平成17年(ヨ)第9号 遺伝子組換え稲の作付け禁止等仮処分事件

原  告  山 田   稔 ほか11名
被  告  (独) 農業・生物系特定産業技術研究機構

債権者準備書面 (4)

2005年7月20日

新潟地方裁判所高田支部 民事部 御中
債権者ら訴訟代理人弁護士 神山美智子
弁護士 柏木 利博
弁護士 光前 幸一
弁護士 近藤 卓史
弁護士 馬場 秀幸
弁護士 柳原 敏夫



第1 再度の求釈明
債権者は、本野外実験の危険性・問題点を可能な限り解明する上に前提となる本野外実験の具体的な内容を明らかにする資料の提示を求めたが(債権者求釈明(1))、債務者は、既に債権者がネットから入手して提出した第一種使用規程承認申請書(疎甲21)でもって「必要かつ十分であると思料する」と回答した(債務者準備書面(1)10頁4)。

しかし、これは、《国が評価法のマニュアルを作ったが、安全性評価のデータはGM作物開発者が出し、国の確認は書類審査。GM作物では動物実験をやっている例も少なく、データが極めて不十分。殺虫剤のDDTなど国が安全とした農薬が、今どれほど禁止されているか。生産者や消費者が不安に思うのは当然だ》(疎甲28。生井氏の発言4段目)と指摘された当の書類である。その上、本申請書は、本GMイネの土壌微生物への重大な影響について、詳細な検討が殆どなされていないと批判された書類である(疎甲19。金川陳述書5〜6頁)。
 しかも、この書類には、今、懸案事項になっている、 
《(T)、本GMイネの安全性を確認するデータを明らかにしたもの(例えば、(@)、ディフェンシンが食用部分や玄米の青未熟粒に移行しないことを証明するデータ。(A)、発現されたディフェンシンタンパクが胚に移行しないことを証明するデータ)
 (オ)、本GMイネの安全対策を明らかにしたもの(例えば、先週の豪雨のように、大風、台風、大雨、洪水などの気象変動に対する苗の流出、花粉、病原体の飛散などの対策を具体的に示したもの)》(債権者求釈明(1)5頁)
について、何も書いてない。

 さらに、本野外実験は、債務者も認める通り、いわゆるカルタへナ法に準拠するものであり、同法制定の元になったカルタヘナ議定書第1条で明らかにされた基本原則、
「この議定書は、環境及び開発に関するリオ宣言の原則15に規定する予防的な取組方法に従」
うという予防原則の考え方によれば、その重要な内容として、立証責任が開発者に転換される、少なくともそういう方向にある(疎甲44。242頁)。従って、カルタへナ法の基本精神に立ち返れば、債務者はこのまま行けば、立証責任を果たさないために敗退するという結果となろう。しかし、トリプトファン事件の加害者である昭和電工のような事態――本野外実験の危険性の有無が解明されず迷宮入りするような事態は、債権者とて望むところではない。債権者が望むことは、本野外実験が本当に安全なのかどうかを見極めたい、それに尽きる。よって、あとわずかな日にちしか残されていないので、債務者は、至急、債権者求釈明(1)及び債権者準備書面(2)で求められた資料を提出されたい。
第2.債務者準備書面(1)に対する反論
疎乙号証に対する反論
1)
乙11。 第2期科学技術基本計画
 債務者は、その立証趣旨を、《本実験が国家戦略として重要性を持つこと》と主張する。
 しかし、この基本計画は、バイオテクノロジーの具体的なことにあれこれ言及しているが、肝心の遺伝子組換え作物の推進については一言も言及していない。
 否、正確には、1箇所だけ言及している。それが以下のくだりである。
《21世紀を中長期的に見れば、生命科学の発展に伴って生ずる人間の尊厳に関わる生命倫理の問題、遺伝子組換食品の安全性や、情報格差、さらに環境問題等、科学技術が人間と社会に与える影響はますます広く深くなることが予想される。こうした状況に先見性をもって対応するために、科学技術が社会に与える影響を解析、評価し、対応していく新しい科学技術の領域を拓いていく必要がある。このためには、自然科学のみならず人文・社会科学を総合した人類の英知が求められることを認識すべきである。》(疎甲50)
2)
乙12。 バイオテクノロジー戦略大綱
 債務者は、その立証趣旨を、《本実験が国家戦略として重要であること》と主張する。
 確かに、この戦略大綱で、債務者が指摘するように遺伝子組換え作物に言及しているが、しかし、債務者が指摘しない箇所で、この戦略大綱は次のように宣言する。
《【食料分野(よりよく食べる)】
@ 消費者の健康を最優先に、食品安全委員会(仮称)を設立する等食品の安全に関する組織の大幅な拡充を図るなど、食品の安全対策を大幅に強化します。》(疎甲51)
《【環境・エネルギー分野(よりよく暮らす)】
@ 遺伝子改変生物の生物多様性の保全や環境への悪影響を防止します。》(同上)
3)
乙13。 有機農業に関する基礎基準2000
 債務者は、その立証趣旨を、《遺伝子組換えに反対の立場を取るグループですら、遺伝子組換え技術を用いることを許容していること‥‥》と主張する。
これが事実の歪曲にほかならないことは、この主張を知った乙13の作成者「日本有機農業研究会」が、下記の理由により、7月19日、債務者代理人宛てに、抗議と書証の撤回を求める抗議文を送ったことからも明らかである(疎甲52)。


