密かに進められている種苗法改定
2020/04/04

河田昌東(遺伝子組換え情報室)
はじめに
 米、麦、大豆などの主要農作物種子法廃止は全国の生産者・消費者の大きな反発を受け各都道府県で独自の条例制定が進んでいる。愛知県においてもこの3月25日の県議会で各会派の全会一致で種子条例が制定された。23日には石川県議会でも条例制定が決まり、これまでに17道県が種子条例を制定し、なお広がりつつある。しかし農業の大規模化・企業化を進める政府は今、新たな法改定を進めている。新型コロナ騒動で殆ど報道もされないが3月3日、安倍政権は「種苗法改定案」を閣議決定し衆議院に提出した。5月には可決される可能性がある。その内容を要約すれば、これまで農家などが自家採種し栽培してきたコメや野菜など登録された全ての農作物の自家増殖を禁止する、という改定である。
種苗法ってなに?

 種苗法は1978年に作られた農作物の品種登録制度で、様々な品種の育成と流通を促し農業の発展を目指して制定された。これはヨーロッパの国々が品種開発者の権利を守るために締結した「植物の新品種保護に関する国際条約(UPOVと略)に加入するために作られた法律である。その結果、農作物には新品種開発者の知的所有権(特許)を保護するための「登録品種」と在来種などを指す「一般品種」に分けられ、登録品種に関しても購入した種子を栽培し突然変異などでさらに良い性質が見つかった場合、農家はその種子を採り栽培して新たな品種を作るなどの「自家増殖」を原則容認し、その上で例外的に自家増殖禁止の品種を省令で指定する、という制度だった。今回の改定案は農家による登録品種の自家増殖を一切禁止し、破った場合は損害賠償の対象になるとした。これに違反すれば10年以下の懲役または1000万円以下の罰金が科される、という内容である。
種苗法改定なぜなの?

 政府は国内で開発された優良品種の種子などが許可なく海外に持ち出され、開発者の権利が侵されることを阻止するためだ、という。これまでブドウの品種「シャインマスカット」やイチゴ等が中国や韓国に流出して問題になった例がある。こうした優良品種の海外流出を防ぎ、開発者や研究機関の権利を保護するのが今回の改定の狙いだと農水省は言う。しかし、こうした海外流出を防ぐには相手国で品種登録を行えば済むことで、それが最も効果的だと農水省も認めている。国内での自家採種禁止で海外流出を防ぐことは実際上困難である。今回の種苗法改定の真の狙いは、農家の自家増殖を禁止し、新品種登録がなかなか増えない民間企業による新品種開発を促し、独占的に種苗を利用できるようにする「育成者権」の保護強化である。因みに、種子法廃止に伴う法案では、都道府県の農業試験場などがこれまで開発した新品種の技術情報を積極的に民間企業に提供するように、との但し書きがある。ここで言う「民間企業」には国内にとどまらず外資企業も含まれる。
種苗法改定でどうなるの?

 前述のように、これまでの種苗法では自家増殖を「原則容認」し、例外的に禁止する品目を省令で定めてきた。農水省がこれまでに定めた「自家増殖禁止」品目は次第に増加し、現在は387品種に及ぶ(2019年)が、今後は「自家増殖は原則全て禁止」という方向に変わる。これまで自家増殖が禁止されてきた品目は、挿し木や挿し芽などで容易に増殖出来る果樹や野菜など(栄養繁殖という)に限られてきたが、今後は種子による繁殖も禁止品目に加えていく、と農水省は言っている。農水省は種苗法改定でも従来通り、在来種や一般品種に関しては自家増殖可能だというが、これまでも「例外規定」で自家増殖禁止品目を次々に増やしてきた事は上で述べたとおりである。
種苗の自家増殖禁止で何が問題?

 これまでは農家が購入した登録品種のコメや麦、野菜なども開発者の許可を得てその種子を自家採種し栽培する事は可能だった。その際に新たな性質を持つ突然変異などの種子を採り自家増殖することで種の多様性が守られ、地域に適した品種や気候変動に対処できる等、種の多様性が守られてきた。しかし種苗法改定で自家増殖が禁止されれば、こうした農家レベルの工夫も出来なくなり、長い目で見れば農業の衰退につながる。何故なら企業化された大規模農業はその時々に売れる品種しか作らなくなり、今起こりつつある気候変動などに対処出来なくなる恐れがある。即ち、種子法廃止と同様のリスクが伴うのである。更に小規模農家は自家採種が出来なくなれば経済的に成り立たなくなり農業全体の衰退につながる。
海外ではどうなの?

 UPOVはじめ海外でも育成権者の権利擁護は進められているが、様々な例外で小規模農家は守られている。例えば、UPOV91では、育成権者の権利を擁護しつつも「自家増殖を認めるかどうかは各国の裁量に任せる」と規定し原則禁止ではない。EUでは自家増殖の際に育成権者に補償金を払う必要があるが、小規模農家はその義務が免除され農家は守られている。
 一方、アメリカでは2011年に成立した「食品安全近代化法」と名づけられた法律で自家採種が禁止されている。この法律では食品の安全確保を口実に家庭菜園での栽培や採種を禁止し、政府が認めた種苗だけを公認機関から買わなければならない。家庭菜園で種を採ると犯罪になり、その野菜を勝手に売ると逮捕・投獄も認められている。この法律は別名「モンサント法」と呼ばれ、農業を政府が認めるモンサント等の大企業の傘下に置くことが狙いである。「種子を支配する者は世界を支配する」というのがアメリカの世界戦略であり、遺伝子組換え作物がその典型である。アメリカの多くの種苗会社は農薬企業だったモンサントに買収され、モンサントはまたドイツの薬品企業バイエルに買収された。
種苗法改定の背景

 種子法廃止や種苗法改定の背景には安倍政権が2017年5月に制定した「農業競争力強化支援法」がある。そこには「種子その他の種苗について、民間事業者が行う技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進するとともに、独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること」と書いてある。これまで膨大な時間と経費をかけて開発してきた農作物の品種を企業は少し変えるだけで特許の対象に出来、種子法廃止や種苗法改定で新たな権益を確保できる日本はアメリカにとって格好のターゲットなのだ。