IrinaV.Ermakova Institute of Higher Nervous Activity and Neurophysiology RAS, Butlerov str., 5a, Moscow, Russia, I_Ermakova@mail.ru, (+7 095 334-43-13).
訳 河田昌東
要旨
遺伝子組換え植物であるラウンドアップ耐性大豆(RR)がビスター・ラットの子どもの出生率と死亡率に与える影響について研究した。交配の2週間前から雌ラット群に実験用飼料に加えRR大豆で作った粉を5〜7g/匹/日の割合で与え、交配、妊娠させ、子どもが生まれてからは授乳中の子どもに対応する量のRR大豆を増加させ与え続けた。対照群にはラット飼料に加え、同量の在来大豆(非組換え)粉を与えた。第3群のラットにはラット飼料だけを与え陽性対照群とした。最初の交配以降、ラットの子どもの行動、生理的状態、体重と死亡率を分析した。GM大豆を添加した飼料を食べた母親から生まれた子どもは高い死亡率(〜55.6%)が観察され、その36%は出生から2週間後の体重が、非GM大豆摂取群の子ども(死亡率6.7%)と陽性対照群の子ども(死亡率6%)と比べ20グラム以上小さかった。これらの実験から、RR大豆はビスター・ラットの子どもに対し、ネガティブな影響を与え、高い死亡率と子どものあるものには体重増加率の低下をもたらすことが明らかになった。
イントロダクション
遺伝子組換え生物(GMOs)は植物や微生物、動物に他の種の生物からの遺伝子を移植し、新たな性質(例え ば病害虫抵抗性や除草剤耐性など)を与えるために、組換えDNA技術で作られたものを指す。目的とする植物細胞に新たなDNA(遺伝子)を導入するために一般的に使われる二つの標準的な方法がある。1)
パーティクルガン法、即ち“ショットガン”法と 2)Agrobacter tumefaciensis という細菌の助けを借りて遺伝子を改変された病原体を細胞に感染させる方法、の二つである。どちらの方法も完全ではなく、導入された植物細胞側のゲノムに影響を与えない保証はない。従って、こうした手法を使って作り出されたGM作物の安全性は、人間や動物の健康、あるいは環境への安全性を保証するものではない。
(Ho and Tappeser, 1997; Kuznetcov et al., 2004; Wilson et al., 2004; Ermakova,
2005)。 GMOの危険性には主に4つの原因があると世界の科学者らは考えている。1)新たに導入された遺伝子自体、あるいはその産物; 2)この技術固有の意図せざる影響;
3) 外来遺伝子と宿主の遺伝子の相互作用; そして 4)自然界での交雑や遺伝子の水平伝達でおこる導入遺伝子の拡散によってもたらされる影響である (World
Scientists' Statement 2000)。
GM作物は自然状態では含まれない物質を含み、日常的に摂取する食物の一部をなしている。それらが我々やその他の動物に与える影響を理解するためには、これらのGM植物の様々な生物に与える影響を数世代にわたって研究することが重要である。現在、こうした研究は科学文献には見当たらない。また、GM作物の動物の代謝に与える有害な影響もいくつか報告されている。 遺伝子組換え生物の悪影響については動物や環境に関して多くの研究がある。
(Traavik, 1995; Ho and Tappeser B., 1997; Pusztai, 1999; 2001; Chirkov, 2002;
Kuznetcov et al., 2004 and others)。 初期には、GM食品を食べさせた動物にネガティブな影響をもたらすとされた。A.プシュタイによって行われた実験では、スノードロップのレクチン遺伝子(殺虫性タンパク質)を挿入したポテトはラットの成長を阻害し、腎臓や胸腺、腓腹筋その他の重要な器官に明らかに何らかの悪影響を与え(1998年)、小腸と腸管免疫系が破壊された
(Ewen and Pusztai, 1999)。 ラットに対するGMポテトの同様な影響はロシア栄養研究所の研究でも得られている (栄養研究所報告,
1998; エルマコヴァ, 2005, コメント)。マヌエラ・マラテスタとその共同研究者らの研究では、GM大豆(ラウンドアップ耐性)を含む飼料を食べさせたマウスの肝臓や膵臓、精巣に有意な変化が観察された
(Malatesta et al., 2002, 2003; Vecchio et al., 2004)。
