平成17年(ヨ)第9号 遺伝子組換え稲の作付け禁止等仮処分事件

原  告  山 田   稔 ほか11名
被  告  (独) 農業・生物系特定産業技術研究機構

債権者準備書面 (7)

2005年8月10日

新潟地方裁判所高田支部 民事部 御中
債権者ら訴訟代理人弁護士 神山美智子
弁護士 柏木 利博
弁護士 光前 幸一
弁護士 近藤 卓史
弁護士 馬場 秀幸
弁護士 柳原 敏夫


目  次
第1
はじめに
第2
交雑防止措置の不完全
第3
本野外実験の無意味性
第4ディフェンシン耐性菌出現の危険性と流失の危険性について
第5室内実験の問題点未解決の違法性について
第6
野外実験の条件の変更の違法性

 債権者らは、債務者の準備書面(3)について以下のとおり反論する。
第1
はじめに
本裁判の締めくくりの書面として、最初に確認しておきたいことがある。それは法律の基本原理についてである。今では古典的な原理に属することだが、かつて、民法学者の平井宜雄は、法律で問題になる因果関係とは、@事実的な因果関係と、A法的な因果関係の2つの領域にまたがる問題であり、それは、事実判断としての因果関係を踏まえた上で、最終的には法的な判断として得られるものであることを明らかにした(平井宜雄「損害賠償法の理論」(1971年))。ここで重要なことは、これは、ひとり因果関係に限らず、実は、すべての法律の概念に当てはまるということである。この原理は、とりわけ、本裁判のように、「GM作物の野外実験の危険性」といった現代の最先端の科学的知見をもってしても、危険性の判断になお「不確実性」が残る裁判において重要である。なぜなら、この裁判で求められている「危険性の判断」とは、あくまでも事実判断としての危険性を踏まえた上で、最終的には裁判官の法的な判断として導かれるものだからである。そして、法的な判断として「GM作物の危険性」を導き出す際の原理となるものは何か――言うまでもなく、それは「予防原則」である。
第2 交雑防止措置の不完全
 債務者は答弁書において、GMイネ花粉の一般イネとの交雑防止措置として、@GMイネと近隣イネとの離隔(債務者圃場内のイネとは28メートル、一般農家とは220メートル)、A開花時期の相違(GMイネの開花は8月20日から9月3日であるのに対し、周辺の一般イネは8月1日から15日で、5日間の間隔を設定)、BGMイネが開花する前の袋カケによる花粉の飛散防止により、交雑の余地ないしおそれは一切存在しないと主張していた(10頁)。
 しかし、債務者が主張する交雑防止手段としての離間距離は、限られた5つの検出例から推計されたものにすぎない(疎甲26)。風媒による花粉の飛散距離が、風や上昇気流といった自然条件により大きく変化することは再三指摘してきたとおりであり(とくに、疎甲30の生井教授の論考を参照されたい)、220メートル程度の離間距離で交雑を完全に防止できるなどという主張は、およそ非科学的なものである。
 また、債務者は準備書面(2)で、GMイネと周辺イネの開花予測時期を、GMイネについては8月21日から9月3日頃、周辺イネについては8月7日から8月20日頃と変更した結果、開花時期の相違は1日だけとなった。
しかも、債務者の担当者が審尋の席で述べているとおり、個々のイネには開花時期に個体差があるから、上記の期間を超えて開花するイネも当然に発生するはずである。
したがって、開花時期に相違をもうけて交雑を防止するという債務者の意図は、既に実効性を失っている。
 したがって、残された交雑防止措置は、人間の手作業による開花前の袋カケということになるが、債務者は準備書面(2)で、袋カケの方法について、@イネを単体(全部で750株あるとのこと)ごとにパラフィン紙で覆い、Aイネの下部はさらにビニールシートで被い、Bさらに圃場全体を不織布で覆うとのことであり、8月3日の審尋の席での説明によれば、このような交雑防止措置は、開花の数日前から開花終了後の数日まで実施するとのことであるから、その期間は通算20日前後に及ぶこととなる。
