モンサントの壮大なフェイク・ビジネス
   エリック・セラリーニの講演を聞いて
河田昌東(かわたまさはる)
2019/11/04

はじめに
 10月31日、東京でフランス・カーン大学のエリック・セラリーニ教授の講演を聞いた。彼はモンサントの開発した除草剤耐性トウモロコシ(NK603)のラットによる動物実験で発がん性を証明した毒物学者として有名である (1) 。しかし彼の論文に対し膨大な数の批判投稿(後日、その多くはモンサント系の科学者と分かった)を受けて、論文を掲載した科学雑誌 Journal of Toxicology 編集部は彼の掲載論文を撤回した経緯がある(後に別の科学雑誌がこの論文を再掲した (2)。

 この講演で彼は最近の研究成果を紹介した (3) 。その内容は驚くべきものだった。要約すれば、モンサントのラウンドアップ除草剤の本当の毒物は主成分のグリフォサートではなく、グリフォサートを植物の葉から効率よく吸収させるための添加剤だった、という結論である。この結論に私は驚くと同時に大きく納得するところがあった。それはモンサントが1996年にラウンドアップ耐性大豆を販売するにあたって日本政府に提出した「安全審査申請書」の内容に関することである。
ラウンドアップ耐性大豆の安全審査申請書における記述
 私たち名古屋の市民グループ(遺伝子組換え食品の許可申請書を点検するグループ)は、1996年に世界で最初に商品化され、日本にも輸入されるようになったモンサントの除草剤ラウンドアップ耐性大豆の安全審査申請書のチェック活動を2000年に行った。世界で初めての遺伝子組換え作物とあって、モンサントから政府に出された「安全審査申請書」は約5000ページに及ぶ膨大なものだった。

 1年間かけて行った申請書の点検の結果、多くの問題点が明らかになった(詳細は遺伝子組換え情報室のHP参照)。その中で最初に指摘したのは、分析や動物実験に使ったラウンドアップ耐性大豆の試料はすべて除草剤を散布しないで栽培したという記述だった(原文:The large quantities of GTS line 40-3-2 (unsprayed) and line A5403(訳注:非組み換え親株)seed produced in this study were generated for potential use in large-scale processing studies which will produce toasted meal, non-toasted meal, refined bleached, deodorized oil, protein isolate, and heat-deactivated protein isolate (Study94-01-30-43, Experiment 94-480-703). These soybean fractions could be used in future studies, including chemical analysis and sensory evaluation・・・以下略)。

 即ち、モンサントが安全審査申請の為に行った膨大な実験において使用した大豆は除草剤ラウンドアップ耐性にも拘わらず、ラウンドアップを散布しないで栽培されたのである。この時、私たちはモンサントが何故こうした試料を使ったか分からなかった。勿論、このような試料による実験では、当然大豆に含まれるはずの残留農薬の影響は解明出来ないはずで、安全性のテストとして適切でないことは明らかだが、それ以上の指摘は出来なかった。この安全審査申請書の結論は、勿論、化学成分の分析や動物実験の結果、問題なく安全性は保障できる、というものだった。

 後日(2007年)、東京都健康安全研究センターの研究者も遺伝子組換え大豆のラットに対する長期摂取の実験を行い、非組換え大豆と差がなく問題ない、という結論を出した(4)。しかし、この実験に使ったGM大豆はパイオニア社が開発したもので、グリフォサート耐性だがモンサントの除草剤ラウンドアップは使わなかった可能性がある。大豆の農薬検出結果も除草剤グリフォサートの検出限界 0.1ppm で、通常のRR大豆における残留濃度とは大きく異なり、結果的に残留農薬の影響を見ることは出来なかった。
セラリーニ等の研究(その1)
 フランス・カーン大学の毒物学研究者ギレス‐エリック・セラリーニはモンサントの除草剤耐性トウモロコシ(NK603)を使って、ラットの寿命に相当する2年間の長期摂取実験を行った。モンサントの安全審査申請書ではラット20匹に1か月だけ摂取させる実験しか行っていなかったからである。この論文ではRRトウモロコシ単独とRRトウモロコシ+ラウンドアップ撒布、ラウンドアップ水溶液(標準的散布濃度0.1ppb)の3グループに分けて総数200匹のラットを使った。その結果は要約すると、ラウンドアップ耐性コーンを与えられたラットは摂取開始から1か月の間は何事も起こらなかったが、6か月を過ぎたあたりから乳がんや腎臓疾患をはじめ様々な異常が発生した。ラウンドアップを散布したトウモロコシと散布しなかったトウモロコシでは、散布したトウモロコシの方がはるかに障害の程度が大きかった。ラウンドアップ水溶液を与えたラットでも異常は生じた。雌のラットの場合、中には体重の25%にも及ぶ大きな乳がんを発生したラットもいた。GMトウモロコシを与えたラットの死亡率は与えなかったラットの2〜3倍高かった。