アーパッド・プシュタイは彼の論文(Genetically Modified Foods: Are They a Risk to Human/Animal Health
(2001))の中で、“GM食品の安全性に関する情報が乏しい状況下で、どうして一般の人々が正しい判断ができようか?”と疑問を呈している。
安全性評価書類の中では、組換え植物のGM成分は、他の遺伝物質とともに人間や動物の消化管で完全に破壊される、と主張されている。しかしながら、外来DNAプラスミドは従来信じられていたよりも消化に対して抵抗性を示すことが明らかになっている。プラスミドDNAもGM-DNAも腸管や唾液の中の細菌中に見つかっている
(Mercer et al., 1998; Coghlan, 2002)。マウスに関する実験的研究では、摂取された外来DNAは消化管内で断片化された形で存続し、小腸壁を通過して白血球や脾臓、肝臓の細胞の核に入り込むことが出来る
(Schubbert et al., 1994)。また、シュバート等の別の研究(Shubbert et al. :1998)では、緑色蛍光タンパク質(訳注:発光クラゲのタンパク質)の遺伝子を含むプラスミド(pEGFP-Cl)や、M13プラスミドDNAを
妊娠中のマウスに食べさせると、そのDNAは胎児や新生児の血液細胞(白血球)、脾臓、肝臓、心臓、脳、精巣その他の細胞に検出された。この著者等は母マウスが食べた外来DNAは発生中の胎児に対して、潜在的に突然変異原になりうる、と考えた。しかし、ブレークとイベンソン(However,
Brake and Evenson (2004))は潜在的な毒物に対する感度の高いバイオモニターとしてマウスの精巣を分析し、遺伝子組換え大豆の飼料が、胎児や出生後の子ども、成熟期と大人になってからの精巣の発達にネガティブな影響を見出すことが出来なかった、としている。
GM作物の哺乳動物に与える影響、特に生殖機能に与える影響に関する研究は欠けている。従って、我々はラウンドアップ耐性大豆を添加した飼料を母ラットに与え、最もよく使われているGM作物がラットの子どもの出生率と死亡率、体重増加に与える影響を調べることにした。
実験材料と方法
飼料とその成分:
ラウンドアップ耐性(RR)大豆は、組換え遺伝子CP4 EPSPSで組み換えたもの (モンサントの40.3.2 系統)。 我々は組換え大豆の母系等を入手できなかったので、在来種の大豆(Trad)品種
(Arcon SJ 91-330, ADM)をオランダから購入した。これはRR大豆と同等の成分と栄養価を持つものである。 これらの生大豆全体を40mlの水と一緒に粉砕してペースト状の粉末を作った。標準的な実験用マウス飼料はモスクワで入手した
(ПК-120-1)。
実験動物:
ビスター・ラットはモスクワ (Stolbovay社)で入手し実験に使用した。これらのラットは実験用飼料で性的成熟期まで成長させた。体重が約180〜200gに達した時、雌ラットを3つの群に分け、別々のケージで通常の条件で飼育した(各ケージに3匹)。
給餌条件は次の通り。 各ケージの雌にはケージの上部に設置された特別な容器から毎日乾燥した飼料ペレットが与えられた。また、飲料水は200ml/匹/日で与えた。大豆紛はケージの内部に設けられた小さな容器で3匹のラット当り(20g×40ml水)与えられた。 即ち1匹当りでは毎日5〜7gの大豆を与えたことになる。
実験プロトコール:
体重180〜200gの雌ラットの一群(3匹ずつ2ケージ)が試験群とされ、ラウンドアップ耐性大豆で調整した粉を5〜7g/匹/日の割合で通常の飼料に加えて2週間与えられた。別の群(雌3匹)は対照群とし、在来大豆Arcon
SJ 91-330で作った大豆粉を同量、飼料に追加投された。我々はさらに、陽性対照群(2ケージに3匹ずつ)として大豆紛を与えないグループを作り、これらの雌には標準的な実験用飼料だけを与えた。これらの群は他の2群に比べて飼料中のエネルギーとタンパク質量が少ないことは認識している。
実験開始後2週間経ってから、3匹の雌は2匹の健康な雄と同じケージ内で交配させた。これらの雄には大豆紛は与えられていない。初めに1匹の雄を、続いてもう1匹の雄をケージに入れ3日間放置した。雌の感染症を防ぐため、(注入された)精子の数と品質の測定は行わなかった。 交配と妊娠中も同じ飼料を与えつづけた。出産後、全ての雌は別々のケージに入れられ、大豆の添加量は生まれた子どもの数に応じてグラム数を追加した。通常飼料と水は実験期間中全ての動物について、無制限に摂取できるようにした。子どものラットが開眼すると、彼等は自力で餌をとるようになった(13〜14日令)ので、添加する大豆の量は2〜3g/子ども/日の割合まで増やした。各ラットは大豆飼料を自由に摂取した。全てのラットは大豆を良く食べた。子どもの臓器を取り出し重さを量った。
