反論1)
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鳥養教授は、OBTは海水中の海藻や植物プランクトンによる光合成で作られるが、光合成で出来るのはセルロース(細胞膜等)で魚や人がそれを食べたとしても、殆どはそのまま外に放出されDNAに取り込まれることはない、と主張している。これは大きな間違いである。海藻や陸上の植物が育つのは主に炭酸ガスと水による光合成だが、その結果、最初に糖類が生成される際に必要な水素(トリチウム)が炭素と酸素に結合する。その出所は水である。こうして細胞内の代謝反応の第一歩が始まる。光合成で出来た糖類は勿論、セルロース合成にも使われるが、細胞が行う膨大な代謝反応で分解と合成が行われ、アミノ酸や蛋白質、RNAやDNAの原料が作られる。植物細胞内の有機物に結合している水素原子の殆どは根から吸い上げた水(陸上植物)、や細胞表面から吸収した水(藻等)に由来する。その際にトリチウム水が存在すれば水素の代わりにトリチウムが取り込まれる。
トリチウムの環境影響については、過去の核実験による大気や水の汚染がおこり、沢山の研究が行われ論文が発表されている。その最初の論文は1959年に書かれたカリフォルニア大学のV.MosesとM.Calvinの論文である。彼らは緑藻類のクロレラをトリチウム水と14CO2(放射性炭素14を含む炭酸ガス)で培養し、光を当てた場合と暗闇の場合でどのような成分に取り込まれるかを実験した。光合成で最初に出来たのは糖リン酸、リン酸グリセリン、アミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)、リンゴ酸であった。その後、これらの物質が様々な代謝経路を経て多くの有機物に取り込まれた。
その後も数多くのトリチウムの取り込みに関する研究が行われた。それらをまとめたレビューがフランスのC.Boyer 等によって書かれた(2009年)。その中でBoyerらは光合成が植物の非交換型有機結合トリチウム(DNAなど)の最も重要な供給源であることを指摘している。
また原発推進で知られる国際原子力機関(IAEA)は1981年に「いくつかの典型的な生態系におけるトリチウム」という117ページに及ぶ報告書を出している。この中でベルギー、フィンランド、フランス、ドイツ、インド、メキシコ、オランダ、フィリッピン、タイ、アメリカ等の研究者が参加し、トリチウム・ガスとトリチウム水の環境影響、主に動植物による取り込みのメカニズムに関する研究結果をまとめている。
一例を紹介すると、アメリカのローレンスリバモア研究所はトリチウム水で海藻のアオサを8か月栽培した。また他の研究機関は緑藻のセネデスムスとクラミドモナスを12〜42日間トリチウム水で培養しその濃度を調べた。その結果によると細胞内のトリチウム濃度は最終的には培養液中の濃度とほぼ同じレベルにまで達した。細胞内の組織結合性トリチウム(TBT:訳注OBTと同じ意味)濃度は藻類の種類によって異なるが、培養液中濃度の40〜90%に及んだ。TBT濃度が最大に達する時間は培養を始めてから約10日だった。その他、膨大な実験結果とその解釈が記録されている。
鳥養教授は植物プランクトンや海藻のトリチウム汚染は細胞のセルロースの汚染でありDNAには取り込まれないと主張するがそれは明らかな間違いであり、植物に取り込まれたトリチウム水は細胞の様々な有機物成分の原料となって汚染をもたらす。DNAの汚染もその一部である
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反論2) |
鳥養教授は光合成では汚染が起こらず、細胞内の有機物のトリチウム汚染は「同位体交換反応」と呼ばれる原子の交換で起こるが、その速度は遅いのでDNA汚染は小さい、と主張する。細胞内で有機物に結合する水素原子が周辺の水(H2O)と水素原子を交換する「同位体交換反応」は良く知られた現象である。鳥養教授のレジュメでは炭素原子に結合する水素がトリチウムに置き換わる図が示されている。
