モンサント・Roundup Ready 大豆の販売許可申請書における問題点
 
 
遺伝子組み換え食品の許可申請書を点検するグループ
2000年9月)
 
 
(1)はじめに
       遺伝子組み換え食品の生産、販売がアメリカを中心に世界的に広がり、日本でも食品として安全確認(厚生省)されたものが46、飼料として安全確認されたもの(農水省)が32件に上る。また、今後国内での栽培を求める申請が国内外の企業から多数行われる見通しである。こうした現実にもかかわらず、遺伝子組み換えに対する消費者の不安はますます大きく、ヨーロッパ、アメリカでも反対が大きくなりつつある。不安の大きな要素は、組み換え体の健康と環境への安全性に対する疑問である。今回、我々は世界で最も大量に生産され、広く流通しているモンサント社の除草剤耐性大豆の安全性について、どのような研究が行われ、どのような結果に基づいて政府が安全を確認したのかを知るために、モンサント社から日本政府に出された申請書を点検した。
 
(2)情報公開について
       点検作業に当たって最も大きな障害となったのは、申請書の公開問題である。厚生省に出された申請書は、食品安全協会(財団法人)によって管理され、表面的には公開されている。しかし、その実態は週3日(10時〜12時、13時〜16時)、現場での閲覧のみ、コピー不可、写真撮影不可、という情報公開とは名ばかりの実状であった。厚さ1メートルに及ぶ膨大な英文データと研究結果、解説を含むこれらの申請書をすべて閲覧する事はこうした条件下ではほとんど不可能である。我々は4回にわたり延べ約40名によって、これらを閲覧し、江戸時代さながらに必要事項を筆写した。我々が閲覧・筆写できたのはその中のほんの一部のみである。こうした作業で申請書すべてを点検する事は不可能に近い。申請書が厚生省の官僚と一部の学者に独占され、外部のチェックを許さないこうした体制こそが遺伝子組み換えに対する不信と不安を作り出すのであり、我々はすべての遺伝子組み換え関連の申請書の全面公開を求める。ここでは得られたわずかな情報に基づいて我々の判断を公表する。
 
(3)申請書の構成
       第1部 ラウンドアップ・レデイ大豆安全性評価(要旨)        :日本語
       第2部 提出試料中の各報告書の要旨の翻訳                 :日本語
      
3部 ラウンドアップ・レデイ大豆の作出方法                :英文
       第4部 ラウンドアップ・レデイ大豆の評価                    :英文
       第5部 動物飼育試験                                      :英文
       第6部 マウスにおけるCP4EPSPS蛋白質の急性毒性試験         :英文
       第7部 CP4EPSPS蛋白質のin vivoにおける消化性(MSL-12949):英文
       第8部 CP4EPSPSのアレルギー誘発性の検討                   :英文
       第9部 蛋白質の検出に用いたELISA法等                     :英文
       第10部 グリホサートの分析                                :英文
 
 
(4)実験上の問題点
   4-1)すべての実験で使われた大豆は(親株A5403, 組み換え体 40-3-2、及び
  61-67-1)除草剤ラウンドアップを使わないで栽培された。これは、現実に流
  通する除草剤耐性大豆とは異なる。単に残留グリフォサート(ラウンドアップ
  の有効成分)の安全性だけでなく、グリフォサートが芳香族アミノ酸の合成を
  阻害する高い特異性を持つと云っても、他の代謝経路にも影響を与える可能性
  があることを考えると、この実験は現実に流通する組み換え大豆の安全性を評
  価したものではないといえる。
 
4-2)大豆に組み込まれた土壌細菌Agrobacteriumの除草剤耐性酵素CP4EPSPS
  の遺伝子は構造決定(DNAの配列)されたものの、その遺伝子が大豆の中で作
  ったCP4EPSPS蛋白質の構造決定(アミノ酸配列)は行われておらず、DNA
  の塩基配列からの推定と、抗原抗体反応による確認など定性的な証明だけであ
  る。こうした手法では、現実に大豆で作られた蛋白質が、Agrobacteriumのも
  のと同一だという証拠にはならない。ごく一部分(全アミノ酸455個の中、ア
  ミノ末端から15個のみ)決定されたCP4EPSPS蛋白質も、大腸菌で発現され   
  た蛋白質である。細菌の遺伝子を高等生物の細胞内で発現した場合、一部のア
  ミノ酸の置換やアミノ酸の化学的修飾(アセチル化、リン酸化、糖鎖の結合な 
  ど)が起こる可能性があり、同一性を証明するには、大豆からこの蛋白質を直
  接単離し、アミノ酸配列を決定する必要がある。モンサント社はその努力を怠
  っている。
 