統計的分析:
子どもラットの体重は非パラメトリックMann-Whitney検定法で分析し、死亡率と臓器の重量分布はStatSoft Statistica v6.0 Multilingua
(Russia)を使ってニューマン-キュール検定法で分析した。
結果:
RR大豆の定量分析はCP4-LEC-RT-PCR
コンストラクトを使って、大豆粉が100%遺伝子組換え体であることを確認した。在来大豆は非GMだが、同じコンストラクトでごく微量(0.08±0.04%)の混入が認められたが、これは交差汚染によると考えられる(Altieri
and et al., 2005)。
15匹の雌ラットを使った実験の終わりまでに、11匹が出産し132匹の子どもラットが生まれた。6匹の陽性対照群のうち4匹が出産し44匹の子どもが生まれた(平均出産数11匹)。 GM大豆飼料を与えられた6匹のうち4匹が出産し45匹の子どもが生まれた(平均11.3匹)。在来大豆飼料を食べたメス3匹からは33匹の子どもが生まれた(平均11匹)。
GM大豆飼料の雌から生まれた45匹の子どものうち、授乳後3週間以内に25匹が死亡した。一方、同じ期間に在来大豆飼料の群の子どもは33匹のうち3匹しか死ななかった。陽性対照群の子どもは沢山生まれたが、死亡数はやはり3匹であった(表1と写真参照)。
高死亡率は、GM大豆を食べた母親から生まれた同腹の子どもに特徴的な現象であった(表2)。陽性対照群の母親の同腹の子どもは最初の1週間で2匹が死亡し、残り1匹は出生後2週目で死亡した。在来大豆を食べた母親の死亡した同腹の子どもも、やはり出生後1週間で死亡した。しかし、GM大豆を添加した飼料を食べた母親から生まれた子どもは授乳期間中ずっと死に続けた(表3)。
出生2週間後のGM大豆摂取群の子どもの平均体重(23.95g
+7.3 g) は陽性対照群の子どものそれ(30.03g +6.2 g; p<0.005),および在来大豆摂取群(27.1
g + 3.3 g; p<0.1)よりも少なかった。生き残った子どもの数は群で大幅に異なるので、子どもの体重の分布を表4に示す。このデータからGM大豆摂取群の子どもの36%が体重20g以下で、陽性対照群の6%、在来大豆摂取群の6.7%と比べて低体重であるのは明らかである
(図2及び表4参照)。 子どもの臓器の重量測定の結果からは、GM大豆摂取群の子どもの器官が、脳以外は他の群の子どものそれと比べて小さいことが分かる(表5)。この事実はGM大豆摂取群の子どもは他の同令の子どもと比べて内臓器官の発達に変化が起こっていることを示している。 在来大豆摂取群の子どもにもわずかなネガティブな影響が見られたが、この効果は有意義ではなく、恐らくラットの数が少ないことによるものだろう(表1と4)。
GM大豆を食べた雌と生き残った若い子どもたちの死亡率に違いは見られなかった。
考察:
遺伝子組換え大豆(RR)で作った大豆、又は在来大豆の粉を添加した標準的な飼料を食べさせた雌ラットの生殖を、妊娠、授乳、子どもラットの成長に対する影響を見るために研究した。 生大豆は様々な生理活性物質(レクチン、トリプトファン阻害剤など)や雌のホルモン様物質を含むことが良く知られているので
(Pusztai et al, 1998)、これらのデータは大豆紛を含まない飼料を与えた動物の陽性対照群のデータと比較する必要があると考えた。
パンやチョコレートなどおよそ50%の食品に含まれ、広く消費されているこのGM作物が動物の生殖やその子どもにどのように影響を与えるか、そのメカニズムを理解するためには、組織学的、遺伝学的、そして胚毒性学的研究を含む複雑な研究が必要であろう。しかしながら、我々は短期間だけ、交配2週間前から雌ラットに飼料を与え始めるという実験を行わざるを得なかった。しかし、すでに妊娠中のマウスに問題の飼料を与え始めたシュバート(Shubbert
et al. (1998))やブレークとイベンソン(Brake and Evenson (2004))らの研究と違い, 我々の実験では交配2週間前の雌ラットにGMと在来大豆の粉を与え初め、同腹の子どもたちが離乳するまでそれを継続した。