同位体交換反応における水素原子の置換は相手の原子で大きく異なる。アミノ酸やATP等の窒素や酸素、リン等に結合する水素は比較的容易に細胞内の水の水素原子と置き換わる。トリチウム水があればトリチウム原子が水素と置き換わり有機トリチウムが出来るし、その逆の交換反応も起こる。これらの交換反応は早いことが分かっている。問題は炭素(C)に結合した水素の交換である。この結合は安定で容易に水の水素原子とは置き換わらない。鳥養教授はこの炭素と結合した水素の交換反応のみを示しているが、それは正しくない。反論1で示したように、OBTの多くは炭素原子に結合しており、そのトリチウムの由来は同位体交換反応ではなく、細胞内の様々な代謝反応である。従ってトリチウム水のトリチウム元素が交換反応で有機物の炭素原子に結合しにくい事象は汚染の起こりにくい理由にはならない。鳥養教授はこうした事情は知っていながら、敢えて起こりにくい事象を例示し、トリチウム水放出の危険性を過少評価しているのではないか。
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反論3) |
魚介類のトリチウム汚染の真の原因は「食物連鎖によるOBTの摂取」である。海産動物の魚介類の多くは食物連鎖によって成長する。小さな魚介類はプランクトンを摂取し、大きな魚類は小さな魚介類を餌にして成長する。水中の無機物を摂取して有機物を合成する事はない。即ち、魚介類の多くは最初からトリチウム汚染のあるプランクトンや藻類、小魚を食べる事によって、有機物として蛋白質や糖、核酸などを取り込み、分解してアミノ酸やブドウ糖、核酸の成分であるヌクレオチド等にしてから自らの細胞成分を合成する。魚介類は最初からOBTを取り込むことで自らのOBT汚染が速く、高濃度になると考えなければならない。DNAのトリチウム汚染の原因として同位体交換は論外である。
実際の例がある。英国のセラフィールド再処理工場はトリチウム汚染水の大量排出で著名である。データによると2004年のトリチウム年間排出量は3500TBq(テラベクレル1012Bq)で、周辺海域の魚介類のトリチウム汚染はカレイ(200Bq/Kg)、ムール貝(15Bq/Kg)、何れも湿重量あたりである。これに対し排水に有機物が多い英国カーディフ生命科学研究所の排水中トリチウムは2000年に年間100TBqで、セラフィールドの35分の1に過ぎないが、その周辺の魚介類のトリチウム汚染は20000〜50000Bq/Kg(湿重量)と、セラフィールドの200〜500倍も高い。これは排水中に有機トリチウムが多く含まれているのが原因であることが分かっている。このように、魚介類の餌に有機トリチウムが含まれているか否かで、汚染は大きく変わる。この事に関して注意すべき事がある。魚介類のトリチウム汚染を心配する漁協や鳥養教授も提案している「トリチウム水で魚を飼う実験」である。上述したようにトリチウム汚染の主な原因は水や餌にOBTを含むかどうかであり、汚染したプランクトンや餌を与えない実験は意味がない。
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反論4) |
福島原発の汚染水の成分について。
福島原発に貯蔵されている汚染水の量は既に述べた通り、120万トン、トリチウム量は860兆ベクレルと言われている。既に報道されているが、この汚染水は純粋なトリチウム汚染水ではない。トリチウム以外に、ストロンチウム90やヨウ素129、ルテニウム106等の放射能が基準を超えた濃度で全体の約70%に含まれている。東京電力はこれらを再処理して基準以下にしてから海洋放出するというが、除去できるかどうかは確かでない。加えて、大きな問題はこれらの汚染水には放射性炭素14(C14)が含まれている事である。炭素は水中で単独の元素では存在しない。その多くは有機物の形で存在する可能性が高い。即ち、C14とトリチウムを同時に含む有機物の可能性が高い。このC14有機物は東電の試験によればALPSの再処理では除去出来ない。
また、タンクの一部から硫化水素が発生しており、その貯留タンクには硫酸還元菌が繁殖していた。この菌も当然トリチウムで汚染しOBTとC14を含んでいる。こうした汚染物質を除去しなければ放出された汚染水は速やかに魚介類の汚染につながる。
何故このような汚染が起こるのか。それは原子炉内に流入する地下水が原因である。現在もメルトダウンした原子炉には毎日140トンの冷却水が投入されているが、その他に山からの地下水が流入している。事故直後は膨大な量が流入した。今も大雨が降れば地下水には山からの汚濁物や泥水が混入している可能性がある。汚染水は決して水道水や蒸留水の様に純度が高くない。その結果が細菌の繁殖や有機トリチウム(OBT)の発生につながり、最終的には海の魚介類や海産物の汚染をもたらす事を忘れてはいけない。東電は全てのタンクについてOBT含量を分析し除去すべきである。
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