 しかし、このような交雑防止措置を施せば、開花期間中のイネの生育状況を観察するには、毎日、職員が不織布の囲い内に入り、イネの単体750株に被されたビニールシートとパラフィン紙を取り除き、観察後にまたこれを被せるという膨大な作業が必要となり、その作業過程や作業後の管理状況いかんにより、花粉が飛散する恐れは極めて高くなる。
そこで、債務者は、準備書面(3)で、イネは晴天の日には午前10時前後に開花を始めて昼12時までに開花は終了する、イネ花粉は開花後5分で交雑能力を失い、午後に交雑能力を完全に喪失した状態になっていることは科学的に明らかとして、午後3時以降に、不織布の覆い内に入り、花粉の成育状況を確認するとのことである(債務者の書面には、パラフィン紙やビニールシートを取って確認することが明記されていないが、これらを取らなければ、観察は不能であることは疎甲85の天明氏の陳述書(2)に記載されたとおりである)。また、不織布の覆いの出入り口には、予備空間を設けて万が一にも花粉が外に漏れないようにするとのことでもある。
 しかし、疎甲85の天明氏の陳述書(2)に引用されているとおり、育種学を専門とする東京大学名誉教授松尾孝嶺氏の著書「改訂増補 育種学」やその原典となった野口・浜田共著の「水稲の柱頭及び花粉の受精能力に就いて」によれば、イネ花粉の生存限界時間は50時間とされているのであって、イネの交雑能力がその日の午後に完全に失われることが科学的に証明されているような事実は全くない。また、狭い空間に、750株ものGMイネが栽培され、その中で、イネの生育状況についての膨大な観察作業が実施されることを考えれば、その過程で、花粉が外部に飛散する可能性を否定することのほうがむしろ非現実的であろう。
結局、交雑を完全に防止するには、少なくとも、開花期間中とその前後の通算約20日間にわたり、イネを密封状態におかざるをえず、その間、イネの観察は全く不能となる。
本野外実験では、目的とするGMイネの生育状況の観察を実行しようとすれば、周辺イネとの交雑の可能性を招来させ、完全な交雑防止措置を考えれば、実験目的を放棄せざるをえないものなのである。
 また、そもそも、債務者が設置しようとする不織布の囲いは、不織布が薄くて穴があきやすい材質なため、強い風雨で小さな穴があくおそれがあり、提出されたイメージ写真なるもの(乙疎104号証)を見る限り(依然、FAX提出しかないため、極めて不鮮明ではあるが)、温室栽培用のビニールハウス程度の規模、強度のものであり、台風や突風などの自然災害や、ネズミやウサギなどの野生動物からの攻撃にどれだけ耐えられるかも疑問なもので、この程度の設備で交雑防止に万全を備えていると主張されても、常時、気まぐれなで容赦のない自然現象と悪戦苦闘している周辺農家にとってみれば、到底、納得できるものではない。
第3 本野外実験の無意味性
 債務者は答弁書4頁において、本野外実験の目的は、隔離圃場条件下で、対病性評価、生育評価、生物多様性評価及び採種を行うことにあると主張していた。
   また、準備書面(2)では、本実験の目的を、隔離温室で耐病性が確認された本GMイネが、@野外条件で栽培しても正常に生育するか、実用的な病害抵抗性があるかの検証、A今後の研究のための試験用種子の生産、B圃場条件下で生育した場合に水田の土壌微生物への影響及び土壌を介した他の生物への影響調査にあると、やや具体的に主張してきた。
 ところで、債務者が、本野外実験において取ろうとしている交雑防止措置は、イネの生育にとっては極めて過酷なもので、屋外圃場における一般のイネ栽培とは全く異なる環境のため、野外実験としての価値をほとんど失わせている。しかも、上記のとおり、開花時期のイネの生育状況の観察は極めて限定されたものとならざるをえず、十分な観察資料の収集は望めない。
