平成17年(ヨ)第9号 遺伝子組換え稲の作付け禁止等仮処分事件
原 告  山田 稔 ほか11名
被 告  (独) 農業・生物系特定産業技術研究機構

債権者求釈明書 (1)
2005年7月4日

 新潟地方裁判所高田支部 民事部 御中
債権者ら訴訟代理人弁護士神山美智子
弁護士柏木 利博
弁護士光前 幸一
弁護士近藤 卓史
弁護士馬場 秀幸
弁護士柳原 敏夫



債権者らは、次の通り、釈明を求める。
本実験の全体にわたってその内容を具体的に詳細に説明した書面の提出
(1)
つとに知られている通り、一般に、原子力事故、バイオハザード(生物災害)、医療過誤といった高度の専門的領域をめぐる事故・紛争においては、一方にのみ証拠が偏在するという問題が宿命的に伴う。従って、そのような紛争の迅速かつ適正な解明のためには、当然のことながら、専門的な証拠を保有する側が積極的にこれを開示することが要請され、また、それによって初めて、当事者間の実質的な公平な裁判が確保される。
(2)
本件のようなGM作物の栽培実験においては、本実験がそれに従うことになっている(疎甲3末尾参照)農林水産省の栽培実験指針において、
「計画書について意見が寄せられた場合には、計画書に記載した内容について、科学的根拠や関連する情報をわかりやすく説明するなど、情報提供と意見交換に努めること。」(疎甲14の2)
(http://narc.naro.affrc.go.jp/inada/def-rice6/jikken-shishin.pdf)
と情報提供に努める責務を認め、よって、本実験の計画について、最も真剣な疑問を表明した債権者らに対して、債務者は、速やかに「科学的根拠や関連する情報をわかりやすく説明する」よう努める義務があることは言うまでもない。
(3)
また、債務者自ら、本実験に関して、「より積極的で透明性をもった情報提供に努める」必要性を認め、最新のセンターニュースでも、
「適切な情報開示・提供
GM作物及びこれらを利用した食品について、国民の皆様のご理解が十分に得られているとは言い難い面もあり、例え研究段階の実験であっても、農林水産省の栽培実験指針では、より積極的で透明性をもった情報提供に努めることがうたわれています。
 そこで、‥‥本実験は一般に公開しながら進めていくことを原則としており、今後も見学会を開き、実験の経過の公開など、適切な情報公開・提供に努めます」
と表明している(疎甲15)。
(4)
ましてや、債務者は本実験を国家的なプロジェクト=全国民の利害に深く関わる公益的なプロジェクトと自負する以上、債務者が、その公益的な事業内容を、積極的に国民の前に開示することを躊躇する理由は何一つない。
(5)
さらに、債権者は、本裁判でGM推進の是非を問うているのでは全くなく、あくまでも、本実験の危険性・問題点という具体的、個別的な問題だけを問うている。
(6)
したがって、先月28日の答弁書の提出時には、てっきり、本実験の全体にわたってその内容を具体的に詳細に説明した書面が債務者より提出されるものとばかり思っていたが、驚くべきことに、そうした書面はひとつも出されなかった。これが本実験に関し「適切な情報開示・提供」の責務を標榜する債務者の対応とはとても信じられない。他方、本実験の危険性・問題点という具体的、個別的な問題を問おうとしている債権者としても、前提事実が明らかにならない以上、問題点の本格的な解明に進めない。なぜなら、例えば、次のようなやり取りになってしまうからである。
《そもそも本実験においてはいもち病菌等の噴霧試験は行わず、病菌に罹患した苗をGMイネの苗に隣接して栽培する方法により、罹患可能性を検証する方法で行うのであり、そもそも債権者の主張する前提において明白な誤りがある。》(答弁書11頁4行目)
 つまり、債務者は、前提事実について債権者に明白な誤りがあると鬼の首でも取ったように主張するが、仮にこれが真実だとしても、こんな前提事実は債務者があらかじめ、いもち耐病性の検定方法の具体的な内容を明らかにしておけば、債権者も誤りようがなかったのである。それをしないで、債務者が、単に「隔離圃場内でいもち病抵抗性‥‥の評価‥‥を行ない」(疎甲8。栽培実験計画書1、(1)A)としか情報公開しなかったから、こうした無駄な事態になってしまった。
 よって、限られた時間内に、本実験の危険性・問題点を可能な限り吟味するためには、その前提となる本実験の具体的な内容を早急に正確に把握しておくことが必要不可欠である。それゆえ、元来、GM実験に関し「適切な情報公開・提供」の責務を負う債務者は、本実験の全体にわたってその内容を具体的に詳細に説明した書面(もともとそうした書面が存在する筈だから、その提出に何ら困難はない筈である)、少なくとも本実験の以下の諸点について具体的に詳細に説明した書面を至急、提出されたい。

