農業・生物系特定産業技術研究機構(NARO)より
北海道に提出された意見書


平成16年2月18日
北海道知事
高橋はるみ殿

独立行政法人
農業・生物系特定産業技術研究機構
理事長 三輪春太郎

「北海道における遺伝子組み換え作物の栽培に関するガイドライン骨子(案)」
に対する意見書

 当機構はわが国の農業技術と経営の革新を目指す研究開発をになう機関であります。
現在、
@地域農業の先進的展開を支える技術開発
A産学官連携による農林水産バイオマス利用技術の開発
B環境保全型病害虫防除技術の開発
C農産物の品質と信頼度を高める生産流通技術の開発
D先端科学のシーズを生かした新しい農業技術の開発

を研究のターゲットとして、つくば、東京の本部地区、北海道から九州沖縄地域に配置した6つの専門別研究所及び5つの市域研究センターで、アジアでも最大規模の研究活動を展開しています。

 我が国最大の先進的食料基地である北海道では、北海道農業研究センターが札幌、芽室の2大拠点を中心に北海道大学、北海道立試験研究機関、道内民間企業などと連携しつつ、上記ターゲットのいずれにおいても重要な役割を果たしております。
 2002年には北海道農業試験研究機関が創立100周年を迎えましたが、その長い期間を通じて今日までご厚諠をいただいていることに、あらためて御礼申し上げます。

