1 | 債務者は答弁書において、GMイネ花粉の一般イネとの交雑防止措置として、@GMイネと近隣イネとの離隔(債務者圃場内のイネとは28メートル、一般農家とは220メートル)、A開花時期の相違(GMイネの開花は8月20日から9月3日であるのに対し、周辺の一般イネは8月1日から15日で、5日間の間隔を設定)、BGMイネが開花する前の袋カケによる花粉の飛散防止により、交雑の余地ないしおそれは一切存在しないと主張していた(10頁)。 |
2 | しかし、債務者が主張する交雑防止手段としての離間距離は、限られた5つの検出例から推計されたものにすぎない(疎甲26)。風媒による花粉の飛散距離が、風や上昇気流といった自然条件により大きく変化することは再三指摘してきたとおりであり(とくに、疎甲30の生井教授の論考を参照されたい)、220メートル程度の離間距離で交雑を完全に防止できるなどという主張は、およそ非科学的なものである。 |
3 |
また、債務者は準備書面(2)で、GMイネと周辺イネの開花予測時期を、GMイネについては8月21日から9月3日頃、周辺イネについては8月7日から8月20日頃と変更した結果、開花時期の相違は1日だけとなった。
しかも、債務者の担当者が審尋の席で述べているとおり、個々のイネには開花時期に個体差があるから、上記の期間を超えて開花するイネも当然に発生するはずである。
したがって、開花時期に相違をもうけて交雑を防止するという債務者の意図は、既に実効性を失っている。 |
4 | したがって、残された交雑防止措置は、人間の手作業による開花前の袋カケということになるが、債務者は準備書面(2)で、袋カケの方法について、@イネを単体(全部で750株あるとのこと)ごとにパラフィン紙で覆い、Aイネの下部はさらにビニールシートで被い、Bさらに圃場全体を不織布で覆うとのことであり、8月3日の審尋の席での説明によれば、このような交雑防止措置は、開花の数日前から開花終了後の数日まで実施するとのことであるから、その期間は通算20日前後に及ぶこととなる。 |
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しかし、このような交雑防止措置を施せば、開花期間中のイネの生育状況を観察するには、毎日、職員が不織布の囲い内に入り、イネの単体750株に被されたビニールシートとパラフィン紙を取り除き、観察後にまたこれを被せるという膨大な作業が必要となり、その作業過程や作業後の管理状況いかんにより、花粉が飛散する恐れは極めて高くなる。
そこで、債務者は、準備書面(3)で、イネは晴天の日には午前10時前後に開花を始めて昼12時までに開花は終了する、イネ花粉は開花後5分で交雑能力を失い、午後に交雑能力を完全に喪失した状態になっていることは科学的に明らかとして、午後3時以降に、不織布の覆い内に入り、花粉の成育状況を確認するとのことである(債務者の書面には、パラフィン紙やビニールシートを取って確認することが明記されていないが、これらを取らなければ、観察は不能であることは疎甲85の天明氏の陳述書(2)に記載されたとおりである)。また、不織布の覆いの出入り口には、予備空間を設けて万が一にも花粉が外に漏れないようにするとのことでもある。 |
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しかし、疎甲85の天明氏の陳述書(2)に引用されているとおり、育種学を専門とする東京大学名誉教授松尾孝嶺氏の著書「改訂増補 育種学」やその原典となった野口・浜田共著の「水稲の柱頭及び花粉の受精能力に就いて」によれば、イネ花粉の生存限界時間は50時間とされているのであって、イネの交雑能力がその日の午後に完全に失われることが科学的に証明されているような事実は全くない。また、狭い空間に、750株ものGMイネが栽培され、その中で、イネの生育状況についての膨大な観察作業が実施されることを考えれば、その過程で、花粉が外部に飛散する可能性を否定することのほうがむしろ非現実的であろう。
結局、交雑を完全に防止するには、少なくとも、開花期間中とその前後の通算約20日間にわたり、イネを密封状態におかざるをえず、その間、イネの観察は全く不能となる。
本野外実験では、目的とするGMイネの生育状況の観察を実行しようとすれば、周辺イネとの交雑の可能性を招来させ、完全な交雑防止措置を考えれば、実験目的を放棄せざるをえないものなのである。 |
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また、そもそも、債務者が設置しようとする不織布の囲いは、不織布が薄くて穴があきやすい材質なため、強い風雨で小さな穴があくおそれがあり、提出されたイメージ写真なるもの(乙疎104号証)を見る限り(依然、FAX提出しかないため、極めて不鮮明ではあるが)、温室栽培用のビニールハウス程度の規模、強度のものであり、台風や突風などの自然災害や、ネズミやウサギなどの野生動物からの攻撃にどれだけ耐えられるかも疑問なもので、この程度の設備で交雑防止に万全を備えていると主張されても、常時、気まぐれなで容赦のない自然現象と悪戦苦闘している周辺農家にとってみれば、到底、納得できるものではない。
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