クリスパーによるヒト胚のゲノム編集は染色体の大規模な破壊をもたらす

ゲノム編集によって大規模なDNAの欠損と再配列が起こるという研究はゲノム編集に関する懸念を高める


訳:河田昌東
Nature vol.583, p17 (2 July 2020)
by Heidi Ledford

CRISPR‐Cas9を使って人間の胚を変える一連の実験により、ゲノム編集過程で標的部位またはその近くのゲノムに望ましくない大きな変化が生じる可能性がある事が明らかになった。

この研究は先月、プレプリントサーバーbioRxivで公開されておりまだ査読論文にはなっていない(1-3)。要約すれば、これらの研究は一部の人がCRISPR-Cas9によるゲノム編集のリスクが過小評価されている、と言っている事の内容をよく示してくれる。これまでの研究では、このツール(Cas9)は標的サイトから遠く離れた場所に「オフターゲット」の遺伝子変異を作るとされてきたが、これらの最新の研究で明らかになったのは、これまでの標準的な評価方法(訳注:オフターゲトの検出方法)では、ゲノム編集の標的サイト近くで起こる変化(オンターゲット)は見落とされる可能性がある、という事実である。「オンターゲットはより重要であり、これを排除するのははるかに困難である」とキャンベラのオーストラリア国立大学の遺伝学者Gaetan Burgioは言う。

こうした安全性に関する懸念は、科学者が遺伝病予防のために人間の胚を編集する事―これは世代に受け継がれるゲノムに永続的な変更を加えるため、議論の余地があるプロセスだがーを認めるべきかどうかについて、現在進行中の議論に新たな情報を提供する可能性がある。CRISPRを使用して人間の胚を編集する最初の実験は2015年に行われた。しかしそのような研究は現在まだ稀であり、一般的には厳しく規制されている。2018年に中国の生物物理学者He Jiankui−人工授精された人間の胚を編集したことで唯一知られている人物−がゲノム編集された双子の赤ちゃんが中国で誕生したと発表したため、この研究は非倫理的であると広く非難された。その後、彼は「違法な医療行為」を行ったとして刑を宣告された。

「生殖目的のための人間の胚の編集または生殖細胞系列の編集は、もしこれが宇宙へのロケットの発射だったら、今回の新しいデータは、離陸前にロケットが発射台で爆発することに相当する」と、カリフォルニア大学バークレー校でゲノム編集を研究しているが、最新の実験には関っていないFyodor Urnovは言う。
意図しない影響
今回の研究は、人間の胚がゲノム編集ツールによって切り取られたDNA‐CRISPR Cas9によるゲノム編集のキーステップーをどのように修復するかについてほとんど解っていない、と英国のニューカッスル大学の生殖生物学者Mary Herbertは強調する。「DNA切断酵素で遺伝子の攻撃を始める前に、そこで起こっていることの基本的なロードマップが必要です」と彼女は言う。この研究の最初のプレプリントは6月5日、ロンドンのフランシス・クリック研究所の発生生物学者 Kathy Niakanと彼女の同僚によってオンラインに投稿された。その研究(1)ではCRISPR-Cas9を使用して、胚発生に重要な役割を持つPOU5F1遺伝子に変異を作成した。18個のゲノム編集胚のうち、約22%にPOU5F1を取り巻く広範囲のDNAに影響をもたらす、意図しない不要な変化が含まれていた。これにはDNAの塩基の再配列や、数千個のDNA塩基の大きな欠損が含まれる。

ニューヨーク市コロンビア大学の幹細胞生物学者 Dieter Egli が率いる別の研究グループは、突然変異で失明を引き起こすEYSと呼ばれる遺伝子を持つ精子で作られた2個の胚を研究した。このチームはCRISPR?Cas9を使用してEYES遺伝子のDNAを破壊すると、胚の約半分で、EYES遺伝子を含む染色体の大きなDNA領域、時にはその全てを失うことが分かった。「これは科学界の私たち全てがもっと真剣に受け止めるべき事実です」