遺伝子組換えのラウンドアップ耐性大豆を与えた母親から生まれた子どもたちは、出世後、陽性対照群(6.8%)や在来大豆摂取群(9%)と比べ、予想外の高い死亡率(〜55.6%)が観察された。 また、この群では授乳期間中にわたって子どもが死亡し続けたが、こうした現象はGM大豆摂取群にだけ生じた。同時に、この群の生き残ったラットの子どもの体重は小さかった。このことは、生き残った同腹の子どもの数は通常の約半分と少なく、個々の子どもにとって利用可能なミルクの量は多いはずなのに、驚くべき結果であった。GM大豆紛の摂取でミルクの量や品質が影響を受けていなければ、子どもの成長にとってはより有利な機会が与えられたはずである。
我々のデータから、新生児に対するGM大豆のマイナスの影響は恐らく二つの因子に媒介されているだろうと推定できる。第一は、遺伝子組換え自体の結果、即ち外来遺伝子の挿入が、シュバートと共同研究者によって観察されたように(Schubert
and colleagues (1998))、生殖細胞や幹細胞、あるいは胚細胞への侵入がもたらした結果の可能性である。彼らの実験では、緑色タンパク質遺伝子を含むプラスミド(pEGFP-C1)又はバクテリオファージM13-DNAを妊娠中のマウスに食べさせた。 どちらの場合もマウスの細胞に外来DNAの存在が認められた。さらに、GM大豆(Windels
et al., 2001)やコメ(Yang et al., 2005)では挿入遺伝子の不安定性が明らかになっている。
第二の要因は、GM大豆のネガティブな影響がGM大豆中の残留ラウンドアップの濃縮でもたらされる可能性である。しかしながら、GM大豆を食べた雌ラットとGM大豆を食べ始めた生き残りの子どもラットにも死亡率増加は認められなかった事から、影響は第一の要因によってもたらされたと考えられる。
謝辞:
貴重な意見とコメントをいただいたスーザン・プシュタイ博士とアーパッド・プシュタイ博士に感謝する。
(データ)
表1 授乳3週間後までの子どもラットの死亡率
実験群 |
生まれた子どもの数 |
死亡した子どもの数 |
死亡数/出生数(%) |
陽性対照 |
44 |
3 |
6.8 % (p=0.000118)* |
在来大豆摂取 |
33 |
3 |
9 % (p=0.000103)* |
GM大豆摂取 |
45 |
25 |
55.6 % |
* GM大豆摂取群と比較して
表2 GM大豆紛摂取の母親の同腹の子どもラットの死亡率
雌 No. |
新生児数 |
死亡数 |
死亡数/出生数(%) |
雌 No.1 |
11 |
7 |
64 % |
雌 No.2 |
8 |
4 |
50 % |
雌 No.3 |
13 |
6 |
46 % |
雌 No.4 |
13 |
8 |
62 % |
表3 死亡した子どもラットの時間別死亡率
実験群 |
1週間 |
2週間 |
3週間 |
陽性対照 |
4.5%(2) |
2.3%(1) |
0 |
在来大豆 |
9%(3) |
0 |
0 |
GM大豆 |
31.1%(14) |
13.4%(6) |
11.1%(5) |
表4 2週間目の子どもラットの体重分布
実験群 |
50〜40g |
40〜30g |
30〜20g |
20〜10g |
陽性対照 |
12.5% |
37.5% |
44% |
6% |
在来大豆 |
0% |
20% |
73.3% |
6.7% |
GM大豆 |
0% |
23% |
41% |
36% * |
* 高度に有意差あり p<0.001
表5 出生3週間後の子どもラットの臓器の重量の例
(0.1M PBS PH7.2、ホルマリン固定後)
No |
体重 |
肝臓 |
肺 |
心臓 |
腎臓 |
脾臓 |
精巣 |
脳 |
N26 正常 |
69 |
3.80 |
1.20 |
0.37 |
0.44/0.44 |
0.52 |
0.34/0.34 |
1.67 |
N27 正常 |
72 |
4.63 |
1.55 |
0.38 |
0.52/0.42 |
0.81 |
0.3/0.3 |
1.60 |
N28 GM大豆 |
35 |
1.83 |
0.6 |
0.19 |
0.28/0.28 |
0.21 |
0.13/0.14 |
1.60 |
N29 GM大豆 |
30 |
1.68 |
0.5 |
0.2 |
0.19/0.20 |
0.19 |
0.14/0.18 |
1.54 |
N30 在来大豆 |
62 |
4.28 |
0.95 |
0.36 |
0.38/0.38 |
0.24 |
0.22/0.26 |
1.76 |
N31 在来大豆 |
63 |
4.35 |
0.94 |
0.39 |
0.42/0.42 |
0.32 |
0.22/0.23 |
1.66 |
図1 子どもラットの死亡率 (%)
図2 陽性対照の母親から生まれた子ども(左)とGM大豆摂取母親から生まれた子ども(右)のサイズの比較。体重はそれぞれ40gと19g。
引用文献リスト: