日本の農業を破壊する「規制改革推進会議」
2018/06/06

河田昌東(遺伝子組換え情報室)

はじめに
モリ・カケ問題のドタバタの中でろくな議論もないままに2017年3月に国会を通過し、この4月から施行された「種子法廃止」は今後の日本の農業に大きな悪影響をもたらすだろう。

そもそも「種子法」は戦後の食糧の安定供給ために1952年に作られた法律で、コメや大豆、麦などの主要作物の品種改良と流通などを国と地方自治体に行わせ、食料の品質向上と安定化に大きく貢献してきた政策である。この種子法廃止法案を提起したのは2016年9月2日に発足した安倍内閣の諮問機関「規制改革推進会議」である。メンバーは国会議員ではなく民間のいわゆる有識者で、安倍政権が進める規制改革に協力的な学者や財界出身者が主なメンバーである。この規制改革推進会議は種子法廃止だけでなく、日本農業の近代化・効率化を唱え日本農業のあり方を根本的に変えることを主眼としている。

種子法廃止はその第一歩にすぎない。
(1) 種子法廃止とその背景

種子法廃止法案は「種子法」があるために農作物の品種改良や流通に民間企業の参入が難しくなっているというのが根拠だが、そもそも種子開発や農産物の流通に対する民間企業の参入は1986年に既に認可されている。しかし種子法による地方自治体の機関(農業試験場など)への財政的保証により開発された新品種の種子が農家に安価に供給されているために民間企業は競争力で劣り参入が困難であった。安倍政権はこの種子法の存在が民間企業の農業への参入を難しくしている、という財界の圧力を受け種子法廃止を決めたのである。その背景には遺伝子組換え作物を中心に、アメリカの農業を支配するモンサントやバイエル等のアグリビジネスが進める世界の食料支配という世界戦略がある。

これまでTPPを進めることで農業の自由化を拡大し、民間企業の参入によって農業を自動車や電化製品と同様、貿易経済の一環として推進する事が安倍政権の狙いであった。しかし農産物の新たな品種開発には膨大な手間と時間がかかり単純な自由競争には向かない。そうした環境下で企業にとっては新品種に対する特許こそが農業参入の唯一最大のメリットである。このことはしかし種子を買う農家という逆の立場から見れば当然コストが高く経営にはマイナスである。農業の殆どを遺伝子組換えで支配されているアメリカの農家は高価な種子を買わされ、大規模な企業農業を除けば経営は赤字である。しかしアメリカは農産物の輸出を国策としており、食料支配こそが世界の支配に通じると考え、その赤字を補助金で賄っている。

農業は国民に安全安心な食料を提供し国民の健康を守る国の根幹である。それを国民の税金で守り、時の経済に左右されない産業として維持するのは国の義務であり国民基本的権利である。しかし第二次大戦後の日本は経済成長の波に乗り車やテレビを売った金で食料を買えば良い、という誤った農業軽視政策を採ったために食料自給率を40%以下にまで低下させた。しかし、ドイツやイギリス、フランスなどヨーロッパ諸国は、戦後、日本と同様の食料自給率60%台から80〜100%にまで拡張した。それは農業が国家の根幹であり食料を自ら賄う事無しに国家の自立は無いことを自覚したからである。農業を他の産業同様、単なる貿易経済の一環とするのは危険である。
(2) 種子法廃止がもたらすもの

これまで自治体が財政的保証をしてきた米や大豆、麦などの主要作物の品種開発や流通が法的に禁止され停止されて民間企業に託されればどうなるか。企業が開発した品種には当然特許が付けられ、価格は企業の自由になる。例えば三井化学アグロ株式会社が開発した「みつひかり」は従来のコメと比べて収量が 1.5倍もあるハイブリッド(F1)種だがコメ粒が小さく、主に外食産業むけに国内で約1400ヘクタール栽培されている。種子の価格は1kg当り4000円で従来品種コシヒカリの1Kg当り400円の10倍もするため、供給先との契約栽培ができる大規模農家しか手が出せない。種子法が廃止され安価な種子を入手できなくなれば一般農家は経営が立ち行かなくなるのは必須である。その結果は消費者にも降りかかることになる。ミツヒカリはF1であるため勿論自家採種は出来ず、毎年種子を購入しなければならない。

種子法廃止で起こるリスクは種子価格の高騰だけではない。企業が種子を独占すれば当面の利益につながる品種のみを開発・販売するため品種が限られ気候変動などに対応できなくなる恐れがある。現在はこれまでに開発されたコメは約300品種あり毎年の気候や地域により最適な品種を選ぶことが出来るが、企業によって限られた種子しか販売されなくなれば種子の多様性が失われ、食料の安定供給に大きなリスクを負うことになる。

現在は「品種登録」制度で種子が守られ、これまで開発された品種の多くは簡単には民間企業に移行出来ない、と考えている自治体は多い。
(3) 農業競争力強化支援法の狙い

しかし自治体のこうした期待は裏切られることになる。種子法廃止が決まった僅か1か月後の2017年5月19日、政府は「農業競争力強化支援法」を国会に提出し、これまた種子法廃止同様ろくな議論もないままに与党多数で採択された。この法律の建前は「良質かつ低廉な農業資材の供給を実現するための施策」であり「農産物流通等の合理化実現」だが、その第8条第4項には「種子とその他の種苗について、民間事業者が行う技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進するとともに、独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること」と書かれている。即ち、これまで種子法に守られ地方自治体の試験研究機関が永年苦労して蓄積した品種開発のノウハウを民間事業者に提供するよう強制しているのである。

