福島原発のトリチウム汚染水(2)---- その処理技術について


河田昌東(NPO法人チェルノブイリ救援・中部)
21/06/13
トリチウムを含む水は通常の水(軽水)と化学的性質は同じなので化学処理は困難だが、物理的性質は大きく違う。その違いを利用すれば処理は可能である。例を挙げると、原爆や原発の燃料に使われるウラン235(U235)は天然ウラン(U238)に0.7%含まれる。化学的性質は同じで質量が1.2%しか違わない両者を分離精製し、U235を100%に濃縮すれば原爆に、5%に濃縮すれば原発の燃料になる。現実に使われているこの技術は当然と疑いもしない。それに比べれば軽水とトリチウム水の物理的性質の違いははるかに大きく、軽水の質量(18)とトリチウム水の質量(H-O-Tは20、T-O-Tは22)の違いを利用すれば両者は分離精製可能である。現在貯蔵中の860兆Bqのトリチウム汚染水は、もし100%に濃縮出来れば理論的にはHOTはたったの15.9g、TOTは8.8gにしかならない。仮にこの千倍薄いとしても百年や千年の間安全に保管するには何の問題もない。世界の原子力産業界がそれをやらなかったのは単に膨大なコストがかかる為である。
●軽水とトリチウム水の物理的性質の違い
軽水(H2O)とトリチウム水(T2O)の物理的違いを表に示す。要約すればトリチウム水は軽水と比べて1.2倍重く、沸点は1.5℃高い。軽水は0℃で凍るがトリチウム水は4.48℃で凍る。こうした違いを利用して様々な分離精製技術が開発されている。

以下に幾つかの例を紹介する。
性 質
H2O
T2O
質 量
18.02
22.03
密 度
g/ml
1.0
1.21
沸点℃
99.97
101.5
融点℃
0.0
4.48
(1)
GE日立核エネルギー・カナダ(株)は沸点の違いを利用した軽水とトリチウム水の分離技術を開発している。カナダの原発は炉心冷却に重水(D2O)を使うので、排水にトリチウムが大量に含まれ、大きな問題になってきた。同社はカナダのダーリントン原発の排水をこの方法で一部処理している実績がある。同社は福島原発のトリチウム汚染水を一日500トン処理する設備を設計し、それに必要な電力は2.5〜4 万キロワットと計算している。これが事実なら120万トンの汚染水を6年半で処理できる。
(2)
アメリカのニュ−クレア・ソリューション(株)は、軽水とトリチウム水の融点の違いを利用した分離技術を開発し、特許(日、米、欧)を取得している。軽水は0℃で凍り、トリチウム水は4.5℃で凍るので、0〜1℃に冷やした円錐形の容器の表面に汚染水を流せばトリチウム水は容器表面に凍り付き軽水はそのまま流下する。これを繰り返せばトリチウム水の氷が分離できる、というアイデアである。
(3)
近畿大学と東洋アルミ(株)はアルミニウム粉末を焼結して作った特殊な多孔質フィルターを開発した。トリチウム水を含む蒸気をこのフィルターに通すと軽水はフィルターを通り抜けるがトリチウム水はほぼ100%フィルターに残る、という。軽水とトリチウム水の質量の違いを利用したこの技術を実用化・大規模化できれば、福島の汚染水を海洋放出しなくても良くなる。
(4)
京都大学の研究者らは酸化マンガンの特殊な結晶構造(スピネル型)をもつ化合物が、室温下でトリチウム水を酸化分解し、トリチウムイオン(T+)を吸着し水素イオン(H+)を放出する、という性質を利用して汚染水の処理が出来る事を実証した。
(5)
アメリカのキュリオン(株)はトリチウムを含む水を電気分解し、ガス状の水素とトリチウム、酸素に分離し、特殊な反応塔を通過させるとトリチウム・ガスは少量の水に吸収され、水素と酸素は分離される。こうした反応を繰り返してトリチウム水だけを濃縮する。同社はこの実証実験に基づいて福島原発の汚染水の1日400トン処理に必要な設備面積、費用、処理期間運転費用などを提案している。
他にも様々な処理技術が提案されている。国の国際廃炉研究技術開発機構の汚染水技術調査チームは2013年に福島原発の汚染水対策に関する国際的な技術提案を募集した。その報告によるとトリチウム汚染水の処理に関して世界中から182件の応募があった。しかし同チームはこれらの提案を詳しく検討することなく、全てはまだ実験段階だと判断し現実的な対策は海洋放出しかないと結論した。 東電と国のこのような姿勢の背景にあるのは、世界中の原発で排水中のトリチウムを処理している国はなく、福島原発で処理が出来るとなれば原発の運転に関して国際的な影響が大きいことが挙げられる。また、今後稼働予定の青森県六ケ所村再処理工場は、もし稼働すればトリチウム汚染水の排出量は福島原発で貯蔵中汚染水のトリチウムの20倍を年間排出する予定である。国は勿論その処理を行うつもりはない。排水中のトリチウム処理には当然過大なコストが必要であり、原発の経済性はますます否定的評価に傾くことは疑いない。

●最後に
原発のトリチウム排水問題はある面で地球温暖化の問題によく似ている。温暖化の原因、炭酸ガスは自然界に大量に存在し、多少の増加があっても環境への影響は無視できる、という考えが従来は支配的であった。しかしこうした楽観論を覆えす自然災害が近年多発するようになり、再生可能エネルギーの技術も進んだことから脱炭素論が経済界も含めて支配的になった。しかし現実的な対策が気候変動に追いつくかはまだ分からない。
トリチウムは過去の大気中核実験により大気や河川、海水の汚染が高い時代があった。それが国連の大気圏内核実験禁止条約締結(1963年)によりすべてが地下核実験になり、大気中や水中の濃度は大幅に低下した。また、宇宙線によるトリチウムの生成で現在も海水中に1〜2Bq/L存在する。更に他の核廃棄物と比べエネルギーが小さく生物的影響は小さい、と考えられてきた。これに核燃料再処理や原発で排出されるトリチウムが追加されたとしても大きな影響はないだろうとの楽観論が現在も支配的である。
しかしこのままの状況が続けば世界の環境中のトリチウム濃度が増加するのは避けられない。特に核燃料再処理が始まれば、桁違いな汚染が生ずる。地球の海の汚染が広がればすれば海産物の汚染は避けられない。我々はそれを食べざるを得ない状況下で暮らすことになろう。我々は今出来る事をやらなければならない。それが未来世代への責任である。



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