自生GMナタネ調査が示すもの
河田昌東(遺伝子組換え食品を考える中部の会)
09/10/24

はじめに
 2004年に農水省が茨城県鹿島港周辺で遺伝子組換えナタネ(以下、GMナタネ)の自生を発表後、すぐに遺伝子組換え食品を考える中部の会(以下、中部の会)が三重県四日市港と名古屋港で同様なGMナタネの自生を発見。これをきっかけに遺伝子組換え食品いらないキャンペーンが呼びかけて、2005年から全国的なGMナタネ自生調査が始まった。その結果、茨城県鹿島港はじめ、福岡県博多港までナタネ輸入港の全ての周辺でGMナタネの自生が見つかっている。GMナタネの自生が国内農業に与える影響を避けるために、千葉港周辺では市民グループが中心となって、2005年からGMナタネの抜取りが始まった。遺伝子組換え食品を考える中部の会も2006年から大規模抜取り調査を開始、2009年には福岡でグリーンコープ・グループが博多港周辺のGMナタネ抜き取りを開始した。こうした努力により、2008年までは千葉港や四日市港、名古屋港周辺ではGMナタネの自生が減少するかに見えたが、2009年度になり予想外の事態が発生した。名古屋港でも四日市港でも過去最大数の西洋ナタネの自生が確認され、博多港でも同様な自生の増加が見られた。こぼれ落ちたGMナタネの種子は、5〜6年以上も発芽能力を保持することから、気候変動の影響で発芽が促進されるなど、短期間の抜き取りでは十分な対策にならず、このままでは在来種のGM遺伝子汚染を止めることが困難な事態も予想される。
GMナタネ自生の原因
 日本は世界最大のナタネ輸入国である。2008年度は、茨城県鹿島港、千葉県千葉港、東京港、神奈川県横浜港、静岡県清水港、愛知県名古屋港、三重県四日市港、大阪港、兵庫県神戸港、岡山県宇野港、岡山県水島港、福岡県博多港で合計230万tのナタネが輸入された。これまでの調査で殆ど全てのナタネ輸入港周辺で、GMナタネの自生が確認されているが、自生の様子は各港により大きく異なる。理由は、荷揚げから製油工場までの輸送途中に、種子がトラックからこぼれ落ちるためで、輸送距離が長いほど種子の拡散が大きいからである。近年作られた大規模な製油所の多くは港湾内にあり、陸揚げ後すぐにサイロに収納され、近接した搾油工場に送られるため、種子のこぼれ落ちの頻度が格段に少ない。それに引き換え、昔から操業している製油工場は、必ずしも港湾周辺になく、長距離のトラック輸送が行われている。中でも三重県四日市港の自生は特に多く遺伝子汚染による環境と農業への影響が懸念される。2004年以来の調査結果では、自生ナタネにおけるGM化の割合は増加する傾向にあり、カナダにおけるGMナタネの栽培割合の増加を反映していると思われる。
多年草化したGMナタネ
 本来、ナタネは発芽成長し結実すると枯死する1年草である。ところが、カナダからやって来る西洋ナタネは、カナダと日本の気候の違いからか、開花結実しても枯死せず、そのまま生き続けてまた開花結実するものも珍しくない。その結果、多年草化して巨大化し、中には茎が直径3〜6cmもある巨大なものもある。多年草化は遺伝子組換えとは直接関係がなく、非組換え体でも起こる。多年草化したナタネの茎には明らかに年輪が刻まれ、何年生き残ったかが分かる。こうした巨大化は栽培植物が野生化する過程でしばしば見られる現象とも言われる。多年草化した西洋ナタネは、しばしば地下茎を形成し、地上部のみを駆除しても、また別の場所から新たに芽を出して成長する厄介な存在である。多年草化に伴い、GMナタネは春や秋ばかりでなく年中開花結実している。このことは、国産のナタネ科作物や、野生の西洋カラシナなど、様々な時期に開花する近縁野生種や農作物との交雑の危険が増えることを意味する。
始まった世代交代
 GMナタネの自生は当初、輸送トラックからのこぼれ落ちが原因であった。しかし、多数のGMナタネ自生が継続した結果、GMナタネは自ら実らせた種子を周囲にばら撒き子孫を作っている。即ち、国内で世代交代が起こっているのである。農水省や環境省はこの事実を認めないが、我々の調査では疑いようのない現実である。その結果、輸送業者がトラックの構造を改善し、こぼれ落ち防止に努めても自生はとまらない。いったんこぼれ落ちたナタネの種子は、長期間発芽能力を保持する、と言われており、世代交代が始まった以上その根絶は難しいと思われる。
内陸部でのGMナタネ自生と新たな汚染源
 GMナタネの自生はナタネ輸入港周辺に多いが、これまでの調査で港とは離れた内陸部でのGMナタネ自生が新たに見つかっている。それは、ナタネ輸入船の船倉で発生する「事故ナタネ」と呼ばれるものが原因である。船倉での水分によりカビが生えたり、ごみと一緒になって食用にならない「事故ナタネ」は本来産廃処理されるはずである。しかし、実際にはこうした事故ナタネは特別な業者によって集められて搾油され、自動車部品を作る工場などで切削油として使われている。その結果、こうした業者がある内陸部の工場まで各地の港から輸送される途中で、GMナタネがこぼれ落ち自生する。同様の事故ナタネは船倉に限らず、一時貯蔵するサイロで発生するサイロ・ダストとしても発生するが、事故ナタネの詳しい実態は殆ど分かっていない。また、小規模ではあるが、小鳥の餌を調合する工場や、ナタネの油粕を堆肥化する工場でもこうしたGMナタネの自生の恐れがあり、今後GMナタネの自生は更に広がる可能性がある。
