ゲノム編集と突然変異は同じではない
  ゲノム編集のリスクについて


河田昌東(遺伝子組換え食品を考える中部の会代表)
2025/12/08

はじめに
 ゲノム編集による品種改良(?)が今、世界的に大きな流れになろうとしている。しかし現在、具体的に商品化されたものは日本だけである。高GAVAトマト、マッスル真鯛、巨大なトラフグ等が店頭やネット通販で販売されている。問題は表示である。消費者庁はゲノム編集と突然変異は区別できないから表示の必要がない、という。ゲノム編集を推進するジャーナリストや専門家などもゲノム編集は突然変異と同じだから問題ない、と主張する。だが、最近の研究でこうした主張は間違いであることが分かった。このままゲノム編集生物が多様化し、繁殖されれば生物の進化に対する干渉となり、未来に大きな禍根を残すことになる。
1) 突然変異は何故起こる
 遺伝子はDNAで出来ている。細胞が増殖する際にDNAがコピーされ同じDNAが次世代の細胞に受け継がれてゆく。この時にDNAの塩基配列に変化が起こったり、塩基の欠損等が起こるのを突然変異という。突然変異の原因は様々だが、最も多いのは自然放射線や紫外線、化学物質による塩基配列の変化である。通常、細胞一個当たり、一日にDNAの約2万個所に破壊が起こっている。多くは放射線や紫外線による水分子の分解で発生するフリー・ラジカルと呼ばれる所謂、活性酸素による塩基の分解やDNA鎖の切断である。

 その化学変化を修復するのが「DNA修復酵素」である。生命は大昔、深い海の底で発生した、と言われている。その微生物にはDNA修復酵素が無かったが、DNA修復酵素を獲得した結果、陸に上がり太陽光(紫外線)で発生するDNAの破壊を修復出来るようになり、進化が起こったといわれている。植物は絶えず太陽光の紫外線を浴びてDNAの破壊が起こっているので可視光線のエネルギーを利用してDNAを修復する酵素も獲得し、2種類のDNA修復酵素を持っている。動物の老化は細胞のDNAの突然変異の蓄積で細胞の機能が劣化する事が原因である。稀に、DNA修復酵素を作る遺伝子に突然変異が起こる先天異常がある。早期老化症候群(ハッチンソン・ギルバード症候群)と呼ばれる。生まれたばかりの時は通常の赤ちゃんだが、数歳で老化し早期に死亡する。DNA修復酵素はそれほど重要な酵素である。しかし、DNA修復酵素は万全ではない。稀にDNA修復の際に異なる塩基を挿入したり、塩基を一個欠損したりする「修復ミス」が起こる。その結果が所謂「突然変異」である。

2) 突然変異の結果はランダムではない
 従来、突然変異はDNAのいたる所で均等に起こっている、と考えられていた。放射線照射や化学物質による反応はランダムに起こるからである。その結果、細胞に大きな支障があれば死亡し、影響が小さければ合成する蛋白質のアミノ酸配列の変化や蛋白質の欠損が起こり、生物の形態や機能に変化が起こる。突然変異は特定の塩基配列や遺伝子DNAに起きたり起こらなかったりするものではなく、すべての遺伝子DNAに均等に起こる、と考えられてきた。従って、ゲノム編集も突然変異の一種と考えれば従来の品種改良と変わらない、というのがゲノム編集推進派の主張である。

 ところが最近、DNAの分析が容易になり膨大なDNAの分析で予想外の遺伝子変異が明らかになった。最初にDNAの全構造が解明された植物「シロイヌナズナ」のDNAの解析で分かった例を紹介する(1)。多数のシロイヌナズナのDNAの塩基配列の比較の結果、突然変異の沢山起こっている塩基配列と起こっていない(厳密には極めて少ない塩基の変化)配列が存在する、という結果である。更に、突然変異が多数起こっている配列は「イントロン」という塩基配列で、突然変異が起こっていない(少ない)配列は「エキソン」だった。遺伝子DNAは「エキソン」という塩基配列と「イントロン」という塩基配列が交互に並んでいる。通常、特定の遺伝子DNAには数個から十数個のエキソンとイントロンが交互に並んでいる。蛋白質合成の際には、まずその遺伝子DNAの塩基配列をそのままコピーした「プレ・メッセンジャーRNA」が合成され、それを「スプライシング」という反応が起こって、特定のエキソン同士をいくつかつなぎ合わせてmRNA(メッセンジャーRNA)を作る。このmRNAが蛋白質のアミノ酸配列を決めている。スプライシングは複雑な反応で、どのエキソン同士を結合するかで異なる蛋白質を作る事になる。その結果、一個の遺伝子DNAから複数の蛋白質が作られる。通常、動物や植物の遺伝子は数万個〜十数万個だが、蛋白質の数は数十万個〜百万個もあるといわれている。即ち、スプライシングによって、一個の遺伝子から複数の蛋白質が作られているのである。