4-3)CP4EPSPS 蛋白質の毒性を調べる実験で、ラットに経口投与したものは大豆
  由来の物ではなく、大腸菌で合成したものである。理由として、大豆から多量
  に調製するのが難しいから、と記載されているが、4-2と同様の理由で、これ
  は大豆で発現された蛋白質と同じ物ではなく、この急性毒性実験は無効である。
  大豆中でこの蛋白質は0.238μg/mg発現するとされており、大豆中の他の蛋
  白質と比べても少ないとは言えず、調製は充分可能な濃度である。
 
4-4)アレルギー誘発性の検討においても、AgrobacteriumのDNAから推定した
  CP4EPSPS蛋白質と既知アレルゲンとのアミノ酸配列の構造相同性を比較し
  たのみで、実際の大豆蛋白質のアレルゲンとしてのテストは行っていない。
 
4-5)RR大豆の安全性試験において、ラット、ニワトリ、乳牛、ウズラ、ナマズな
  どRR大豆を飼料として与える可能性のある動物を使っているが、その実験規
  模は極めて小さく、安全性が充分証明されたとは言えない。例えば、ラット飼
  育試験において、野生型大豆(A5403) , 組み換え体大豆(42-3-2、及び61- 
  67-1)の各群について雌雄それぞれたった10匹ずつ、飼育期間は4週間のみ
  という小規模で、結論を出している。(これでも、後述のように安全性を疑わせ 
  るデータが一部出ている)。これでは慢性毒性はもちろん、次世代への影響など
  は全く判断出来ない。これだけの小規模試験で出した結論の信頼性は低い。
 
 
 
 
(5)実験データと違う結論
5-1)ラットの飼育試験において、データでは生大豆投与試験では、実験開始時期から終了
まで(4週間)の平均体重増加量と平均最終体重において野生型大豆と遺伝子組み換え大豆
の間に有意差がないものの、加熱加工大豆を与えたデータでは明らかにRR大豆投与群のオ
スに体重増加と最終体重が、野生型大豆を投与した群と比べて小さく「統計的に有意差があ
る」記載しながら、試験結果の解釈及び、結論部分では「統計的にも有意差はなかった」と
している。これは、前述実験規模と期間が短すぎる欠陥を差し引いても、無視できない歪曲
である。試験期間をさらに延ばせば、メスにも有意差が現れる可能性が高い。
 
       5-2)英文データと違う日本語要旨
       大豆に含まれる天然の有害生理活性物質である、トリプシン・インヒビター(注:
消化酵素阻害剤)、レクチン(天然毒物)や蛋白質変性マーカーであるウレアーゼなどの分析において、英文及び、英文データシートにはない(すなわちデータの無い)数値を使ったグラフを日本語要旨には添付(図II-5-17)し安全性を強調している。このグラフはねつ造の疑いがある。
英文データで、野生型(A5403)と比べて組み換え体(40-3-2)におけるこれら生理活性物質の活性は、加熱加工後、明らかに上昇したにもかかわらず、これを無視し、英文データにはない、見かけ上これら生理活性物質が加熱によって速やかに消失するかのように見える架空のグラフを添付している。この日本語要旨だけを見れば、遺伝子組み換え大豆(40-3-2株)は安全という結論が誘導される。
 
