教育や科学分野の資料を入手する上での利便性を減じる事になろう。」

 

医薬品の入手

委員会は、特許という原動力がなければ、私的企業が先進国ならびに途上国の両者に恩恵をもたらしている医薬品の発見や開発にあれほど投資することはなかったであろうと結論づけている。

しかし報告では、先進国にかなりの市場がなければIPシステムが「途上国で特に蔓延している病気に関する研究を盛んにするのにほとんど役立たない」とも述べられている。

 

事実、IP権が地球規模で強化されるにつれてなんらかの対抗手段を取らなければ、途上国での医薬品の価格は概して上がる傾向にある、と報告されている。

 

報告では先進国も途上国も医薬品を入手しやすくするためにさまざまな政策を取り入れるべきだと提言している。いくつか討議されたなかで、安い価格で医薬品を入手するひとつの手段は各国が「強制免許」とよばれる方法を使うことである。

 

「強制免許」とは、正当な理由がある場合(たとえば仮に政府がある医薬品の価格が不当に高いと考える場合)、 ある国が第三者機関と特許製品を製造することを契約するのを認めることである。実際合衆国政府は、昨年炭素菌事件のあと、シプロ(訳注 シプロフロキサシン 炭素菌に効く抗菌剤)の価格交渉に際しその方法を使うケースに直面した。

 

報告はさらに、途上国では薬の値段を安くし、先進国では高価格を維持できるような価格差制度を勧めている。報告によると、これをうまく実行しようとするなら、「低価格の薬が先進国にひそかに入り込むのを防ぐ必要がある。」 途上国側も、世界各地で医薬品をより安価に入手可能とするために、特許医薬品を輸入できる法体系を整備すべきである。

 

途上国はまた、ある薬の特許期限が切れたらすぐ法律で後発品の参入を促進するような規定を作るべきだ、 と報告では述べている。「先進国では後発品競争で価格はかなり急激に下がる。」とバートンは言う。「途上国では特許がなければもっと多くの人々が必要な治療を受けられるだろう。」

 

委員会は、IPシステムは貧しい人々が保健衛生の恩恵を受ける際に影響する障害のうちのひとつであると認識している。途上国で医療を受ける際、それ以外の重大な障害は、資源不足と医療を安全かつ有効に行うための適切な保健施設(病院、診療所、医療従事者、器具および十分な医薬品)の欠如である。

 

植物および伝統的知識に関する特許

報告では途上国が植物や動物に対して特許保護を与えることをよしとしていない。TRIPSのもとでは許可されている事なのだが。特許により、農民や研究者が種子を使うことが制限されてしまうためである。委員会は、先進国は途上国がその遺伝子資源や付随する伝統的知識の特許に関していだく懸念に建設的に対応するよう勧告している。

 

特許申請者は、自分たちの「発明」のもとになっている遺伝物質が地理的にどこからきているか公開するよう要求されるべきだ、と報告は述べている。

 

こうする事により、途上国は自分たちの資源を含む特許申請について知らされ、もしその権利がないがしろにされている場合は行動を起こす事ができる。

 

報告は同様に、商業的利益のため途上国ですでに知られているもの(在来植物の薬としての価値など)について所有権を主張し難くする改革も促している。特許法によると、IP権は「先達の知恵」(すでに人々に行き渡っている知識)には適用され得ない。

 

しかし、 たとえば合衆国のように、 自分たちの国以外からくる伝統的知識を認めない国もある。それゆえ報告は、先達の知恵についてもっと広い定義をするよう勧めている。それによると、伝統的知識の保持者の妥当な了解をとりながらその目録を作っていく事になる。特許申請の是非を決める検査官は、「発明」の権利を現存の伝統的知識に照らして審議する事ができるだろう。

 

「インドは他の国々とともに、とりわけウコンやバスマティライスに関する無効な特許権の事例経験を生かし、伝統的知識の目録作りを行ってきている。」と委員の一人であるラメシュ・マシェルカーは述べた。彼はインド科学産業研究委員会の理事長で、デリーにある科学産業研究局の事務局長である。

 

TRIPS

委員会は、途上国は国際TRIPS協定に盛りこまれた柔軟性を利用するよう勧告している。 さらに、最後進国はTRIPS構想を実行するのにより長い期間(早くても2016年まで)が与えられるべきだと勧めている。「TRIPSは強制免許ならびに安価な後発品採用と競争力を高める他の方法を認めている。これらは途上国にとっては貴重な手段になる。」とバートンは言った。「しかし、各国はTRIPSを随意に決めた期日に基づくのでなく、それぞれの国の発展基準に照らして適用しなければならない。」

 

報告によると、途上国は自国のIP法を総じて発展のために作成する必要があり、寛容すぎるIP保護のマイナスの影響を考慮する必要がある。たとえば、研究を行うために必要とされる技術の特許は研究のための原動力になるが、一方ではその保護された技術を利用する研究を妨げることにもなるという事が起こっている先進国もある。報告では、例としてマラリアに有効なワクチンを探す上でその研究に必要とされる遺伝物質の特許が莫大な数にのぼることが煩雑さを増すだろうと考えられている。

 

途上国は、さらに小さな発明への特許を制限すべきである。というのは特許権の法的迷路を生むだけだからであると報告されている。 「しかし、全体として、IP権は発展過程において、たくさんある要因のひとつにすぎない。」と委員の一人でありファイザー株式会社イギリス サンドウィッチ科学対策業務部(ヨーロッパ)の代表取締役ギル・サムエルスは述べた。IP権の重要性は認められるべきだが過大評価されるべきではない。IP権を全くなくしても、途上国では適切な保健施設のための十分な資源、人々のための保健従事者や医薬品不足は解消できないだろう。」

 

特に各国は、貧しい国民の利益につながる発展をうながす他の手段が必要である。その中には健康および農業研究のための公的投資も必要である、とバートンは述べた。「IPシステムはこのような事を推進するにはあまり適していない。」 さらにTRIPSの目的であるにもかかわらず、国際IPシステムは技術移転や海外投資を進めるのに特に有効でもない、と報告は結論した。

 

これらの目的を達成するために、各国は、国際的増資の一本化、有利な市場のない分野への研究支援(たとえば多くの製薬会社は、一番必要とする国々に買う余裕がないので抗マラリア薬やマラリアワクチンの開発を躊躇する)、途上国での教育や研修のさらなる援助をする必要がある。

 

委員会についての詳細は http://www.iprcommission.org

 

※委員リスト

ジョン・バートン教授:(委員会議長)

ジョージE.オズボーン: スタンンフォード大学法律学教授  アメリカ カリフォルニア

ダニエル・アレクサンダー氏: IP法専門法廷弁護士     イギリス ロンドン

カルロス・コリア: ブエノスアイレス大学教授

科学技術政策運営に関するマスタープログラム理事  アルゼンチン

ラメシュ・マシェルカー博士: 学士院会員 インド科学産業研究委員会理事長 

科学産業研究局事務局長      インド デリー

ギル・サムエル博士 爵士: ファイザー株式会社科学対策業務部(ヨーロッパ)代表取締役    

                             イギリス サンドウィッチ 

サンディ・トーマス博士: 生命倫理ナフィールド委員会理事  イギリス ロンドン

 

 

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最終更新日:2002年9月23日

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