 「基礎基準2000」は、<考え方>と<基準>から構成されており、遺伝子組換え技術を使わないことについては、まず<考え方>において、「遺伝子組換え技術により育成された品種の種子・種苗、作物体及び収穫物並びにそれらに由来する生産物は、使用してはならない」とはっきりと禁止している。それを受けて、<基準> でも「使用しないこと」を明記している。
 ただし、一般には、家畜・家禽の配合飼料では、輸入原料を避けるのが困難であり、家畜糞尿を堆肥に利用する場合や油カスをはじめとする肥料も、その原材料の多くが北米からの遺伝子組換え作物体になってしまっている現状があるため、本会の基礎基準の<基準>においては、当面のあいだJAS規格と同程度にするのが実際的であるとの判断から、「ただし、組換えDNA技術により育成された品種の作物体及び収穫物並びにそれらに由来する生産物に該当しないものを入手することが困難な場合にあっては、それらに該当する作物体、収穫物及び生産物を最小限度において一定の期間を限って使用することができる。」とした。
 にもかかわらず、債務者が全体の基準の構成と文脈から切り離して一部だけを取り出し、本来の趣旨とは反対の意味に故意に解釈して利用することは本会の理念を侮辱するものである。
4)
乙38〜103。 研究者の要請書
 殆どが定型文書への署名であり、なかには誤字が訂正されていないものもあり(疎乙39.40.41.42.44.45‥‥)、果してどこまで本野外実験の内容や問題点を理解し、署名したのか甚だ疑問と言わざるを得ない。
白葉枯病に対する有効性
 本野外実験の必要性の点について、債権者が、その必要性がない理由の一つに、従来の品種改良によるコシヒカリBLなどを主張した(申立書14頁)のに対し、債務者は、本GMイネは《いもち病及び白葉枯病というイネにとっての2大病害に複合抵抗性を発揮する》(2頁(4))ことをしきりと強調する。
 しかし、実際上、白葉枯病は、少なくとも新潟県では、《近年、発病事例が極めて少なく》、もはや「確認」することすら困難な病気である(疎甲53.54)。従って、現実は、債務者が強調する前提がもはや存在しないと言わざるを得ない。
渋谷氏投書問題について
《GM関係者なら絶句するほかない》と債権者が評した渋谷氏の新潟日報への投書の発言(疎甲16)に対して、債務者は、明確な根拠を何一つ示すことなく《特段絶句しているわけではない》(10頁5)と回答した。
 しかも、《その開発元と名指しされた債務者は、‥‥この間、今回の事態に対してどう対応したのか》という債権者の質問に対し、《「新潟日報」社を通じて債務者が承知しているところでは‥‥》(同上)と回答し、自ら、渋谷氏にコンタクトを取ることはしなかったことを明らかにした。このような態度が、いかに債務者の本GMイネの安全性管理対策の問題点を如実に示すものであるかを明らかにするため、渋谷氏の投書の翌日、自ら渋谷氏にコンタクトを取った債権者永澤由紀子の陳述書を提出する(疎甲55)。
第3.債権者の今後の主張

 債権者の事実論に関する主張の骨子は、すでに準備書面(2)で明らかにされているが、近く、法律論について、より詳細な主張を明らかにする。
 その際、債権者の主張に大きな影響を与えるであろう事例が、近時、マスコミでも大きく取り上げられるに至った。「アスベスト(石綿)」問題である。アスベストは有害化学物質であり、生物災害とは異なるが、にもかかわらず、
@
開発、便益が優先されたため、安全策が後手に回った点において、
A
健康被害が即時に発生せず、発症まで30〜40年間と長いという点において、
B
それまで有効と考えられた安全対策が無力であったことが明らかにされた点において
など、GM事故が他山の石とすべき見過ごしてはならない重要な共通点がそこに見い出されるからである(疎甲56。本年7月14日日経新聞朝刊)。
 急増する「アスベスト(石綿)」死者を前にしたとき、予防原則(潜在的なリスクが存在するというしかるべき理由があり、しかしまだ科学的にその証拠が提示されない段階であっても、そのリスクを評価して予防的に対策を探ること)がいかに重要であるかを、GM推進の立場でも反対の立場でも承認せざるを得ないだろう。

以 上