(6)実験結果の歪曲と強引な解釈
       大豆を飼料又は食糧として使う場合、多くは加熱加工を行う。特に家畜飼料として
の大豆は脱脂加熱加工が通例である。それで、実験では親品種(A5403)と遺伝子組み換え品種(40-3-2、61-67-1)について、加熱加工後の成分分析ならびに、それを用いた動物の飼育試験を行っている。
 ところが、英文データによれば、上記天然有害生理活性物質について、加熱加工後、親品種と遺伝子組み換え体の間に成分の違いが明らかになった。要約すれば、これら有害生理活性物質は加熱加工後、親品種よりも組み換え体において濃度が数倍以上高くなった。これらの成分は、蛋白質またはペプチドであるため通常、加熱によって変性・失活する(親品種A5403ではそのようなデータになっている)が、組み換え体では変性・失活が起こりにくく、これら成分が加熱後もかなり残存する結果がえられた(親品種と比べてウレアーゼ:12.17倍、トリプシン・インヒビター:1.65倍)。
 この結果に対し、英文のデータ解釈では、組み換え体サンプルの加熱不足と断定し、加熱加工を依頼したTexs A&M University に差し戻し、再度の加熱加工を行った。その際、加熱温度と時間を指定した(220〜230度C、25±2分)。分析は最初と同様、Ralson Analytical Laboratories社が行った。
 その再加熱大豆の分析値もまた、上記有害生理活性物質が親新種と比べて、組み換え体で有意に高かった(ウレアーゼ:34.5〜86.5倍、トリプシン・インヒビター:3.13〜6.63倍、レクチン:1.96〜2.17倍)。特にレクチンは絶対値は低いものの、親株(A5403) では再加熱後に生大豆の58%に低下したが、組み換え体(40-3-2、61-67-1)ではいずれも再加熱後は生大豆のそれよりも高く(2〜3倍)なった。
レクチン測定の絶対値が低すぎる点に関しては、英文データ解釈でも、基質として使用した赤血球のロットのばらつきが原因かもしれない、など実験上の問題点も指摘されており、実際のレクチン濃度は高い可能性がある。
 こうした結果は、明らかに組み換え体大豆における、これら有害生理活性物質の熱抵抗性を示していると思われる。にもかかわらず、モンサント社は、この分析結果の解釈を強引に歪曲し、再加熱データもまた加熱不足が原因と解釈し、親品種と遺伝子組み換え品種の間には、統計的な有意差はない、と結論した。Texas A&M University でのスチーム加熱工程が不適切であった、という証拠は示されていない。
モンサント社は都合の悪い結果から、逆に原因を推定し決めつける、というデータ解釈の歪曲を行っている。
なお、モンサント社が指定した再加熱条件(220〜230度C、25±2分)は、現実の家畜飼料生産における加熱条件(110〜120度C、10分程度)からは大きくかけ離れ、蛋白質の変性条件としては、異常に過酷である。そうした条件下でも非組み換え体と組み換え体に大きな差が出た事実は、遺伝子組み換え作物の「実質的同等性」にも抵触すると考えられる。
日本語要約版では、こうした実験データを示すことなく、単に「加熱不足のデータは採用しない」として、前述のねつ造グラフを示し、組み換え体と非組み換え体には有意差がない、という結論のみを述べている。
 
 
 
 
(7)政府に対する要求
 
以上は、我々が限られた時間で限られた範囲の申請書を点検した結果である。にもかかわらずこれまで述べたような数々の問題点が明らかになった。こうした事実を考えれば、モンサント社が政府に申請したラウンドアップ大豆の販売許可ならびに栽培許可申請には、まだまだ多くの未解明の問題があると考えざるを得ない。また、厚生省の安全審査も十分に機能したとは考えられない。こうした事情を考慮し、我々は以下の事項を厚生省と農水省に要求する。
 
7ー1)総ての遺伝子組み換え作物・食品に関する申請書を全面的に公開し、市民が自ら安全性を
チェックできるようにすると同時に、安全性審査の透明性を高めること。
 
7ー2)動物実験など安全の根幹にかかわる事項は、業者のデータだけでなく、政府機関自らが実験
によって確認すること。その際、急性毒性のみならず、慢性毒性と次世代への影響まで研究
対象とすること。
 
7ー3)本件モンサント申請のRR大豆に対しては、安全審査をやり直し、その期間はRR大豆の輸
入・販売を凍結すること。
 
7ー4)環境や生態系に与える影響など長期的視野に立った研究を早急に開始すること。
 
7ー5)安全審査に当たって、審査項目とその責任者を明らかにすること。
 
 
 
(文責:河田昌東)

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