この法律は種子法廃止と一体化して自治体の農業政策を弱体化させ、品種開発から流通まで日本の農業全体を民営化する目的のために作られたのは明らかである。この法律によって民間事業者は新品種開発や流通に無駄なコストをかけることなく種子の独占を手にすることが出来る。自治体が苦労して手にした新品種開発のノウハウを生かし品種登録されたコメなどの優良品種にわずかな手を加えれば新たな品種を開発し「特許」を手に入れる事が出来る。この法律は次に述べる「種苗の自家増殖の原則禁止」法案とともに、個別農家の自家採種も禁止し、民間事業者による農業の支配を推進するものである。
(4)「種苗の自家増殖の原則禁止」法案について

この法律は現在、政府が国会上程に向け準備中で、安倍内閣の在任期間中に国会に出され与党多数で採決される可能性が高い。この法律制定をもって規制改革推進会議による日本農業民営化の総仕上げとなろう。種子法廃止はその第一歩だった。歴史上、農家は地道な努力で野菜やコメなどの品種改良を行い、その種子を自家採種して大切に農業を守ってきた。種子の自家採種は農家の基本的権利であり農家の努力が報われる手段でもあった。自治体の試験研究機関は苦労して開発した品種を安価に農家に提供し自家採種も可能であった。しかし政府は農業に参入する企業を守る事を目的に、品種登録された種苗の農家による自家採種を禁ずるというのだ。勿論、いきなりこの法律適用には激しい抵抗が予測されるので、これまで自家採種してきた品種に関しては当分の間、例外として自家採種を認める「原則禁止」という言い訳をしている。この法律が必要な理由として政府は「優良品種の海外流出を防ぐ」ためだという。これまで自治体が開発し品種登録された優良品種が個人または企業により無断で自家採種され海外に持ち出された例はある。韓国に持ち出されたイチゴや中国で栽培されているブドウなどが挙げられている。しかし、こうした品種の海外流出を防ぐにはその品種の海外での品種登録をするのが有効な手段であり、農水省もそうした手段で国内品種の保護をするように指導している。海外流出を防ぐために自家採種を禁止するというのは単なる方便に過ぎず、真の狙いは種子法で守られ開発された優良品種の農家による自家採種を禁止し、種子の企業独占を進める事である。

アメリカでは一足早くこうした法律が成立している。2010年に出来た「食品安全近代化法:510法案」(通称:自家菜園禁止法)である。この法律によってアメリカでは食料の安全性確保を名目に、小規模農家や家庭菜園・兼業農家などによる自家菜園・自家採種は禁止され、FDA(食品医薬品局)の監督が行き届く大規模経営農家による農業しか出来なくなった。健康に対する安全性が保障出来ないからとの理由で家庭菜園が違法になったのである。こうした法律制定の陰ではモンサントなど大規模農業を支配する遺伝子組換え産業が動いたと言われている。

いずれにせよ古来からの農家の権利であった自家採種が禁止されれば、農家は毎年、種子企業から種子を買わなければならなくなるばかりか、希望する種子が自由に入手できなくなる恐れさえある。「種苗の自家増殖原則禁止法案」は種子法廃止に始まった農業競争力強化支援法との三点セットで日本農業の完全な民営化を目指す経済界の最後の仕上げでである。
(最後に)

食料は国の根幹であるがゆえに、これまで国や自治体の手厚い保護を受けてきたが、それがゆえに日本の農業が補助金依存により改革が遅れ、また本来農家を守るべき農協が資材販売の商社化によって農家を守れなくなったことは議論が始まって久しい。その結果、歴代自民党政府が票田としてきた農協をはじめとする農業団体が工業経済発展と同時に力を失い、自民党政権にとって足かせとなり、経済優先の新自由主義台頭によって農協つぶしが始まったのも事実である。こうした状況変化を背景に「大規模化による儲かる農業」が主張されるようになった。規制改革推進会議は基本的に農業だけでなく国内各分野の規制を取り除き、小さな政府を作るのが目的である。一般論としては全てが間違いではないが、こと農業に関する限り食料確保と自給率向上は国の根幹であり、EUやアメリカでも農業に対する国の支援は手厚い。車や電化製品と同じ目線で農業を論ずるのは間違いである。しかし安倍政権は農業の素人ばかりともいえる規制改革推進会議の提言をもとに農業の工業化を目指している。一連のいわゆる規制改革による農業近代化は日本の小規模農家を淘汰するばかりでなく、アメリカで始まったような消費者個人の自家栽培まで禁止につながる危険がある。

さらに今後の農業に大きな影響をもたらす可能性があるのは「ゲノム編集」による農作物の品種改良とその特許による農業の寡占化である。これまでの遺伝子組換え作物は除草剤耐性遺伝子や害虫抵抗性遺伝子をバクテリアから分離し大豆やトウモロコシなどに導入するが、その方法は乱暴で外来遺伝子の挿入場所は事前には決められず、膨大な突然変異の中から目的とする品種を選別する作業が必要であった。しかしゲノム編集技術は事前の分析で収量増加や味に関係する遺伝子を特定し、その場所を狙って効率よく目的とする遺伝子を破壊したり、別の遺伝子を挿入したりできる。当然、その結果は全てが特許であり種子の独占がますます強化されるだろう。こうした状況下で産業界は今後、生命操作に関わる農業や医療分野こそが新たな経済を発展させる「第3の産業革命」になると期待している。本来、医療や農業は基本的人権の保護を目指すべきものだが、「知的財産権(特許)」を手段に今や経済発展の手段と化している。それが人類の未来を保障出来るのかが今問われているのだ。