多重耐性GMナタネの出現
 これまでに2種類の除草剤耐性GMナタネが見つかっている。モンサント社が開発した「ラウンドアップ耐性」とバイエル社が開発した「バスタ耐性」である。カナダにおける栽培の割合は圧倒的にラウンドアップ耐性種が多いが、何故か国内の自生ナタネは近年バスタ耐性種の割合が増加傾向にある。その原因は現在不明である。これら2種類の除草剤耐性ナタネが同時に自生する結果、新たな事態が生じている。2006年に千葉港でラウンドアップ耐性とバスタ耐性の両方の性質を併せ持つGMナタネが発見されたが、それ以来2008年には鹿島港と四日市港周辺で、2009年には四日市港周辺で、相次いで両方の除草剤に耐性を持つ「多重耐性ナタネ」が見つかっている。本来別の企業が開発し、別個の特許を持つ2種類のナタネが同じ場所に自生する結果、お互いの交雑によって、こうした多重耐性ナタネが出現したものである。これは、国が1996年にGMナタネの食用と栽培の認可をした当時には想定されていなかった事態であり、その扱いをどうするかは今後大きな問題となろう。多重耐性ナタネは環境省の四日市港周辺の調査でも確認されている。
在来種との交雑
 中部の会では、2008年に事故ナタネを処理する工場のある内陸部でGMナタネの自生を偶然発見し、推移を注目してきた。場所は愛知県豊川市内の西古瀬川周辺である。この周辺には多数の在来ナタネや西洋カラシナが野生化し自生している。そうした環境で、GM西洋ナタネが入り込んだ結果、GM西洋ナタネと在来ナタネ、GM西洋ナタネと在来西洋カラシナとの交配種と疑われる個体が複数見つかった。外形的には在来ナタネだがラウンドアップ耐性、外形的には西洋カラシナだがラウンドアップ耐性の株である。農水省は、こうした交配種発生の危険はないと主張するが、そもそも、カナダ政府がGMナタネの安全性を審査するに当たり、こうした交配種の発生はある確率で起こる、と記載している。 実際、環境省は2008年度に四日市地域で、在来ナタネとラウンドアップ耐性ナタネとの交雑種を確認している。
GM遺伝子の不安定性と種の壁
 最近になって、思いがけない事態が生じている。それはGM遺伝子の不安定性を示唆する現象である。農民連の調査によれば、検査キットの結果とDNA分析の結果が一致しない例が増えている。試験紙で陰性でもDNA検査では陽性、その逆、などである。生物には外来の蛋白質を異物と認めれば、それを化学的に修飾(ユビキチン化という)し、分解されやすくする働きがある。除草剤耐性蛋白質がユビキチン化されれば機能を失い分解される結果、DNAはあっても蛋白質は検出できないこともありうる。
 また、外来遺伝子DNAが宿主生物によって、メチル化などの修飾を受け不活性化することもありうる。こうしたことが起これば、GMのDNAはあっても、見かけ上非GMとされ、より検出されにくくなる結果、在来種との交雑が起こってもDNAレベルでは雑種でも簡易検査では非GMとなり、遺伝子汚染が見えないところで進行してしまう恐れが生ずる。開発メーカーも認可当局も、GM遺伝子は安定的に伝播することを前提にしており、こうした不安定性が自然界で起これば、生物の種の壁にとっても脅威となろう。
責任の所在
 GMナタネ自生の直接の責任は、輸送中のこぼれ落ちを起こす製油会社と輸送業者にある。しかし、こうした中小の製油会社は、かつて国産ナタネから食用油を作っていた。国産ナタネが輸入ナタネに取って代わられた結果、意図せずにGMナタネの製油を行うようになった被害者でもある。中部の会では、製油会社と交渉し、輸送トラックの構造改善を求め、こぼれ落ちの対策を取ると同時に、協同でGMナタネの駆除を行っている。しかし、冒頭でも述べたように2009年6月7日にはかつてない多数の自生ナタネが発見され、抜取りは1129株の多数に上り、その約60%が除草剤耐性であった。
 モンサント社やバイエル社は自社のGMナタネの特許を主張し、カナダのパーシー・シュマイザーさんの例に見られる裁判沙汰まで起こしている。しかし、海外でのGMナタネの自生については全く黙秘し責任を回避している。特許を主張する以上、自社のGMナタネの自生には責任があると我々は考える。
 日本政府はGMナタネの栽培認可に当たって、その野生化に対する対策を怠ったばかりでなく、昨年ドイツで開かれた生物多様性条約の国際会議(COP9)や遺伝子組換え生物の取り扱いを定めるカルタヘナ議定書締約国会議(MOP4)の場で、規制強化をもとめるヨーロッパ各国や途上国と対立し、輸出国アメリカなどの立場を擁護して国際的な非難を浴びている。来年2010年には、名古屋でCOP10とMOP5が開催される。我々はGMナタネの自生が国内農業の保護と生物多様性保護の観点から無視できない問題と考え、GMナタネのメーカーと輸出国の責任を明確にし、これを認可した国に厳しい対策を要求するものである。