世界に広がる抗生物質耐性菌の脅威と遺伝子組換え
河田昌東(かわたまさはる)
2019/12/08
遺伝子組換え情報室
遺伝子組換え食品を考える中部の会

はじめに
2019年11月11日、アメリカ合衆国疾病予防センター(以下、CDC)はある報告書を発表した(1)。
タイトルは「合衆国における抗生物質耐性の脅威」。日本国内では全く報道されなかったが、ワシントン・ポスト紙は大きく報じた(2)。内容を要約すると、現在、アメリカ国内では抗生物質耐性菌が蔓延し、年間280万人が感染症患者になり35,000人が死亡している。これを時間に換算すると11秒に1人が感染症患者になり、15分に1人が死亡している計算になる、といった内容である。

CDCはかねてからこの問題に危機感を持ち、2013年にも同じタイトルの報告書を発表している。この時は年間200万人が感染症になり、23000人が死亡している、としていた。この6年間に年間患者数は100万人増加し、死亡者も12000人増えたことになる。抗生物質耐性菌による患者増加の問題はアメリカにとどまらず、開発途上国も含めて世界的な問題になりつつある(3)。
1) 耐性菌増加の原因―その1:抗生物質多用の弊害

 CDCが指摘しているのは第一に病院や家畜などに使う抗生物質使用量の増加である。アメリカにおける2016年度の家畜用の抗生物質生産量は13,983トンである。(4)。ちなみに日本国内における抗生物質使用量(2016年度)は合計1804.3トン、この中でヒト用は591トン、家畜用は飼料添加物も合わせて897.9トン、その他は水産用、農薬などである(5)。
これまでも病院などの抗生物質多用による抗生物質耐性菌の発生はたびたび警告されてきたが、実際の使用量の多くは畜産である。家畜への抗生物質投与の目的には3種類ある。@感染病対策、A感染症予防の為に飼料に混ぜる、B成長初期における投与で生育促進作用がある。いずれせよ、牛や豚、鶏などの家畜は日々の生活環境が抗生物質漬けになっている。こうした環境下で細菌は突然変異を起こし、抗生物質耐性を獲得する。このリスクについてはかなり古くから指摘され、使用量の削減が提案されてきたが、現実には一向に減らない現実がある。
2) 耐性菌増加の原因―その2:遺伝子組換え作物の影響

 現在、遺伝子組換え作物の栽培面先は2017年時点で1.898億ヘクタールにまで拡大している。その中で害虫抵抗性(Bt)が12%、除草剤耐性が47%、その両方を併せ持ったものが41%である(6)。この中で害虫抵抗性作物には本質的に大きなリスクが潜んでいる。それは抗生物質耐性遺伝子である。遺伝子組換え作物の開発過程で、害虫抵抗性が確立出来たか否かを判断するには、細胞に組み込んだ害虫抵抗性(Bt)遺伝子の他にカナマイシン耐性などの抗生物質耐性遺伝子を同時に組み込み、細胞の培養液に抗生物質を入れて耐性になった細胞だけを選別することで、害虫抵抗性遺伝子も同時に組み込まれた事を確認する。これをマーカー遺伝子と呼ぶ。除草剤耐性の場合は除草剤耐性遺伝子自体がマーカーとして働くため、抗生物質耐性遺伝子を入れる必要はない。ところが現在、遺伝子組換え作物全体では害虫抵抗性と除草剤耐性の両方を併せ持つものが増えているため、抗生物質耐性遺伝子は全体の53%に入っていることになる。遺伝子組換え大豆やトウモロコシは、それを食べたヒトや家畜の腸内で分解される過程で抗生物質耐性遺伝子や除草剤耐性遺伝子が、腸内細菌に取り込まれ、腸内細菌が抗生物質耐性や除草剤耐性になることが知られている。これを「遺伝子の水平伝達」と呼ぶ。細菌などの非真核細胞におけるこの現象は古くから知られている。(7)。その結果、家畜やヒトの体内には抗生物質耐性菌が生まれ、感染症になっても抗生物質が効かないリスクが生ずる。実はこうした危険性は遺伝子組換え作物がアメリカで初めて栽培された(1996年)直後から指摘されていた。アメリカの食品医薬品局(FDA)は1998年の報告書(8)「産業へのガイダンス:遺伝子組換え植物に於ける抗生物質耐性マーカー遺伝子の利用について」の中で、遺伝子組換え作物で使われる抗生物質耐性マーカー遺伝子がヒトや動物の腸内細菌に移行する可能性は低いと考えるが、腸内細菌が遺伝子の水平伝達で耐性菌になる可能性は無視できないので十分注意すべきだと警告していた。オーストラリアの保健衛生局は2002年に出した238頁に及ぶ報告書「家畜への抗生物質使用について」の中で、畜産や魚の養殖で大量に使われている抗生物質が耐性菌発生の原因であると指摘し、同時に遺伝子組換え作物の中の抗生物質耐性遺伝子が腸内細菌を抗生物質耐性菌にする危険を警告している(9)。
3) 耐性菌増加の原因―その3:除草剤や枯葉剤が細菌の抗生物質耐性化を加速する

