ゲノム編集医療の危険性
河田昌東(かわたまさはる)
遺伝子組換え情報室
2019/09/19

はじめに
 昨日、2019年9月17日、アメリカのBBCニュースは「ついに風邪を完全予防?ゲノム編集で、アメリカの研究」という報道をした。米スタンフォード大学とカリフォルニア大学の研究者25名による共同研究で、風邪やウイルス病の感染を完全に予防できる可能性のあるゲノム編集が出来た、という報道だ。これらのウイルスが増殖する際に必要な蛋白質(SETD3蛋白質)は人間やネズミなど動物が持つタンパクだが、この遺伝子を破壊すると風邪の原因ウイルスの増殖が完全に抑えられた、という。風邪は世界中の人間が感染する病気であり、これを予防出来るとなれば予防医学の大きな成果になるだろう。しかし、待ってほしい。この研究が破壊したSETD3遺伝子にはもっと大切な別の機能があるのだ。遺伝子が持つ複雑な機能を無視して単純化し、あたかも画期的な技術であるかのような報道は危険である。

SETD3とは何か
正確にはアクチン・ヒスチジン・メチルトランスフェラーゼ・SETドメイン3(actin histidine
N-methyltransferase SET domain containing3)という酵素を作る遺伝子の略称である。哺乳類の筋肉はアクチンとミオシンという蛋白質から出来ており、筋肉の収縮機能を支えている。SETD3はこのアクチン蛋白質のN末端から73番目のヒスチジン(His)というアミノ酸にメチル基を結合させる酵素を作る遺伝子の名前である。人では第14番染色体上にある。この酵素が働き、子宮平滑筋のアクチン蛋白質をメチル化すると子宮が刺激によって収縮し、出産の働きを助ける大切な働きがある。SETD3遺伝子が壊れると出産の際に子宮の収縮が起こらず、原発性難産という出産異常をもたらす事が分かっている。その他、筋肉の発達に伴う様々な機能が報告されている他。

SETD3と風邪ウイルス
今回の研究は、風邪の原因となるウイルス(ライノウイルス)やポリオ・ウイルスが細胞内で増殖する際にこの蛋白質が利用されていることを突き止め、この蛋白質の遺伝子SETD3をゲノム編集で破壊すればウイルスが合成されないことを突き止めた、という報告である。その結果、実験に使ったネズミは風邪ウイルスに全く感染しなくなった。従って予めゲノム編集で人体のSETD3遺伝子を壊しておけば風邪をひくことはなくなるという。勿論、まだまだ実験段階であり実用化には遠いが、SETD3蛋白質の働きを阻害する薬剤が開発できれば風邪の予防につながる、という。

単純な思考の危険性
SETD3蛋白質を不活性化すれば確かに風邪を予防で出来るかもしれない。しかし、同時に妊娠中の女性には出産障害という大きなリスクが伴う。また、成長途上の子どもにとっては筋肉の発達が妨害される危険性もある。一個の遺伝子が一個のタンパク質を作り、一つの働きをする、という、所謂「セントラル・ドグマ」に依拠するゲノム編集技術は、まだ多くの未解明の遺伝子の働きを無視するものであり、大きなリスクが伴う。昨年、大きな話題になった中国の研究者によるHIVに感染しない双子の赤ちゃん(CCR5遺伝子の破壊)は、最近、英国における41万人に及ぶ膨大な遺伝子データの解析により、通常の人より平均寿命が短くなる、という研究も報告されている。