(ア)
本実験を実施する有用性、必要性を具体的に明らかにしたもの。
(イ)
実験室内から本野外実験に移行して実験を実施する必然性(=野外実験をするまでに機が熟したことを示すもの)を具体的に明らかにしたもの。
(ウ)
いもち病菌や白葉枯病菌の病原体拡散防止の具体的な方策について明らかにしたもの。
(エ)
本GMイネの安全性を確認するデータを明らかにしたもの(例えば、(。)、ディフェンシンが食用部分や玄米の青未熟粒に移行しないことを証明するデータ。(「)、発現されたディフェンシンタンパクが胚に移行しないことを証明するデータ)
(オ)
本GMイネの安全対策を明らかにしたもの(例えば、先週の豪雨のように、大風、台風、大雨、洪水などの気象変動に対する苗の流出、花粉、病原体の飛散などの対策を具体的に示したもの)
GMイネを栽培中と投書で表明した農家に対する債務者の対応
先週、新潟県で大騒ぎになった出来事として、今月1日付の新潟日報の投書欄「窓」に掲載された「組み替え稲 有機農法で栽培中」という記事の問題がある。翌日、同紙の同欄で、新潟県農林水産部長自らが「組替え稲ではない県産コシ」という投書を寄せ、末尾に、「お詫び」として、前日の投書について、次のように訂正している。
《1日付澁谷善雄さんの投稿の見出しで不適切な部分がありました。「組み替え稲」を「DNA工学利用稲」に訂正します》(疎甲16の2)
しかし、この訂正は、単に「澁谷善雄さんの投稿の見出し」に対してであって、肝心の澁谷氏本人の本文に関するものではない。そして、その本文では、澁谷氏は、きっぱりとこう断言している。
「上越市の中央農業総合研究センターで遺伝子組み替え稲の栽培実験が始まり、遺伝子組み替えへの警戒感や風評被害を懸念する反対運動が高まっている。‥‥
‥‥そのDNA工学を利用して悪い素因を排除したり、優良なDNAを組み入れる医学的技術が開発され、農作物にも採用し、米国で耐除草剤性の大豆や病虫害に強いイネ科(トウモロコシ、稲、麦など)が開発され、農薬使用量が減ると農家に歓迎され、米国農家の七割に普及した。‥‥
‥‥私は、病虫害に強く品質を向上させた農水省農業技術センター開発の、従来の交配での品種改良にこだわらない新しいDNA工学利用の稲を作っている」(疎甲16の1)
つまり、澁谷氏は、「DNA工学を利用して悪い素因を排除したり、優良なDNAを組み入れる」技術=GM技術に関心を持ち、そのような「従来の交配での品種改良にこだわらない新しいDNA工学利用の稲を作っている」、と。さらに、その稲とは、農水省農業技術センター=現在の独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構ほかならぬ本件の債務者が開発したものであると断言している。これは、文字通り素直に読めば、澁谷氏は、債務者開発のGMイネを、自分の田んぼで栽培しているということである。このGM関係者なら絶句するほかない重大な発言に対して、その開発元と名指しされた債務者は、既に4日も経過しているが、この間、今回の事態に対してどう対応したのか。債務者の本GMイネの安全性管理対策がどうなっているのかを具体的に如実に示す生きた好例として、その対策を具体的に明らかにされたい。
その他の書面・データの提出について
(1)
債務者は、疎乙1〜8までの証拠説明書を、至急提出されたい。
(2)
債務者は、疎乙1〜8までの証拠のクリーン・コピーを至急提出されたい。FAXのままでは、統計資料の数字がつぶれて判読すらできない。
(3)
債務者は、本仮処分の審理を迅速かつ充実したものにするために、答弁書等のデジタルデータを交付されたい。
知的財産権を専門に行なっている債権者代理人(柳原)は、10年以上前から、答弁書、準備書面等のデジタルデータのやり取りを実行している。もともと本件のような知的財産権の紛争は、論点が複雑多岐にわたるため、「迅速にして充実した審理の実現」のために、こうした前提作業を効率的に遂行することに誰も異論ないからである。そのことは、債務者代理人ですら認めている。ところが、唯一、債務者自身が、次の理由から、デジタルデータを交付を拒否しているという。

(ア)
もしデジタルデータを渡すと、それがマスコミその他の第三者に流布される恐れがあるから。
(イ)
もしデジタルデータを渡すと、それが容易に改ざんされて、改ざんされたものが流布されては困るから。
しかし、これは全く理由にならない。第一、国家的プロジェクト推進を自負し、本実験の「適切な情報公開・提供」の責務を自認する債務者こそ、むしろ、こうした機会に、全国民的な関心を呼ぶ本実験の安全性について多くの人に積極的に理解してもらう格好の機会であり、本来、債務者の正式な見解を表明した答弁書等は債務者のHPを通じて適切に情報公開されるべきものであり、そのデジタルデータがマスコミその他の第三者に提供され、知ってもらうことは望むところである筈である。また、デジタルデータの改ざんに対する恐怖も、今や最高裁判所ですらそのHPで判決を情報公開する時代であり、問題にならない。
さらに、本件の両当事者は、債務者の関係者がつくば市、上越市、東京に分かれ、債権者もまた、上越市、新潟市、東京に分かれており、仮処分事件におけるデジタルデータの必要性は一層高い。
一方、債権者らは、本GMイネ栽培の差止裁判を、全国民の利害に深く関わる公益的なプロジェクトと位置付け、公益的なプロジェクトにふさわしく公明正大に充実した審理を遂行するために、債務者に時間がないというハンディを負わせないよう、自ら申立書のデジタルデータを交付した。
以上から、限られた短時間で、本来の課題である本実験の安全性の解明に両当事者が思う存分集中できるためにも、債務者は、公益的なプロジェクト推進に相応しい態度を取って、速やかに、答弁書等のデジタルデータを交付すべきである。

以上

証拠方法
疎甲14号証の1、2農林水産省の「第1種使用規程承認組換え作物栽培実験指針」(抜粋)
疎甲15号証の1、2債務者作成の「中央農業総合研究センターニュースNo.17」(抜粋)
疎甲16号証の1、2本年7月1日、2日付の新潟日報の投書欄「窓」