岩手生物工学研究センターの遺伝子組換え低温耐性イネ
(Sub29-17)の遺伝子に対するコメント

河田昌東(遺伝子組換え情報室)

岩手生物工学研究センターが今回隔離圃場における栽培試験を行う低温耐性イネ(Sub29-17)の遺伝子構成は以下のとおりである。

@ 導入遺伝子:グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GTS):イネ由来Sub29系統の87個体の一つ(?)
プロモーター:ユビキチン(Ubiquitine)のプロモーター:由来不明(イネ?小麦?)
ターミネーター:不明
A 選択マーカー遺伝子
:ハイグロマイシン耐性遺伝子(HPT)
:カナマイシン耐性遺伝子(NPT)  
(両方とも大腸菌プラスミドベクター由来の抗生物質耐性遺伝子)
GTS酵素は動植物、微生物にも普遍的に存在し、細胞内で含硫黄還元性物質グルタチオンをさまざまな毒物に結合して弱毒化し、あるいは水に可溶性にすることで解毒作用を発揮していると考えられている。また近年の研究により、体内の代謝で生ずる活性酸素を還元、無毒化するなど多機能の酵素であることが分かっている。細胞には5種類のGSTが存在し、それぞれの役割を担っている。このようにGST酵素群は毒物を中心とした各種の環境ストレスに耐性を与えるが、低温耐性という特別な機能を持つGST酵素(遺伝子)があるわけではない。今回利用されたGST遺伝子は、いもち病感染イネから分離したGST遺伝子の作るGST酵素による代謝の変化や低温ストレスで発生する活性酸素消費などの間接的結果として低温耐性が獲得された、と考えられる。

明らかにすべき点:
@導入されたGST酵素の種類(アルファ、パイ、ミューなど)と細胞内の所在、機能
Aイネが持つ本来のGST遺伝子の他に何コピーのGST遺伝子が新たに導入されたか。その結果、細胞内のGST酵素の活性は何倍に増幅されたか
B導入GST酵素が低温耐性を付与するメカニズムについて
C 本来のGSTプロモーターでなく、ユビキチン遺伝子のプロモーターを採用した理由
注:
ユビキチンもあらゆる細胞に存在し、エネルギー依存性のタンパク質分解に関わる小タンパク質
問題点:
GSTはさまざまなストレス応答を行うことが知られており、低温耐性付与に伴い予期しないストレス応答機能が同時に付与される可能性がある。そうした点を事前に十分解明する必要がある。例えば除草剤耐性、カドミウムなどの重金属蓄積性などを獲得していないか、など
ストレス応答には非常に多くの(30種類近い)遺伝子が関わっており、一種類の遺伝子を増強することで、他の遺伝子の働きにも影響を与える可能性が高い。このことはこれまで遺伝子組換え作物の安全性を確保すると言われてきた、いわゆる「実質的同等性」で保証する「1個の導入遺伝子の発現」の概念をそのまま当てはめられない可能性がある。
大腸菌由来の抗生物質耐性遺伝子が2種類入っているが、これはコメの中では発現しなくとも、遺伝子が存在すれば食べたあとに腸内細菌に取り込まれ、腸内細菌が抗生物質耐性になる危険性が高い。イギリスの実験で除草剤耐性大豆を一食たべた被験者の腸内細菌が除草剤耐性になった例がある。もし、コメのように常食する食べ物に抗生物質耐性遺伝子が入っていれば、人間の腸内で抗生物質耐性菌が出来る可能性がある。こうした危険性はWHO(世界保健機構)などでも指摘されている。
イネは自家受粉性植物であるとはいえ、0.2%程度は他の株にも受粉する。ストレス耐性が近隣の非組換え体に拡散する危険性はないか。国内には交配可能な野生のイネが存在しないが、将来寒冷地など海外に輸出された場合の交配可能性を事前にどう防ぐか。
ユビキチン遺伝子のプロモーターは、通常遺伝子組換え作物の作出に使われるカリフラワー・モザイク・ウイルスの35Sプロモーター(CaMV35S)よりも強力な構成的プロモーターと言われるが、この導入でGST遺伝子以外の遺伝子の発現に影響はないか
ユビキチン・プロモーター配列の内部には通常、熱ショックタンパク質の発現に関わる配列が含まれる。今回使用した配列には入っているか。入っていれば高温に対する挙動も変化する可能性がある

結論:この組換え体には未解決の問題あるいは未公開の問題があり、情報を公開し広く一般の意見を聞く必要がある。

以上