債務者は準備書面(3)で、「本件実験では、・・・確かに日中の一時期に本件構築物内部が高温になることは否めない。この結果、経験則上、花粉不稔率がある程度上昇して種子稔性が低下する可能性はあるものの、温度上昇によりイネ本体が枯れることはありえない」と述べ、本実験が一般圃場での栽培条件と異なる環境となることを認めるものの、その異なる程度については、「経験則上、花粉不稔率がある程度上昇して種子稔性が低下する可能性はあるものの」と、およそ科学者集団とは思えない漠とした見通しを立てている。そして、周辺のスプリンクラー使用による温度調節によって構築物内の温度を低下させることにより、「本件圃場が高温になることがありうるとしても、白葉枯病の発病評価や関連するもみ数、穂数、草丈等のデーター収集に対する影響は回避できるし、本実験の目的は十分に果たしうる」と強弁している。
しかし、債権者らの疑念は、周辺農民や消費者に交雑の危険や不安を及ぼしながら、パラフィン紙とビニールシートで固体を覆われ、さらに不織布で圃場を囲われた不自然、不健全な環境下にあるイネについて、白葉枯病の発病評価や関連するもみ数、穂数、草丈等のデーターを、わざわざ野外実験で収集しようとする債務者の真意である。しかも、後記のとおり、本実験は、重大な副作用というべきディフェンシン耐性菌の発生・流失が危惧されるのである。民間の研究機関であれば、ここまで不高率で、周辺住民の感情を無視したな実験はおよそ思いつかない。
 ところが、債務者は、この指摘に対して「実験目的が達成されないおそれについては本来債務者固有の利害に関する事項であり、債務者が考慮すれば足りる」ことを「念のため付言する」としている。
  しかし、差し止め裁判に限らず、民事紛争の解決基準が、当事者間の利益秤量にあることは、星野学説をまつまでもなく、法律家の共通理解のはずである。とりわけ、差し止め請求における受任限度論は、いわゆる社会契約説を前提に、この利益秤量論を定式化したものであろう。
本野外実験の差し止めの可否は、実験の有用性・必要性と本実験により発生する虞れのある被害の程度を秤にかけ、前者の利益のためには後者の危険は耐え忍ぶべきと国家(裁判所)が冷徹に判断したとき、始めて許されるものである。本実験の目的の達成見通しが危うければ、それはすなわち、本実験の有用性・必要性が乏しいということなのであり、裁判所の秤量判断に重大な影響を与えることとなるのである。
 本野外実験は、河田昌東氏や金川貴博氏の陳述書(疎甲19、80、81、91)にあるとおり、イネに挿入されるディフェンシンの作用機作や耐性菌問題についての基礎的研究が不十分なまま、交雑防止の手段の十分に施されず、しかも、肝心の実験目的を達成する見込みさえ、極めて乏しいというものである。
差し止め請求における旧来の利益考量論にしたがったとしても、本野外実験はすみやかに中止されなければならない。
第4 ディフェンシン耐性菌出現の危険性と流失の危険性について
冒頭の「1、はじめに」で明らかにした通り、まず、この危険性について事実判断を検討する。 
 本裁判で、債権者は、当初から一貫して、
(1)
本野外実験により、ディフェンシンの耐性菌が容易に出現する可能性があり、
(2)
出現した耐性菌の耐性機構いかんによっては、人類および動植物の防御機構に重大な影響を及ぼす可能性があり、
(3)
にもかかわらず、債務者は、本野外実験の準備段階から今日まで、この問題を全く認識しておらず、出現した耐性菌が容易に外部に流失・伝播する危険性がある
という「本野外実験の看過できない最も重要な問題」を主張・立証してきた(申立書18頁。準備書面(2)11頁以下。同(5)4頁以下。同(6)3頁以下)。
これに対し、債務者は、
前記(1)と(2)を否定した(答弁書12頁・準備書面(3)5頁)。
しかし、前記(1)について、研究者の金川貴博氏(疎甲19、80、91)、河田昌東氏(疎甲81)らが指摘する通り、
実験室で、突然変異を誘発する薬など何も使わないで、ディフェンシン耐性菌が作られたことは既に複数報告済みであり、この事実は、債務者の職員川田元滋氏らが書いた論文(疎甲23)中に紹介されている報告例に書いてある(疎甲91。金川陳述書(3)1〜3頁)。
これらの報告から、微生物が増殖できる条件下で、ディフェンシンと微生物を頻繁に接触させると、容易に耐性菌を作り出すことができることが推定できる(金川陳述書(3)3頁以下)。