 この論文が発表されると世界中に大きな反響があり、同時に実験を批判する多数の投書が出版社に送られた。その内容の多くは、実験に使ったラットの数が少ない、とか使ったラットはもともとガンを発症しやすい等実験結果とは関係のないものが多かった。ラットの数でいえば、私たちの安全審査申請書チェックではモンサントがラウンドアップ耐性大豆の実験にはたった20匹しか使わなかった。ラットの種類についても様々な薬剤の安全性の実験によく使われる系統(Albino Sprague-Dawley)で何ら問題はなかった。

 2014年にはセラリーニ等の論文が間違っている、と批判するチェコスロバキア、スペイン、ドイツ等の研究者によるグリフォサート耐性トウモロコシをラットに90日間与えた実験(5)も出版されたが、これもシンジェンタ社の除草剤 Callisto を使って行われ、モンサントのラウンドアップ除草剤は使わなかった。
セラリーニ等の研究(その2)
 この研究(6)ではグリフォサートを含む様々な除草剤(モンサントのラウンドアップの他、バイエル、シンジェンタ等の他、実際の除草剤に使われる乳化剤その他の添加物、重金属など32種類の薬剤の毒性を植物に散布、あるいはヒトの培養細胞に与える実験を行った。今回のセラリーニ教授の講演会ではその結果の一部が紹介された。植物には非遺伝子組換えトマトが使われた。対象として水を散布、グリフォサート散布、グリフォサート関連除草剤、ラウンドアップの添加物POEAなどを実際の野外での散布濃度と同じに調整して散布し、120時間まで観察した。その結果は驚くべきものだった。グリフォサート単独で散布したトマトは全く枯れなかったにも拘わらず、添加剤POEAだけのものとPOEAを含むグリフォサート製剤だけが枯れたのだった。これは何を意味するのか。除草剤ラウンドアップの実際の有効成分は主成分のグリフォサートではなく添加剤のPOEAだったのである。ヒト培養細胞への暴露実験でも全く同じ結果だった。単純な濃度計算ではPOEAの毒性はグリフォサートの約1000倍だった。
ラウンドアップ添加剤POEAとは何か
 POEAの正確な名前はポリエトキシル・タロウ・アミン(Polyethoxylated tallow amine)である。これは原料が牛や豚などの動物性脂肪を分解・化学処理して作ったもので、グリフォサートなどを植物の葉に効率よく浸透させるための補助添加剤(添着剤・乳化剤)である。アメリカにおける除草剤などの規制当局EPA(環境保護局)の規定ではPOEAは農薬の不活性成分と位置付けられている。除草剤ラウンドアップでは主成分グリフォサートは48%程度、添加剤POEAは15%程度含まれており、実際に散布する際には水で100倍に薄めるためPOEA濃度は1%以下になる。

 今回のセラリーニ等の研究で除草剤ラウンドアップの本当の除草作用の原因物質はPOEAだった事になる。勿論、グリフォサート自身の発がん性(非ホジキン性白血病)は過去に証明されており(7)、この他にも多くの論文がある。結局、ラウンドアップの毒性は主成分のグリフォサートと添加剤のPOEAの相乗作用によりより強化されたと考えられる。モンサントは添加剤の成分や毒性について長らく公開せず、アメリカの規制当局であるEPAにも詳細を隠していたのだった。
モンサントの裁判で明らかになった事
 2018年8月11日、アメリカ・サンフランシスコ地裁は、長年ラウンドアップを使う作業をした結果、白血病になった、としてモンサントを裁判に訴えていたドウエイン・ジョンソン(以下、D.ジョンソン)氏に対し、モンサントの責任を認め2.9億ドル(320億円)の損害賠償を命じる判決を陪審員の全員一致で下した。これはモンサントの長い歴史の中でも初めての事である。同様の裁判は他にも行われ、今年の3月19日、カリフォルニア州連邦地裁は被告バイエルに対し8千万ドル(88億円)の損害賠償を、5月13日カリフォルニア州連邦地裁は夫婦とも白血病になったとして訴訟を起こした原告に対し、被告バイエル社(モンサントを買収)に20億5千万ドル(2200億円)の賠償を命じた。現在、バイエルを被告とする裁判は13000件にも及んでいる。

