致死性ウイルスはパンドラの箱を開けたのか?
オーストラリアの研究者が偶然キラー細菌を作り出す
ニューヨークタイムスサービス(ニューヨーク発)
ウイリアム J、ブロード記者
1月25日(木)
翻訳:山田勝巳
要約:村上 悠
オーストラリアの研究者達が、免疫機構を不能にしてマウスを殺すウイルスを意図せずに作り出してしまい、この技術が、人間の致死的ウイルスや、新種の生物兵器を作り出すおそれがあると警告している。
研究者達は、マウスを不妊化しようとしていたのだが、意図とは違いマウスは死んでしまった。実験ではマウスポックス・ウイルスにマウスの免疫組織の遺伝子を導入した。マウスポックス・ウイルスは人間の天然痘ウイルスの類種で、実験では良く使われる。
このウイルスに冒されたマウスは死に、マウスポックス・ワクチンを打ったものもかなり死んでしまった。人間も同じ免疫機能遺伝子を持っているため、理論的には同様の方法で、人間に致命的な病原菌が作れることになる。
これまで、人工病原菌(designer
pathogens)を密かに探求してきた科学者の間では、遺伝子工学によって作り出されたスーパーバグは、自然の病原体よりも弱くなるものが多かったため、毒性は強化より弱化されやすいと考えられていた。キャンベラのオーストラリア国立大学の科学者達は、これほど強烈なキラーを簡単に作り出せたことを、全世界に警告しなければならないと考え、細菌戦争を禁止する国際条約を強化するよう全世界に呼びかけた。
この発見は、1998年と1999年になされており、初めはオーストラリア政府と軍だけに通知された。しかし、議論の結果「他の誰かが、もっとすごいのを作り出しているかもしれないので、知らせた方がよいと考えた。我々は、これが現存する技術なので人道的責任を感じた」と『細菌学ジャーナル(Journal
of Virology)2月号』に載せられた。
アメリカの研究者は、「同様の病原菌が過去にも作られたが、害もなく兵器にもなっていない、単なる実験室の興味対象でしかなかった。今回の発見は、不気味だが、人間のウイルスに適用できる技術なのか分からないし、仮にそうだとしても、新しい類の人工病原菌が、得られるのか分からない」という。
ノーベル賞免疫学者、メンフィス聖ジュード小児研究病院のピーター・ドハティは、「このような可能性を持ったものは沢山ある。毒性が強まった点で今回の発見は今までと違う。このようなことが可能だということを示しているに過ぎない。」という。
size=3>マウスポックス・ウイルスは人間には感染せず危険もないが、非道徳な生物学者が、人間のウイルスを兵器として増強するのに、この方法を使う恐れがある。普通の風邪を致命的にすることさえしかねない。アナベル・ダンカンは、オーストラリアの英連邦科学工業研究機構の分子科学の長だが、今度の発見は、1972年の細菌戦争を禁止する条約である生物兵器合意を「緊急に強化する必要がある」事を示している、と言う。
アメリカ微生物学協会の来るべき会長、ロナルド・アトラスは、「オーストラリア人が懸念を表明したのは正しいのだが、彼らの発見は、前例が無い、というのは間違っている」という。「この発見から学ぶことがあるとしたら、それはより強力な病原菌が作り出せるということだ。99%の実験は上手くいかないかもしれないが、残りの1%で出来るということで、これがよい証拠だ。」
米国防省の細菌防衛の生物学者は、「我々が考えている以上に簡単に出来る可能性があるという、恐ろしい意味を持っている。」という。
オーストラリアの科学者達は、マウスポックスのウイルスにinterleukin-4という免疫組織の主役である化学物質を生成するマウスの遺伝子を組み込んだ。目的はinterleukin-4の生産を増やし、免疫機構を強力に働かせ、マウスの卵子をも攻撃して繁殖を阻止するというもの。だが、人工ウイルスは猛烈に繁殖してしまい、免疫組織を破壊して、殆どのマウスを殺し、残りを不具にしてしまったのだという。
マウスポックス・ウイルスは、良く研究されており手軽に使える。上手くゆけば実験は、interleukin-4の遺伝子を、ネズミの弱い細菌(ネズミ巨細胞ウイルス)に組み込む予定だった。
人体もマウス同様interleukin-4で免疫反応を制御しており、これによって感染への反応を開始する。この類似性が心配の種になっている。