最近、ニュージーランドのカンタベリー大学教授J.A.ハイネマン等は、細菌が抗生物質耐性になる原因として除草剤ラウンドアップや枯葉剤2,4−Dやジカンバが大きな役割を果たしている、という論文を発表して話題になっている(10,11)。彼らはサルモネラ菌や大腸菌を使ってカナマイシンやアンピシリン等6種類の抗生物質耐性になる濃度を調べたが、同時に除草剤ラウンドアップや枯葉剤ジカンバ、2,4−Dを同時に培養液に加えると、通常は耐性菌にならない、はるかに低い抗生物質濃度でも耐性菌になることを発見した。除草剤や枯葉剤のない場合に比べて、これらが存在すれば最大10万倍のスピード(抗生物質濃度比)で耐性菌が発生する、という。通常では耐性菌が発生するはずもない低濃度の抗生物質で、除草剤や枯葉剤が抗生物質耐性菌を生むという結論である。

 細菌は抗生物質や重金属などの毒物に対し自らの身を守るために様々な手段を獲得する。通常は毒物の標的となる酵素などのタンパク質に突然変異を起こしその毒物を結合させなくしたり、毒物を分解酵素で分解して耐性を獲得する。あるいは細胞膜に突然変異を起こし毒物が細胞内に入らないようにすることもある。今回、ハイネマン教授らが研究したのは排出ポンプ機能(efflux pump)と呼ばれるもので、細胞膜にポンプ機能を形成して細胞内に入った毒物を体外に排出する機能の獲得である(12)。この排出ポンプ機能は相手を必ずしも特定の毒物に限らないため、獲得した除草剤や枯葉剤の排出機能が抗生物質をも排出する結果、複数の抗生物質にも耐性を獲得し、多剤耐性菌になったという。ハイネマンはこの現象を「除草剤や枯葉剤が火災現場のガソリンの役割を果たす」と表現している。これは恐ろしいことである。これまで除草剤は遺伝子組換え作物の主役として大豆やトウモロコシや綿、ナタネなどの膨大な面積の圃場で散布されてきた。その結果、世界中の遺伝子組換え作物栽培の現場で抗生物質耐性菌を生み出してきた可能性があるのだ。これに対して病院や畜産の現場において抗生物質使用量を減らす対策をとっても殆ど無意味に近いことになる。
おわりに

 現在、抗生物質耐性菌の氾濫はアメリカだけでなく世界的なレベルで大きな問題となっている。これまでは特定の抗生物質に対する耐性菌に対しては新たな抗生物質の開発などで対処してきたが、多剤耐性菌の登場によりこれでは対処出来なくなっている。勿論、抗生物質の無駄な利用は避けるべきだが、遺伝子組換え作物に内在する耐性遺伝子の水平伝達の問題や、除草剤による抗生物質耐性菌発生の問題には打つ手がない。1996年に除草剤耐性大豆が登場して以来23年、世界の食糧不足を解決すると称して登場した遺伝子組換えは、今や世界の健康を脅かす道具になったと言っても言い過ぎではない。遅きに失するかもしれないが、世界は今こそ遺伝子組換え作物からの撤退を考えるべきではないか。こうした状況にも拘わらず、日本政府は2017年12月に食用作物に対する除草剤ラウンドアップの残留基準を大幅に緩和した。大豆は20ppmのままだが、大麦、蕎麦等は30ppm(150倍)、ヒマワリなど油脂用種は40ppm(400倍)に引き上げた。結果的に、栽培現場での抗生物質耐性菌を増やすことにつながる。これはラウンドアップの発がん作用など健康影響が世界的に問題になりつつある中での逆行でもある。アメリカ等からの更なる輸出緩和の為だが、抗生物質耐性菌の世界的蔓延を更に進める危険がある。

文献
(1)
Antibiotic Resistance Threats in The United States (2019): The U.S. Department of Health and Human Services. Centers for Disease Control and Prevention.
(2)
Deadly superbugs pose greater threat than previously estimated. :Washington Post(Nov 13. 2019)
(3)
Global trends in antimicrobial resistance in animals in low- and middle-income countries. : Thomas P. Van Boeckel et.al. : Science (20 Sep 2019) Vol. 365, issue 6459. DOI: 10.1126/science. Aaw 1944.
(4)
Summary Represents on Antimicrobials Sold or Distributed for Use in Food-producing Animals.: U.S.
Food & Drug Administrations (December 2017).
(5)
薬剤耐性ワンヘルス動向調査・年次報告書2018.:薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会(平成30年11月29日)
(6)
Global Status of Commercialized Biotech/GM Crops in 2017(ISAAA Brief No.53)
(7)
Antibiotic Resistance and Genetically Engineered Plants: Richard Caplan. Institute for Agriculture and Trade Policy. (June 2002)
(8)
Guidance for Industry: Use of Antibiotic Resistance Marker Genes in Transgenic Plants.
U.S. Food and Drug Administration. Center for Food Safety and Applied Nutrition Office of Premarket Approval (September 4, 1998)
(9)
The use of antibiotics in food-producing animals. Commonwealth Department of Health and Aged Care. (September 1, 1999).
(10)
Herbicide ingredients change Salmonella enterica SV. Typhimurium and Escherichia coli antibiotic responses. : B. Kurenbach et.al. : Microbiology (2017. Vol 163, p1791-1801).
(11)
Agrichemicals and antibiotics in combination increase antibiotic resistance evolution.: B. Kuenbach et.al. : Peer Journal (12 October. 2018). DOI 10.7717/peerj.5801.
(12)
Bacterial multidrug efflux pump: Mechanisms, physiology and pharmacological
exploitations.: Biochemical and Biophysical Research Communications. (Vol. 453. 2014). p254-267.