 この裁判の中で明らかになったのは、モンサントがラウンドアップに含まれる添加剤を秘密事項として隠蔽し、安全性テストはグリフォサートでのみ行い、添加剤を加えた商品である「ラウンドアップ」では行わなかった、と認めた事である(8、9)。この裁判ではモンサント関係者の社内メールが多数公開され、その中の一つで、除草剤ラウンドアップ開発責任者だったドンナ・R・ファーマー博士のメールには「グリホサートとラウンドアップという用語を同じ意味で使用することは出来ません。グリホサートを使った除草剤すべてに「ラウンドアップ」の商品名を使用することは出来ません。例えば、ラウンドアップは発がん性物質ではないと言ってはなりません…その声明に必要な製剤のテストを我々は行っていません」とある。つまり、モンサントはラウンドアップの開発当初からグリフォサートとラウンドアップの毒性の違いを認識し、実験にはラウンドアップを使用しなかった、と認めたのだった。
結論
 上記の様々な事実を考えれば、モンサントは添加剤の毒性を初めから認識しており、初めに述べたように除草剤耐性大豆の安全審査申請書に関わる実験には、全てラウンドアップを散布しないで栽培した大豆を使い安全性を主張した事になる。これは重大な犯罪ではないか。モンサントはラウンドアップ開発当初からグリフォサートの発がん性や添加剤がそれを強化することを知っており、グリフォサートの売り上げを伸ばすために秘密の添加剤を開発し、その危険性を隠すために「ラウンドアップ」ではなく「グリフォサート」を正面に据えてビジネスを行って来たと言える。その結果、ラウンドアップは世界で最も多量に使われる除草剤に成長し、同時に世界中に多くの健康被害をばら撒いてきたことになる。これはモンサントによる壮大なる「フェイク・ビジネス(悪業)」ではないか。

文献
(1) Long term toxicity of a Roundup herbicide and Roundup-tolerant genetically modified maize.
Gilles-Eric Seralini et al. Food and Chemical Toxicology(2012. Nov.) vol.50. p4221-4271.

(2) Long term toxicity of a Roundup herbicide and Roundup-tolerant genetically modified maize.
Gilles-Eric Seralini et al. Environmental Science Europe (2014) vol.26.14

(3) Toxicity of formulants and heavy metals in glyphosate-based herbicides and other pesticides.
N.Defarge et al. Toxicology Reports 5 (2018) 156-163.

(4)遺伝子組換え大豆のF344ラットによる52週間摂取試験
   坂本義光ら. 食品衛生雑誌(2007年6月)vol.48.No3. p41.

(5) Ninety-day oral toxicity studies on two genetically modified maize MON810 varieties in Wistar Han RCC
Rats (EU 7th Framework Programme project GRACE). Dagmer Zeljenkova et al.
Archives of Toxicology (02 October 2014).

(6) Toxicity of formulants and heavy metals in glyphosate-based herbicides and other pesticides.
N.Defarge et al. Toxicology Reports 5(2018) 156-163

(7) A case-control Study of Non-Hodgkin Lymphoma and Exposure to Pesticides. Lennart Hardell et al.
Cancer (March 15,1999) vol.85.No.6 p1353-1360.

(8) F. William Engdahl (30・08・2017)Monsanto: It Ain’t Glyphosate, it’s the Additives!.

(9) The EPA is meant to protect us. The Monsanto trials suggest it isn't doing that. Nathan Donley and Carey Gillam. Guardian (7 May 2019) Opinion. Monsanto.