大腸菌O-157:H7と遺伝子工学
I—SISレポート
メイ、ワン、ホー
2001年 3月21日
訳 山田勝巳
食品によって運ばれる病原性大腸菌O-157:H7の配列が解明された。メイ・ワン・ホー博士は遺伝子工学が大腸菌O-157:H7の出現に関わっているかどうか問うている。
大腸菌O-157:H7は1980年代にアメリカに現れた食品中の病原性バクテリアで、アメリカでは年間75,000件の感染例がある。それ以来スコットランド、日本その他の国で大流行してきた。
最初の流行は1982年のハンバーガー汚染である。感染原のEDL933株はミシガンで牛のミンチから単離され、その後指標株として使われてきた。その完全なゲノム配列が最近決定され(文献1.2)、その最も近縁株は実験室で使われる大腸菌K-12
MG1655株であることがわかった。大腸菌Oー157は、シゲラ菌由来のシガ毒素遺伝子と毒性因子を持つプラスミドによる水平伝達でこの遺伝子を獲得した。
Oー157株とK12株は、殆ど同じ遺伝子の並びからなる共通の基本構造(backbone)を持っている。
両方のゲノムの410万個の塩基対は、全長にわたって横一列に並べると、Oー157のゲノムで反転している一カ所を除けば共通である。複製開始点付近で反転があるのは、バクテリアのゲノム進化では一般的である。
各ゲノムには数百カ所わたってそれぞれに特有のDNA配列がほぼ均一に分散している。即ち、O株 には1387個の遺伝子を構成する1.34メガベース(注:1メガベースは100万個の塩基をさす)の塩基配列の中にO—islandと呼ばれる配列があり、K株では528個の遺伝子の情報を構成する0.53メガベースの塩基配列の中にK—islandがある。O—island とK—island の多くのDNAは水平伝達で獲得されたものである。
基本構造の同じ位置にそれぞれ106個のOとK—islands
がある。自律的に動きまわる因子に関連していそうなのはislandsの一部分(subset)だけである。多くのislandsは違う塩基配列を持つドナー種から比較的最近に水平伝達されたものである。 O—157の1,387個 の獲得遺伝子のうち40%に当たる561個は機能を特定できる。その他の338個の機能が分からない遺伝子は、おそらくファージ(バクテリアに感染するウイルス)ゲノムの残骸と思われるクラスターの中にある。O—islandsに含まれる遺伝子の33%(33177)だけが機能不明である。残りの解明された蛋白質の多くは、他の大腸菌株かそれに関連した腸内細菌の毒性に関係する蛋白質で、別の代謝能力やプロファージ(細菌の遺伝子に組み込まれたウイルスゲノム)、その他の新しい機能をもっている。
基本構造には3574個の蛋白質の遺伝情報があって、O-157とK—12は98.5%もの高い共通ヌクレオチド配列をもつ。この領域の中では、89%が同じ長さで、25%
は全く同じ蛋白質の暗号である。染色体のいくつかの領域では、平均より違いの多い配列(hypervariable)もあるが、一連の類似の蛋白質が暗号化されていて、染色体での相対的位置も同じだ。最も違う領域(YadC)では、2つの株で共通する蛋白質は34%しかない。そのような4つの座(loci)は、既知の又は推定可能なオペロンで、これらは宿主細胞への接合に使われる繊維状蛋白質の生合成に関わっている。その他は、外来DNAを破壊する制限/修飾システムの情報である。
この2つの株の遺伝的違いの程度から、論文の著者らは大腸菌O-157:H7と大腸菌K12株は450万年前に共通の祖先から分かれたと推定している。しかしこの推定には、同様の他の推定と同じくかなり疑問がある。
この推定はいわゆる分子時計仮説に基づいている。この仮説では、単位時間あたりに一定の、中立的 (非適応的)でランダムな遺伝的変化が蓄積される、と仮定している。100万年に1%の変化が起こるという推定もある。だが、これは全く当てにならない。なぜなら突然変異による変化は、DNAの複製サイクルの回数に直接比例して変わる事が分かっているからである。従って、短いライフサイクルの生物は、長いライフサイクルを持つものよりも遺伝的変化を早く蓄積する。また、ゲノムを急速に変化させる多くの流動ゲノムプロセスというものもある。この中には、ハイパーミューテーションといって、普通よりも100万倍も早い突然変異の発生、遺伝子の組み換え、そして水平遺伝子伝達などがある。水平遺伝子伝達は、大腸菌も含め全てのバクテリアで良く記載されているゲノム配列データからも明らかだ。遺伝子組み換えも大腸菌を含む腸内細菌の進化では重要なメカニズムといえる。 そしてHypermutation(高頻度突然変異)は大腸菌染色体の数カ所で確認されている。
進化に於ける分岐(divergence)時間を過大評価させてしまう別の要素として人工的遺伝子操作がある。遺伝子操作では、激しい遺伝子組み換えと遺伝子伝達が広範な種の壁を越えて行われる。塩基配列のデータがかなり分かってきている今、20年ほど前の大腸菌O-157出現に、遺伝子工学が一役買っていたのではないか真剣に問う必要がある。
1. Perna NT et al. Genome sequence of
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2. Eisen JA Gastrogenomics. Nature 2001:
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3. See Ho MW, Traavik T, Olsvik R, Tappeser
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Gene Technology and Gene Ecology of Infectious Diseases.
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"Genetic engineering
superviruses" by Mae-Wan Ho, ISIS Report March
2001 4.