1.
なぜ、遺伝子組み換え作物開発に取り組むのか
 遺伝子組み換え技術による品種改良の可能性については、あえて申し上げませんが、小麦の穂発芽の抑制、寒冷気候等に対する抵抗性と生産性・良食味の両立、食用作物の形態と生理の改善による光エネルギーの利用率の最大化、農薬による防除や化学肥料による養分補給の必要性を画期的に下げる生理機能の付加などに関し、従来の交配育種の壁を打破する作物開発ができるのではないかと着目しております。
 また、生産資源としての農地の能力を食用作物に限らず、エネルギー資源、医薬品素材、工業原料などの広い有用植物の生産に拡大すること、汚染土壌を浄化する植物や微生物を開発することなどにも可能性は広がります。
 これらの可能性については、分子生物学的な作業仮説が次々と立てられつつあり、科学的に検証しつつ追求を深めてゆく必要があります。当機構の第5ターゲットである「先端科学のシーズを生かした新しい農業技術の開発」の中で遺伝子組み換え技術による作物の改良を重視している所以です。
2.
遺伝子組み換え品種の普及や実用化を急ぐのか
 遺伝子組み換え品種を世に出すことを自己目的化して普及や実用化を急ぐのは本末転倒であります。また、現場のニーズに対応する品種改良には交配育種で解決される課題も多いのですから、研究勢力の大部分はそうした研究開発に割いております。
 併せて、将来的な技術のブレークスルーを目指す研究は、国の立場として重要であり、遺伝子組み換え作物の可能性、すなわち、期待される形質転換が仮説どおり得られるのか、困る形質の変化がないのか、検証を加速する必要があると思っております。
3.
遺伝子組み換え作物に対する消費者などの反対の声をどう受け止めたか
 各地で機会あるごとに説明をし、質疑に答えてきましたが、昨年、北海道農業研究センターで行った水稲品種「キタアケ」の形質転換体の試験栽培に関連して開催した説明かで寄せられたおもな反対意見に対しては次のように受け止めています。
(1)
遺伝子組み換え作物は「嫌いだ」「食べたくない」という意見
 遺伝子組み換え作物を販売する場合、「遺伝子組み換え作物」であることを表示することが義務付けられています。したがって、品種が完成し、生産され、販売されたときには、消費者は食べたければ選び、嫌いであれば拒否することができます。消費者に巨視されるものは紙上から排除され、生産も普及しないことは当然です。この意見には現在の制度が十分答えていると考えています。
(2)
健康面で危険だという意見
 これまでの遺伝子組み換え体を巡る議論で出された紋切り型の危険性の指摘がありましたが、全て、現在の科学と食品衛生法の処置で回避可能な事柄ばかりです。
(3)
試験圃からの花粉の飛散で一般のうちで栽培される稲が汚染されるという指摘
 これは、唯一、具体的な指摘です。当機構ではこのことは特段の配慮をし、100%その恐れがない条件かで試験栽培を行っています。稲の場合、自家受粉性が強く、そのため花粉の寿命は約3分と短く、他個体の花粉が1〜2個注頭に付着しても、自花の約1500個の新鮮な花粉と競争することになり、それが受精にあずかる可能性はきわめて小さいという特徴があります。それに対して、他花受粉性の作物の例や、途方もない風速があれば遠距離でも汚染するなど現実にはありえない話を持ち出され、当方の説明に「聞く耳持たず」であったのはきわめて心外であります。もし、そのようなことが起こるのであれば、他の品種と隣接して栽培されるイネの採種圃はいうまでもなく、現場での銘柄米生産そのものが成り立たないではないかと思った次第です。
 なお、念のために近距離のイネに対する交雑調査も設計に加え、現在、調査を行っております。
(4)
その他
 「花粉の飛散」のような今回の試験栽培で心配される具体的な指摘で、議論がつまりかけると、また。、「そもそも遺伝子を操作すべきでない」、「要するにきらいなのだ」という情緒的な抽象論がぶり返され、当方として、発言者が何を言いたいのかを掴みかね、これは理屈抜きの研究阻止運動ではないかという感を持っています。
4.
遺伝子組み換え作物は消費者の信頼を得られないのではないか
 わが国の農業の体質が国際的な競争関係の中で持っている強み、これから、発展するよすがになるものは何かというと、90%の国民が食料自給率を上げるべきという世論が示すように、また、価格が高くとも国産品を選んで買う消費者が多いように、国民・消費者から信頼されている点でしょう。もう一つは、わが国の農業技術の水準が高く、これまで絶えず、消費者ニーズに答える作物を生み出してきたことでしょう。よいものができれば市場での評価が得られ、それを提案した農業に対する新たな信頼が生まれます。当機構が第4ターゲットとして「農産物の品質と信頼度を高める生産流通技術の開発」を掲げ、研究を集中しているのもその認識に立つものです。
 今後、農業界は、新たな科学技術の成果を先進的に導入し、品質や生産性において優れた「新製品」をこれまで以上に能動的に消費者に提案することが必要です。また、農地の産物を多彩かつ広範なものに拡大し、新たな二次・三次産業を創出することも考えたいものです。
 現在は一部のキャンペーンに乗った「いらない」意思表示が目立ちますが、いずれ遺伝子組み換え作物は科学的仮説の検証を経て消費者の絶大な信頼を得るものを生み出すものと確信しております。
5.
なぜ、「北海道ににおける遺伝子組み換え作物の栽培に関するガイドライン骨子(案)に対し意見を申し述べるか
 表記の「案」について当機構北海道農業研究センターに対する説明が2月5日に行われました。その説明によれば、北海道農業研究センターやその他の研究機関で試験栽培を実施するのが事実的に不可能な内容であります。当方は試験栽培の少なからぬ経験から、その合理性を質したところ、「科学的に根拠はないが、予防的に措置したい。」というお答えでした。「北海道における遺伝子組み換え作物の栽培に関するガイドライン骨子(案)」は、「科学的に解明されていないが、人類、国民の生命、生活に重大な悪影響をもたらす恐れがあるために緊急避難的に対策を先行させる、いわゆる予防原則」に立っておられるようであります。政府の定めた規程に基づく遺伝子組み換え作物の試験栽培がなんら健康被害や環境影響を及ぼしておらず、また、消費者や周辺農家の心配を解消するためには、科学的に裏づけのあることをかえりみず、「予防原則」に立つのは、明らかに乱用であると思います。
 このような研究阻害には重大な問題があります。
 端的に申せば、このような事実上の栽培禁止政策は道の生産者、消費者双方の遺伝子組み換えに関する技術選択の権利を将来にわたって奪うことであります。特に試験研究まで阻害することにより、遺伝子組み換え作物についてよいか悪いかの科学的検証すらも北海道では行えなくなってしまう、すなわち、技術選択の判断基準さえ得られなくしてしまうことはたいへんな問題であります。
 2月5日の説明の差異にも、2月16日に当方の桑原北海道農業研究センター所長が道庁を訪問して意見を申し述べた際にも、合理的なご説明はいただけず、一方的な主張に終始されたと聞き、あらためて私から、地方自治体である北海道による遺伝子組み換え技術の敵視政策に反対意見を申し上げる次第です。


以上

NAROのHPは、
http://www.naro.affrc.go.jp/