ヒト胚のゲノム編集はゲノムに遺伝的変化をもたらすという矛盾を抱えている。

更に、ポートランドにあるオレゴン健康科学大学の生殖生物学者Shoukhrat Mitalipov が率いる3番目のグループは、心臓疾患を引き起こす突然変異を伴う精子を使って作られた胚を研究した(3)。このチームはまた、突然変異した遺伝子を含む染色体の広い領域にゲノム編集が影響を及ぼしている兆候を発見した。これらすべての研究は、研究者達は胚を科学的な実験目的でのみ使用し、妊娠させるために使ったわけではない。これら3つの論文のプレプリントの主要著者は、論文が査読付きのジャーナルで発表されるまで、Natureのニュースチームとの詳細については話し合いを拒否した。

こうした遺伝子レベルでの変化は、ゲノム編集ツールを利用した際のDNA修復プロセスで起こるものである。 CRISPR‐Cas9はガイドRNA鎖を使ってCas9酵素を同様の配列を持つゲノム内の部位に誘導する。次に、DNA分解酵素がその部位でDNAの両方の鎖を切断除去し、その後細胞の修復システムがそのギャップを結合修復する。上に述べたDNAの欠損はその修復プロセス中に起こる。ほとんどの場合、細胞は、少数のDNA塩基を挿入または削除できる、エラーが発生しやすいメカニズムを利用して、カットされたDNAの2本鎖を再結合する。研究者がDNAテンプレートを提供した場合、細胞はその配列を使用してカットを修正し、正しい配列に書き換えを行う可能性がある。しかし、壊れたDNAは染色体の広い領域のシャッフルまたは欠損を引き起こす可能性もある。
マウス胚や他のヒト細胞でCRISPRを使用したこれまでの研究では、ゲノム編集が大きな望ましくない影響を引き起こす可能性があることを示している(4,5)。しかし、さまざまな細胞タイプによって、ゲノム編集に対して異なる対応をするので、ヒトの胚でのゲノム編集ツールの働きを実証することは重要だと Urnov は言う。上に述べたような遺伝子の再配列は簡単に見逃される可能性がある。即ち、一般に多くの実験では単一のDNA塩基の変更や数個の塩基の挿入又は削除等、意図しない変化を探すことが多い。しかし最新の研究では、ターゲット近くで起こる大きな変化に注目して探した。「これは、科学コミュニティーの私たち全員が、すぐに始める事が出来て、今持っている情報よりもより真剣に取り組むべきテーマです。これは一時的な気まぐれではありません」と Fyodor Urnov は言う。
遺伝的変化
紹介した3つの研究は、DNAの変化がどのように生じたかについて異なる説明を提供した。
EgliとNiakanのチームは、胚で観察された変化の大部分を標的遺伝子周辺の大規模なDNAの削除と再配置だと解釈した。代わりにMitalipovのグループは彼らが見つけた40%に及ぶ変化は、遺伝子変換と呼ばれる現象によって引き起こされた、と解釈した。これはDNA修復プロセスでは、ペアの一方の染色体DNAからその配列をコピーして、もう一方を修復するという反応である。

Mitalipovと彼の同僚達は2017年に同様の調査結果を報告したが、一部の研究者は胚で頻繁な遺伝子変換が起こる可能性がある事に懐疑的だった。
 Egliと彼の同僚は、最近の研究で遺伝子変換をテストしたが、そうした現象は見つからなかった。BurgioはMitalipovの研究で使用されたアッセイ方法は2017年に使用されたアッセイ方法と類似していると指摘した。1つの可能性は切断されたDNAの修復が、染色体に沿ってさまざまな位置で異なる形で修復することだ、とソウルの基礎科学研究所の遺伝学者であり、Mitalipov のプレプリントの共著者 Jin-Soo Kim, は指摘する。

1. Alanis-Lobato, G. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2020.06.05.135913 (2020).
2. Zuccaro, M. V. et al. Preprint at bioRxiv https://doi. org/10.1101/2020.06.17.149237 (2020).
3. Liang, D. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2020.06.19.162214 (2020).
4. Adikusuma, F. et al. Nature 560, E8?E9 (2018).
5. Kosicki, M., Tomberg, K. & Bradley, A. Nature Biotechnol. 36, 765?771 (2018).
6. Ma, H. et al. Nature 548, 413?419 (2017).


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