ところで、本野外実験のカラシナ由来のディフェンシン導入イネでは、必要に応じて生産される自然界のディフェンシンとは異なり、いもち病などの病原菌のあるなしにかかわらず常時ディフェンシン遺伝子が発現して、ディフェンシンを常時多量に作り続けるように加工されている(疎甲80。2頁18行目以下。同81。4頁6行目以下)。
したがって、微生物が活発に増殖する本野外実験の圃場において、ディフェンシンを常時多量に作り続ける結果、ディフェンシンと微生物を頻繁に接触させることになり、耐性菌が出現する可能性が高い(疎甲80。2頁下から5行目以下)。
次に、前記(2)について、前記金川氏、河田氏のみならず、この問題の重大性を憂いる全国の研究者からも次のように指摘されている(疎甲86〜90。92)。
 抗生物質耐性菌が大きな社会問題となりつつあるように、ディフェンシン耐性菌もまた、地球上に広く蔓延し、これまでの病原菌の病原性を飛躍的に高めた細菌が人類及び動植物に深刻な危害をもたらす危険性がある。
債務者の反論
これに対する債務者及びこれを支持する研究者の反論は、煎じ詰めれば、次のように要約することができる――過去の事例・経験から、これまで、ディフェンシン耐性菌が出現した報告はなく、出現したとしても、ヒトや土壌微生物に悪影響を及ぼした事態は起きていない。従って、ディフェンシン耐性菌は出現しないし、仮に出現したとしてもその危険性はない、と(準備書面(3)5頁。疎乙106の高木報告書2頁以下)。
しかし、これは科学的な認識として根本的にまちがっている。なぜなら、これまでディフェンシンは通常は病原菌に感染したときにだけ生産され、したがって、微生物がディフェンシンと頻繁に接触することはなかったのに対し、本野外実験のカラシナ由来のディフェンシン導入イネは、病原菌のあるなしにかかわらず常時ディフェンシン遺伝子が発現して、ディフェンシンを常時多量に作り続けるように加工されているため、微生物がディフェンシンと頻繁に接触するという状況を新たに作り出すものである。このために、これまでと全く異なる新しい条件・状況で耐性菌の出現の問題を考える必要があり、したがって、過去の事例・経験をそのまま参照することはできないからである。
結局のところ、債務者の反論によっても、「ディフェンシン耐性菌は出現しない」という結論も、また「仮に出現したとしてもその危険性はない」という結論も科学的に導き出すことはできない。むしろ、実験室でディフェンシン耐性菌が作られた複数の報告例から科学的に推定されることは、本野外実験の圃場において、ディフェンシン耐性菌が容易に出現するであろうということである(疎甲80。2頁下から5行目以下)。
以上が、ディフェンシン耐性菌出現の危険性に対する事実判断である。
ディフェンシン耐性菌出現の危険性の法的判断
そこで、次に、ディフェンシン耐性菌出現の危険性に対する法的判断を検討する。
「GM作物の危険性」を判断する際の原理となるものは、言うまでもなく、カルタヘナ議定書第1条に明記され、確立した「予防原則」である。そして、この「予防原則」の基本要素として、
《未然防止、科学的不確実性への対応、高水準の保全目標、環境の観点の重視、将来への配慮、危険可能性への配慮、‥‥》(阿部泰隆外「環境法」(第三版)132頁下から10行目以下。疎甲42の3)
が挙げられる。
そこで、これらの「未然防止、科学的不確実性への対応、高水準の保全目標、環境の観点の重視、将来への配慮、危険可能性への配慮」という基準を、上記の「ディフェンシン耐性菌出現の危険性に対する事実判断」に当てはめたとき、本野外実験の続行を肯定するに足りるだけの法的な根拠はもはやどこにも見出せないことが明らかである。
以上が、ディフェンシン耐性菌出現の危険性に対する法的判断の帰結である。

以上の諸点により、既に本野外実験の違法性は明らかであり、その差止に必要な主張・立証は十分であると考えるが、GM作物の野外実験の安全性の基本原則に関わる問題として、なお、以下の2つの主張を明らかにしておきたい。
第5 室内実験の問題点未解決の違法性について
債権者は、本野外実験の第1の問題点として、
そもそも室内実験において、以下の本GMイネの安全性・問題点を十分に詰め、解決していない現段階で、野外実験に移行するのは時期尚早であり、その危険性の点から許されないと主張してきた(準備書面(5)4頁以下)。