 当初、突然変異はDNAの塩基配列によらず一様にランダムに起こる、と考えられていた。しかし最近、機能している遺伝子の場合、エキソンに起こった突然変異はDNA修復酵素によって速やかに正確に修復されて必要な蛋白質が作られるが、イントロンに起こった突然変異はそのまま残る事が証明された。イントロンの変化が何らかの機能を持つ配列になれば、新たな遺伝子として進化の原動力になる、というと仕組みである。更に、Grey Monroe らの研究によれば(1)機能している遺伝子にも突然変異率の少ない遺伝子と多い遺伝子があり、メッセンジャーRNA(mRNA)合成など細胞の蛋白質合成に関わる重要な遺伝子には突然変異率が少なく、水分の量や酸素濃度等の環境変化に適応する等の遺伝子の変異率は高かった。即ち、進化の過程で遺伝子は生命維持に重要な役割を果たす遺伝子ほど突然変異率が小さかった。こうした突然変異の違いが起こるのは、初めにランダムに起こった突然変異を修復する際にDNA修復酵素が細胞の機能に重要な遺伝子を優先して修復するからだと考えられている(2)。こうしたメカニズムを考えれば、ゲノム編集が突然変異と同等だという主張は生物学的に正しくない。何故ならゲノム編集は現在、機能している遺伝子のエキソンを破壊し必要な蛋白質を作らせないようにする技術だからである。こうしたエキソンとイントロンの突然変異率の違いはヒト細胞でも確認されている。現在、エキソンとイントロンの突然変異の違いに関する論文は多数報告されている。
3)DNAの修復は生殖細胞と体細胞で異なる
 最近の新たな研究で更に明らかになった事がある(3)。ヒトの生殖細胞ではDNAのエキソンもイントロンも同等に突然変異を起こし均等に変異が起こっているが、分化した体細胞では上記のようにエキソンは綺麗に修復され、イントロンには突然変異がそのまま残っている、という分析結果である。ゲノム編集の場合、現在機能している遺伝子DNAを破壊する技術(ノックアウト)である。これも明らかに自然突然変異とは言えず生物の進化に対する干渉である。
4) 突然変異ではオフターゲットは起こらない
 ゲノム編集は特定の塩基配列(CRIPR Cas 9 の場合は約20塩基対)を切断、除去する技術である。その結果、当該遺伝子は機能を失い蛋白質を合成出来なくなる。その際、目的とする遺伝子以外をも破壊する「オフターゲット」という現象が起こる。何故なら生物のゲノムDNAには20〜30億個の塩基が含まれており、標的遺伝子の20塩基と同じ配列を持つ遺伝子は多数存在するからである。ゲノム編集では塩基配列のみを認識して切り取るので、こうした標的以外の遺伝子も破壊する。自然突然変異では同じ塩基配列を同時に複数個所変化させるオフターゲットは起こらない。これもゲノム編集が突然変異と違う理由である。オフターゲットの結果、標的外の遺伝子のエキソンも破壊されればその遺伝子の機能も失われる。従って、ゲノム編集ではオフターゲットが起こっていないかどうかのチェックは必須の要件である。消費者庁はゲノム編集と突然変異は区別できないので表示が不要というが、ゲノムDNAの全構造を分析すればオフターゲットの有無は解明出来る。

文献
(1) Mutation bias reflects natural selection in Arabidopsis thaliana:Grey Monroe etal. : Nature vol.602.p101.(3 Feb.2022)

(2) Reduced mutation rate in exons due to differential mismatch repair:Joan Frigora etal.: Natural Genetics vol.49(12), p1684-1692(Dec.2017)

(3) Germline de novo mutation rates on exons versus introns in humans.
Miguei Rodrigues-Galindo etal.: Nature communications (2020)11:3304.



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