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(1) | 遺伝子組み換えから遺伝子操作の時代へ |
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1996年に米国で始まった遺伝子組換え作物(以下、GМ)の商業栽培は猛スピードで広がり、2019年の世界の栽培面積は1億9千万ヘクタール(以下、ha)と日本の面積の4.7倍にまで拡大した。しかし、今この勢いに大きな変化が起こっている。ISAAA(国際アグリバイオ事業団)によれば、2018年度のGМ作物栽培面積はアメリカが筆頭で7500万ha、次にブラジル5130万ha、アルゼンチン2390万ha、カナダ1270万ha、インド1160万haと続く。これらの国だけでGМ栽培が91%を占めている。
何故これほどGМ栽培が盛んになったのか。これらの国に共通しているのは、GМ食品に対する表示制度が無かった事である。一方、EUは世界で最も厳しいGМ食品表示制度を持ち、GМ作物の商業栽培は行ってない。GМ作物の表示制度は市民の食品安全に対する関心の高まりと大きく連動しており、GM作物最大生産国のアメリカでは非遺伝子組換えの有機栽培(オーガニック)に関心が高まり、GМ作物の栽培面積は2018年を境に伸びが止まっている。一方、新たな遺伝子操作技術「ゲノム編集」や人工肉などの「FoodTech」が登場し、新たな経済成長の手段になろうとしている。しかし、その安全審査や非表示による食の安全には大きな問題がある。
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(2) | ゲノム編集や重イオンビーム照射による品種改良 |
| 現在、ゲノム編集食品の商品化を行っているのは世界で日本だけである。サナテック・シード社が開発した高GABAトマト、リージョナルフィッシュ社が開発した真鯛とトラフグ、ヒラメの4種類が国に届け出・商品化されている。重イオンビーム照射という新たな放射線照射技術で開発された「コシヒカリ環1号」はカドミウム(Cd)汚染土壌で栽培してもCdを吸収しない米である。秋田県はこの米と交配して作った「低Cd吸収あきたこまち」を県内で栽培される「あきたこまち」とすべて入れ換えようとしている。国は各県にこの低Cd吸収米を取り入れるよう働きかけている。
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(3) | ゲノム編集や重イオンビーム照射の何が問題か |
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従来のGМは除草剤耐性や害虫抵抗性等の土壌細菌の遺伝子(外来遺伝子)を作物に挿入したもので、異種生物の遺伝子による影響が問題視され、発がん性や抗生物質耐性などが問題となった。しかし、「ゲノム編集や重イオンビーム照射は、生物の遺伝子を破壊するだけなので自然突然変異と同じで安全審査や表示は必要ない」というのが、政府や推進派の専門家の主張である。しかしその主張には大きな問題がある。
自然突然変異で起きる遺伝子の変化の多くはDNAの塩基の変化や、DNAの一本鎖切断で起きる修復ミスによる塩基の変化や1塩基の欠損である。一方、ゲノム編集と重イオンビームはDNAの2本鎖切断で、その修復ではDNAの長い鎖の切除や別の染色体の塩基の鎖が入りこむ等の染色体異常が起きる。その結果、標的遺伝子の働きは破壊されるが、その他の遺伝子への影響や異質な蛋白質出来る等の異常が発生する危険性が高い。こうした問題があるにも拘わらず安全審査や表示を行わないのは消費者の選択の自由を奪うものである。
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(4) | 二極分解の世界へ |
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こうした「生命操作は新たな経済成長の手段になる」というのが国や経済界の狙いである。しかし世界を見渡せば食の安全や環境保護に対する活動は活発化しており、人類の未来に対する見方は大きく分裂しつつある。
産業革命以降、これまでの経済成長の根幹だった資本主義は「人類が自然を支配する」というものだった。しかしその結果もたらされた地球温暖化や感染症の爆発的蔓延などが人類の未来に暗雲となっており、人間もまた自然の一員である、とする新たな自然観・世界観により有機農業が盛んになっている。
(河田昌東 2024年2月12日) |