(1)
ディフェンシンの作用機構(人体へ害作用がないかなど)が依然、未解明であること(準備書面(2)9〜10頁)
(2)
「ディフェンシンが食用部分には絶対に移行しない」かどうか、依然、未解明であること(同10〜11頁)
(3)
ディフェンシンに対する耐性菌が出現した報告が出たこと(同11〜13頁)
この主張がなぜ第一に重要かというと、それは、これがGM作物の野外実験の安全性をどう捉えるかという根幹に関わる問題だからである。
前述した通り、予防原則の基本要素として、「高水準の保全目標、環境の観点の重視」があり、これを本野外実験に即して具体的に言えば、「実験結果のみならず、実験過程(プロセス)にも着目して、その安全性確保に努めるべきである」ことが導かれる(憲法の適正手続の保障と同様の精神にほかならない)。
 つまり、そもそも危険性の問題は、あらかじめ厳重な室内実験でクリアしておくべきで、それが片付いてから初めて、未知な事態を避けられない野外実験を移行することが許されるというのが、予防原則の具体化である「適正手続の保障」の意味である。
それゆえ、この予防原則に従えば、野外実験の結果にだけ着目して、結果さえ安全であれば実験過程(プロセス)の安全性は考慮に入れなくもよいことにはならず、実験過程に前述の重大な瑕疵がある本野外実験はこの見地からも違法と言うべきであり、差止を免れない。
第6 野外実験の条件の変更の違法性
債務者は、本年8月3日の審尋期日の席上、債務者準備書面(2)の別紙6の出穂予測の記載について、本野外実験の圃場のGMイネと周辺農家の一般イネとの開花期間のズレが1日しかないことを認めた(別紙6の3行目GMイネの出穂期「8月24日」から、その開花期間は8月21日から9月3日であり、同3行目の周辺農家の出穂期「8月10日」から、その開花期間は8月7日から8月20日であると認めた)。
しかも、これはもちろん一般論として述べたもので、周辺農家の個別の確認を取ったわけでもなく、当然、その例外は発生する。つまり、実際上、本GMイネと周辺農家の一般イネとの開花期間が重なることが起き得る。よって、債務者が交雑防止措置のひとつとして掲げた「時間的間隔」(準備書面(2)2頁末行以下)は実効性がなくなったと言わなければならない。
よって、債務者の本野外実験の安全性確保のための措置が1つでも実効性を失った以上、本野外実験の適法性を基礎付ける重要な要素が欠けたというべきであり、ただちに、本野外実験は中止すべきである。
これに対し、債務者は、次のように反論する。
《これらはそれぞれが、独立の交雑防止手段として完全かつ有意なものとして存在し、債務者としては、安全対策に完全性を期すために重畳的にこれらの手段を採用している》(準備書面(3)2頁下から6行目)
しかし、そもそも、これらの個別の措置が到底「独立の交雑防止手段として完全かつ有意なもの」であり得ないことは債権者が既に証明したことであるが(準備書面(2)4頁以下。同(5)6頁以下)、それに加えて、ここでは、債務者に、予防原則にのっとった安全性の観念というものが全くないことを指摘しておきたい。
前述の通り、予防原則の基本要素として「高水準の保全目標」というものがあり、その具体的な内容として、たとえ「独立の安全確保手段として完全かつ有意なもの」だとしても、それらは1つ1つ確実に遵守されるべきものであり、したがって、その1つでも遵守されない場合には、安全性確保義務違反として予防原則に違反する、というべきである。こんなことは、安全性が日常的に問われる現場のコモン・センスである(それは、8月7日付「『空の安全』不信再び」という日経新聞の記事で、「どんな小さなミスでも、1つ1つつぶしていく。それで20年間を墜落事故ゼロでやってこれた。大したことはない、と片付けるのは危機意識が薄れているのではないか」という国土交通省幹部の指摘からも明らかである。疎甲93)。
それゆえ、債務者が自ら交雑防止措置のひとつとして掲げた「時間的間隔」が実効性を失った以上、この点からしても、本野外実験は中止を免れない。

以上